※キャラ崩壊・捏造が大変激しいです。お気をつけください






 ――ククイさんよ、あんたと俺はお互いキャプテンになれなかった者同士。アローラ地方に残る古くさい風習、しまキングやキャプテンなんてくだらない連中に変わる、新しいものがほしくなるよなあ。


 ――僕はなれなかったではなく、ならなかったんだ。夢のために、ね。



+++アローラ、ぼくのふるさと+++



 あの子と初めて会ったのはそう、僕が視察のため初めてカントーの地を訪れて、ジムリーダーたちと一戦交えさせてもらったあとのことだ。

 慣れない土地で初めての相手ってこともあって、勝負自体は何というか相手にいいようにやられた。まあそれはいいんだ。今回は別に勝ちに行ったわけじゃないし。今回はね。
 ともかく、僕は相棒のルガルガンを連れて、競技場裏の通路を歩いているところだった。
 すいません、と声をかけられた。まだかなり若く見える、髪の長い女性が僕のところへ小走りでやってきた。
 女性に隠れるように、まだ幼い子供が僕の顔をうかがっていた。

 アローラに移住したいんです、とその女性は言った。前からアローラ地方に憧れてて、僕の試合を見てますます興味を持ったとか。
 僕の試合に熱くなってくれたのはとても嬉しいんだけど、ちょっとそれどころじゃない事情があった。慣れない土地で初めての相手にいいように翻弄されて、ちょっとばかり気が立っている傍らの相棒を、早いところどこかで落ち着かせてやりたいと思っていたからだ。
 なのだけれど、興奮してさっきの試合状況を熱く語る目の前の女性はどうやらその雰囲気を察してはくれないらしかった。この国の人は空気を読むのが得意と小耳に挟んだけれども、個人差はあるようだ。参ったなあ、と思いながら、そっと傍らの相棒に目線を落とした。
 さっきまで女性の影にいた子が、気の立っている相棒の顔をじっと見つめていた。

 その子は気の立ったルガルガンを恐れる様子もなく、相棒に手を伸ばした。鈍く光る牙も低いうなり声もものともせず、そっと頭に触れる。
 しばらく警戒を続けていた相棒は、その子に撫でられているうちに落ち着きを取り戻し、気持ちよさそうに目を細めて、細い指が毛をかき分けるのを楽しんでいた。その様子に気づき、あらあら、気持ちよさそうね、と女性は脳天気に笑った。

 僕はへえ、と小さく声を上げた。元々僕以外が触るのを好かない上に気が立っている相棒が、頭を触らせるだけでも驚きだ。その上、撫でるだけでおとなしくさせるなんて。まだ自分のポケモンも持っていない幼い子供だというのに。
 ぴんときた。この子はものすごい才能を秘めている。まだトレーナーではないけれど、この先ポケモンを持ったならば、それこそとんでもない実力を発揮するだろう、と。

 僕が探し求めていたのは、この子に違いない。

 アローラへの移住でしたっけ、喜んでお手伝いしますよ、と僕が言うと、女性はとても喜んで飛び上がった。
 相棒の頭をひと撫でしてボールへ戻した。撫でる相手を失った子供はまた女性の影に引っ込んだ。
 僕は膝をついて、恥ずかしそうに身を隠すその子に向かい、笑顔で手を上げて、アローラ、と言った。
 あろーら? とその子は不思議そうに首を傾げた。
 アローラ地方の挨拶だよ。親切・協調・喜び・謙虚・忍耐、という意味の五つの言葉からできているんだ。僕は指折り言った。

「いろんな場面で使えるんだ。はじめまして。こんにちは。ようこそ。いらっしゃい。お元気ですか。愛しています。ありがとう。そして、おやみなさい。さようなら。それが全部この言葉の意味なんだよ」

 僕がそう言って笑うと、母の陰に隠れていた子供は少し体を出し、照れたように顔を真っ赤にして、あろーら、とはにかんだ。





「――以上が、僕の提案です」

 いかがですか? と微笑んだ先には三人の男女。メレメレ島のハラさんと、アーカラ島のライチさんと、ウラウラ島のクチナシさん。それぞれの島のしまキング・しまクイーンたちだ。
 それぞれ、僕が配った資料の山を眺めたり、腕を組んだりして考え込んでいる様子だ。

「……ポケモンリーグ、ねえ……」

 クチナシさんがいすの背もたれにもたれながらつぶやいた。僕はそちらに目線を向けてにこっと笑った。

「はい! アローラの実力あるトレーナーたちが、聖地であるラナキラマウンテンで力と技を争うんです!」

 詳細は先ほど説明したとおりです、と言って、僕はもう一度にっこり笑った。
 ハラさんが腕を組んで、うーむと唸り声を上げた。

「いやぁ、他ならぬ君の提案だし、話はわかりますぞ。しかし……アローラの伝統を考えると……」
「ラナキラマウンテンは聖地であり、元々大大試練が行われていた場所でもあります。それの延長と考えてもらえればいいんじゃないでしょうか?」

 リーグという形式上、大大試練より少し、門戸は広がると思いますけどね。僕がそう言うと、ハラさんはまた唸って首をひねった。

「ならば、現状を維持してもよろしいのではないかな? わざわざリーグという形式をとらずとも……」
「僕の狙いは、島巡りの最後の仕上げという側面しかなかった大大試練を、もっと意味あるものにすることです。リーグという形をとることによって、年齢性別キャリアの如何を問わず、純粋に実力あるトレーナーを選別できます。そして、いずれはアローラから世界に通じるチャンピオンを生み出すことでしょう」

 ううむ、とハラさんは三度渋い顔をした。僕は小さく息をついて、腕を組んだ。

「みなさんご存じでしょう? 巷を騒がせているスカル団のこと。……なぜ彼らが、ああなってしまったのかも」

 僕はそう言って、ちらりとハラさんの方を見た。ハラさんは言葉に詰まったように眉根を寄せた。

「現状の島巡りでは、確かによいトレーナーが育つかもしれませんが、それと同じくらい、いやその何倍も、ふるい落とされるトレーナーがいます。現状、彼らはトレーナーとして復帰できるきっかけがない。リーグは彼らの受け皿になります。島巡りを諦めても、また新たな目標が出来る。若者が非行に走るのを防ぐことが出来ます」

 むう、と低く唸ったきり、ハラさんは腕を組んだまま動かなくなった。
 僕はもう一度ハラさんに微笑みかけて、他の方々はどうですか? と聞いた。
 ライチさんと目があった。あたしはいい考えだと思うけど、と言いながら目線を動かして、いすの背もたれにもたれて書類を眺めているクチナシさんの方を向いた。

「設立予定地のしまキングさんは、どう思う?」

 ライチさんがそう言うと、クチナシさんは書類から目線を外し、しばらくじっと僕の方を見つめてから、小さく肩をすくめた。

「ま、ひとつ言っとくなら、ポニ島のじいさんが生きてりゃ即反対しただろうなってことだな」

 そう言って、クチナシさんは手に持った資料をばさりと机の上に投げた。数年前亡くなったしまキング。伝統を何より大事にする人だった。そうでしょうね、と僕は苦笑いを返した。
 だけどまあ、とクチナシさんは頬杖をついて小さくため息をついた。

「俺はスカル団のことは一番近くで見てるからなあ。その辺のこと言われると反対も出来んわな」

 ラナキラのことも理にかなってるし、そこんところも俺は納得したよ、と言って伸びをし、あくびをした。
 そして、ただなあ、とクチナシさんはだるそうに続けた。

「やるなら止めやしないけど、協力はしねぇぞ。これでもカプに指名されてこの座にいるもんでなあ。人に指図されるなんざ性に合わねえや」
「そう言っていただけただけでも十分ですよ。ありがとうございます」

 そう言って僕は笑顔を向けた。クチナシさんは何となくシニカルな笑みを口元に浮かべた。
 ラナキラマウンテン、ねえ、と、ライチさんがつぶやいた。何かありましたか? と僕が問うと、ライチさんは心配そうな顔をこちらに向けた。

「近いだろう? あの……村に。大丈夫なのかい?」
「ご心配ありがとう、ライチさん。でも、大丈夫ですよ。万が一何かあっても、責任は全部僕が負いますしね」

 僕がそう言って歯を見せて笑うと、あんたは昔から本当に怖いもの知らずだね、とライチさんは笑った。





 たたき落とされて地に伏したドデカバシをボールに戻しながら、彼女は大きく息を吐いた。

「……さすが、お強いですね、ククイ博士」
「いやいや、噂に違わぬ実力でしたよ、カヒリさん」

 それはどうも、とツンとした声で彼女は答えた。ちょっと不機嫌そうな顔だけど、負けて怒っているわけではない。この経験をどう生かすか考えている目をしていた。
 やっぱり、外に羽ばたいていった実力者は違う。そんなことを考えていると、彼女は左手を腰に当てて、ふうとおおきく息をついた。

「それで、なぜあたしに?」
「いやあ、確かに島巡りチャンピオンは他にもいるんだけどさ。ほら、何て言うか、みんな腑抜けちゃってるから」

 トレーナーとしての限界を感じたから、あなたはアローラを飛び出したんだろう? と僕が言うと、元島巡りチャンピオンは肩をすくめた。

「そうですね。正直、あなたの誘いに乗ったものか悩んでいますよ。手応えのない相手ばかりでは、自分でトレーニングしていた方がずっとましですから」
「ああ、それは大丈夫。僕イチオシの、とっても才能のあるトレーナーがいるからね」

 楽しみにしててよ、と僕が笑うと、彼女はポーカーフェイスを崩さないまま、それは楽しみですね、と小声で言った。

「ポケモンリーグ、ですか。正直、故郷にそんなのが出来るのが驚きです。よく許可を得られましたね」
「それはまあ、頑張ったからね。どうしても実現したかったから。僕も本気でやらなきゃ」

 それで四天王候補全員とバトルしてみたのですか? と彼女が聞いてきたので、まあね、と僕は答えた。
 こちらが頼む以上、相手の実力は知っておきたかったからね。みんなさすがの強敵だったよ。そう言うと、彼女はドデカバシを収めたボールに目を落として、小さくため息をついた。

「実力あるトレーナーをお求めでしたら、あなた自身でもよろしかったのでは?」
「いいや、僕はねえ……そういうキャラじゃないから」

 僕がそう言って歯を見せて笑うと、仏頂面の彼女がふっと小さく笑った。

「……そうですね。あなたはこちら側ではありませんわね」

 苦笑交じりにそう言って、アローラの生んだ世界的ゴルファーは、彼女の切り札がモチーフのドライバーを右肩に担いだ。





 研究所前の砂浜で、ぼんやりと海を眺めていた。
 今日もいい天気だ。日差しがまぶしい。僕がしばしば、いや研究の一環なんだけど、技を暴発させるせいか、最近はここに近づく人もそんなにいない。白い砂浜。贅沢なプライベートビーチだ。

 伸びをしながらあくびをかみ殺していると、博士、と背後から声をかけられた。振り返ると、初代アローラリーグチャンピオンが、ロトム図鑑を連れて僕の元へ走ってきていた。
 僕が見込んだとおり、いやそれ以上の才能を持ったこの若きチャンピオンは、アローラに来てからほんのわずかの間に、様々な偉業を残して見せた。
 島巡りを滞りなくこなし、アローラを覆っていた影を払い、伝説に伝わるポケモンをその手に収め、そしてアローラリーグの頂点に立ってからは防衛記録を絶賛更新中だ。本当に、僕が想像していた以上にこの子はすごい。アローラに連れてきて、本当によかった。

 どうしたんだい? と僕が聞くと、チャンピオンは少し困ったような顔をして、大丈夫かな、と小声で言った。
 心臓が跳ねた。まさか、もしかして。この子は。
 急上昇する心拍数を抑えるように静かに深呼吸して、何かあったのかい? といつもの調子でチャンピオンに聞いた。少し迷った様子を見せて、チャンピオンは口を開いた。

「カプ、捕まえちゃった」

 そう言って、チャンピオンは図鑑を見せてきた。捕獲済を示すボールのマークが、四匹の守り神の名前の隣に燦然と輝いている。守り神なのに、大丈夫かな、とチャンピオンは心配そうに身を縮こませた。
 どっと汗が全身から噴き出した。動悸がする。呼吸が荒くなり、ぐらぐらと視界が揺れる。
 捕獲済。捕獲済。僕は何度もそれを見直し、チャンピオンの肩に手を置いた。まだ幼いその子が一瞬身をすくめたのを感じた。

「おめでとう! 君ならきっと出来ると思ったよ! よくやったね!」

 すごいよ、おめでとう。僕は満面の笑顔でそう言い、チャンピオンの肩を大げさにばんばんと叩いた。
 尋常でなく喜ぶ僕の様子を見て、まだ幼い異国出身のチャンピオンは、初めて会った時と同じように頬を染めてはにかんだ。

 ああ、本当に。本当に、よくやってくれたよ。
 僕が思っていたとおりだ。やっぱりこの子はやってくれた。



 これで、全部作り替えられる。



 誰もいなくなった研究所前の砂浜。
 静寂の中で、海風が吹く。僕はそれに押し倒されるように、砂浜に倒れ込む。
 のどの奥から笑い声が漏れる。愉快で愉快でしょうがなかった。次第にそれは抑えられなくなり、僕は酸欠になるほどゲラゲラと大きな笑い声を上げながら、子供のように浜辺を転げ回る。
 ばんざい。これで全部思い通りだ。ふざけやがって。ちくしょう。ざまあみろ。時折そんな言葉が混ざる。
 狂ったような哄笑の中に、引きつるようなすすり泣きが混ざる。時折怒りにまかせて砂浜を殴り、ぐちゃぐちゃになった感情が内にとどめられず噴き出していく。

 感情の爆発は徐々に収束し、僕は何とか体を起こして砂浜の上であぐらをかいた。ぜいぜいと肩で息をする。サングラスの上から目を押さえる。虹色のレンズに滴がしたたっては、つり上がったままの口角に流れ落ちる。
 深呼吸をして、散らばった感情をもう一度ゆっくり噛みしめる。くつくつと、押し殺したような笑いがまだ漏れた。


 じゃり、と砂を踏む音がした。僕は顔を上げた。
 視界の端に、黒い服に白い髪の、猫背の大柄な青年が見えた。

「……ああ、久しぶりだね、グズマ君。マリエの庭園で会って以来かな?」

 スカル団が解散して以来、しまキングの弟子に戻ったとかいう話も聞いたけど、姿は見かけなかった。どこかを放浪しているんじゃないかという噂も立っていた。リーグチャンピオンもその座について以来一度しか顔を合わせていないとか。
 以前会った時より格段に丸くなったように見える僕の後輩は、呆れ顔を僕に向けてため息をついた。

「たまたま近くを通りかかったらよ、何か馬鹿笑いが聞こえてきやがったもんでな。……何かあったのか?」
「いやあ、何でも。……ちょっとばかり、楽しいことがあっただけさ」

 へえそうかい、と猫背の後輩は興味なさそうに相づちを打った。僕はそっと目線を外してさりげなくサングラスを取り、元スカル団ボスに見られないように目元を拭った。
 それ以上話が発展しない。何しに来たんだろう、とも思ったけど、彼にとっては頭のおかしい笑い声の主が自分の先輩だったっていうことがわかったことで、もう用事は終わりなのだろう。
 やれやれと僕は立ち上がり、白衣をはたいた。白い砂が体のあちこちからこぼれ落ちてきた。

「さっき、チャンピオンが来てたよ」

 僕がそう言うと、後輩の猫背が少し伸びた。

「強いね、あの子は。もう何度もチャンピオンの座を防衛しているみたいだ」
「……けっ、関係ねぇな」
「君の部下だったあの子……そうそう、プルメリちゃん、だったっけ。あの子も来たみたいだよ。トレーナーとしてちゃんとやり直す、ってさ」

 元部下の名前を出すと、彼はぎろりと僕をにらみつけてきた。僕は苦笑して、威嚇してくる後輩に言った。

「なあ、グズマ君。君もリーグにチャレンジしてくれると、とっても面白いことになると思うんだけどなあ」

 はあ、と後輩は不機嫌そうな顔を更に不機嫌そうにして、ため息をついた。

「あん時言ったろ。ポケモンリーグはいけねえぜ、って。……行く気はねえよ。今のところはな」
「君が真っ先に、賛成してくれると思ってたんだけどなあ。……リーグのチャンピオンじゃ、お気に召さないかい?」

 愚問だなあ、ククイさんよお、と鼻で笑われた。

「バトルロイヤルで頂点に立って、アンタは満たされたかい?」

 意地悪く笑ってそう言う後輩に、そうだよねえ、と僕は肩をすくめて苦笑いを返した。
 なるほど、島巡りに対する執着は相変わらずみたいだ。彼も、……僕も。

 固執しても、どんなに求めても、彼も僕も、もう戻れる場所なんかないのに。

「ククイさんよ」
「何だい?」
「俺様はなあ、あんたのためにリーグに出たりはしねぇよ」
「……そうだろうね。それでいいさ。いずれ気が向いたらでいい。君のために来てくれ。待ってるからさ」

 チッ、と舌打ちする音が聞こえた。
 後輩はまた大きくため息をついて、もう行くわ、と言った。
 ハラさんのところには行かないのかい、師弟関係に戻ったって聞いたけど、と僕が聞くと、知るか、俺は俺のやりてえようにやるだけだ、と吐き捨てるように言った。
 ザク、ザク、と砂を踏む音が三回したところで、また風が吹いた。今日は風が強い。
 アローラの風が吹けば、何が起きるかわからねえ、か、と後輩が足を止めて独り言ちた。

 それにしても、と後輩は振り返り、シニカルな表情を僕に向けた。

「派手にぶっ壊してくれやがったなあ、ククイさんよぉ」

 お褒めの言葉ありがとう、と僕が返すと、僕とよく似た後輩は、背中のバツ印を僕に向けたまま肩をすくめた。





『ククイさんよ、あんたと俺はお互いキャプテンになれなかった者同士。アローラ地方に残る古くさい風習、しまキングやキャプテンなんてくだらない連中に変わる、新しいものがほしくなるよなあ』

 あの日マリエの庭園で、親愛なる挫折仲間にそう言われた時、正直なところ、痛いところ突かれたなあ、と思った。


『僕はなれなかったではなく、ならなかったんだ。夢のために、ね』

 自分に言い聞かせるように、かつてプライドに刻まれた消えない傷を隠すように、負け犬は吠えた。





 僕は、挫折組だった。
 この地方の残酷な伝統による、敗者だった。


 誰よりも努力して、強くなった。Zリングだってもらったし、島巡りだって順調に終わった。
 それなのに、僕には何も残らなかった。親友のマーレインはキャプテンになったのに僕はなれなかった。もちろんしまキングなんて箸にも棒にもかからなかった。僕の努力は何の成果ももたらさなかった。島巡りを終えた、ただそれだけの何の意味もない事実が残されただけだった。
 島巡りは通過儀礼。挫折すれば大人たちに後ろ指を指され、かといって必死で終わらせても、もたらされるものは何もない。結局この島で力を持つのは神と呼ばれるポケモンの些細な気まぐれ。僕たちがどれだけもがいても、あがいても、それが報われることなんて、ない。

 この島では、どんなに強くても、気まぐれな禁忌の目にとまらなきゃ、トレーナーとしては絶対に大成できない。

 四つの島にたった四人のしまキングか、それが任命する七人のキャプテンか。
 キャプテンは二十歳まで。それを過ぎたら島の首長になるしかない。
 大人になったトレーナーに、上へ行くチャンスはほとんどない。せいぜい、島巡りのあちこちで小さな障壁となるサポーターの位置を確保するくらいだ。

 僕と同じ絶望に襲われた後輩は、全てを破壊する方へ向かった。
 明らかな犯罪行為に走る彼らをこの地方の人々が強く止められなかったのは、半ば野放しみたいな状態になっていたのは、無意識にかもしれないけれども後ろ暗いところに気がついていたからだ。
 じゃなければ、あんな状態の彼らが闊歩する中で、「アローラは平和だから」なんて、警察が堂々と言えたりするものか。

 この場所で、努力は実を結ばない。
 神のほんの気まぐれがなければ、誰にも認められない。

 どんなに強くなっても、この地方の中では、目指す目標はどこにもない。


 挫折と、絶望。


 なくしてしまえ。僕を蔑ろにした伝統なんて。努力を踏みにじる風習なんて。
 全部作り替えてやる。伝統も、風習も、何もかも全て過去のものにしてやる。

 僕はなれなかったんじゃない。ならなかったんだ。
 その負け惜しみを事実にするため、僕は夢を持った。

 その答えが、リーグの設立だった。
 僕は僕のために、その夢を持った。


 しまキングやクイーンたちの説得は、多少は揉めるだろうけど何とかなるだろうとは思っていた。
 ポニ島のキングがいたら即刻却下されていただろうけど、王座は空白だった。今しかチャンスはないと思った。
 一番伝統にこだわるのはハラさんだろうけど、何せ自分の実の息子がこの島の伝統に負けてアローラを出て行ってしまっている。だから、そのあたりを突けば崩せるだろうと思っていた。リーグが出来てあの子がチャンピオンに就いたあと、スカル団員たちをあの後輩含め自分の元に大勢引き入れているのを見る限り、やっぱり僕が考えていた通り、思うところはたくさんあったのだろう。
 島巡りの子たちを自分の子供のように見守っている優しいライチさんも、情に訴えればいけると思った。彼女も自分が見守ってきた子たちが挫折し非行に走るのを嫌になるほど見てきたはずだから。若いだけに考え方も柔軟だろうし。
 一番読めないのはクチナシさんだった。元々他の地方で長く仕事をしていたという、この島で上に立つ人としては珍しい立場。しまキングとして君臨している今でもまだ内部はごたついているらしく、マーレインから話を聞く限り、キャプテンを任命する仕事も放棄しているようだ。他地方のやり方を知っているだけにリーグという提案に乗ってくれる可能性も大いにあったものの、そういう立場でありながらしまキングの座を守っていることを考えると、むしろあの島の神とのつながりは強い方なのかもしれない。そもそも僕が提案した計画その場所の長だ。見逃してくれただけでも十分すぎる成果と言えよう。


 ラナキラマウンテンにリーグを造るのにこだわったのは、あそこが大大試練の場であること以上の理由があった。
 あの場所が聖地だったから。そして、禁忌に触れた罰を受けた村のほど近くだったから。
 リーグへ行くためには、必ずあの村を通らなければならない。神の怒りを買った村。アローラの人たちの「畏れ」の象徴。
 自然と、聖地に造られたリーグと対比される。この村と違って、リーグは怒りを買わない。許されている。そういう印象を受ければ、出来たばかりのリーグは人々に受け入れられやすくなる。リーグという存在が、より早くアローラに浸透する。

 あの村と同じ末路をたどる心配はしていなかった。なぜなら、全て計算していたから。

 マリエの図書館にある、アローラの伝説についての大量の蔵書。もちろん片っ端から読み漁った。そして知った。
 守り神が一番大事にしているのは、彼らの仕える太陽と月の獣だということ。それがかつて空間の裂け目からやってきたこと。
 妻が空間研究所で働いていたから、アローラに起こる空間の異常については知っていた。それがウルトラホールというもので、どこかの異世界に通じていることも。
 最近になって、空間の不安定さが増してきていることも。

 ウルトラホールが開くなら、その向こう側から何かがやってくるだろう。人とアローラの自然に甚大な影響を与える存在が。守り神は感づいているはずだ。
 彼らが一番に考えるのは、アローラの自然と、自分の仕える存在の保護。そのために力を蓄えているはず。
 ウラウラの守り神は、つい最近村をひとつ消したばかり。僕の動向に構っていては、力が足りないだろう。怒りを買った元凶のスーパーが他の島では平然と営業しているのを考えても、縄張り意識の強い守り神が他の島に干渉してくることはないはずだ。

 そもそも、聖地とはいえ伝統的に大大試練を行ってきた場所だ。しまキングやそれに値する人が集ってもおかしくはない。
 僕はちょっとその場所に、新しく建物を造るだけ。文句を言われる筋合いはない。
 だから、大丈夫。この地方の人たちが思っているより、守り神は気まぐれで利己的だ。
 人々が禁忌を過剰に畏れるほど、計画通りにいった時の成果は大きい。


 そして、最後の仕上げ。
 一見伝統を継いだように見える、聖地に造られたリーグ。最初のチャンピオンが、僕の選んだあの子だったからこそ、意味があった。
 アローラで生まれなかった、この島の伝統なんて何も知らない、でも才能にあふれた、まだ幼いあの子が、本来イレギュラーであってしかるべきのあの子が、この地方で最初のチャンピオンになる。それが重要だった。
 それこそが、僕が作る新しい世界の象徴であるから。

 リーグは誰も拒まない。
 島巡りなんて達成しなくていい。神に認められなくてもいい。若くてもいい。年をとっていてもいい。アローラ出身じゃなくてもいい。ただ、力さえあればそれでいい。
 くだらない伝統で、理不尽に絶望する必要なんてない。僕のように。僕の後輩たちのように。


 このままあの子が、才能あふれたあの子が、世界中にアローラリーグが知れ渡るまで、その座を守りきってくれるといい。
 いつか挫折仲間のあの後輩も、チャレンジしてくれるといいな。彼は少しばかり運に恵まれなかったけれども、実力は指折りなんだ。島巡りで挫折した人間がチャンピオン。痛快だろう?
 僕がその座につくのも悪くはないな。まあ、こだわりはないんだけれども。僕自身がどのポジションに着くかより、この文化がどんどん定着してくれることが僕にとっては大事だ。

 そしてあの子は、この島の象徴である神を捕まえた。島の誰もが恐れる禁忌を、ボールの中に納めてみせた。
 ああ、なんて素晴らしいことだろう!
 もう邪魔は出来ない! この地方を縛るものは何もない!

 いずれしまキングもキャプテンも形骸化して、儀式的意味合いを持たないものになるだろう。何せ、任命するはずの神は、触れてはいけないはずの禁忌は、リーグ初代チャンピオンのボックスの中だ。
 人の命は永遠じゃない。囚われの神はいつの日か、人の作った呪縛から解放される時が来るだろう。でもその頃にはきっと、この地は僕の作った新たな秩序に、人の世の理に支配されているはずだ。
 神に帰る場所はない。彼らはすでに、強い力を持った単なるポケモンに成り下がった。

 伝統が過去のものとなった時、僕の挫折は時代の流れに覆い隠される。
 そして代わりに、僕は新たな秩序を作ったものとして、その名を永遠に刻まれるだろう。

 きっとその時、ようやく僕は報われるんだ。


 不意に吹いた風がキャップを飛ばした。僕は顔を上げる。どこまでも続くべた塗りの青い空。人の作った白い砂浜。転がったキャップは波打ち際で、頭頂部を塩水にさらしている。サングラスを外して胸ポケットに押し込み、空を見た。強く烈しいはずの日差しは、今の僕の目には全くまぶしく感じなかった。
 とても、清々しい気分だった。

 左手首にはまる、鈍く輝く石のはまった白いリングに指先を触れた。ぬるい体温が伝わってくる。
 かつてほんの一瞬だけ、守り神だったものに認められた証。僕の栄光と、努力と、挫折の象徴。
 僕は薄く微笑み、聞く者のない言葉をそっとつぶやく。




 アローラ、愛しい僕の故郷。


 願わくばもう二度と、目を覚ますことのないように。





+++++++++The end




あとがき
第1回ハワイティ杯ポケモン小説コンテスト―アローラ!―にて、9位(平均4.135点)をいただいた作品。
博士好きな方には大変ひどいことをしたと反省しております(
(初出:2017/2/10 第1回ハワイティ杯ポケモン小説コンテスト―アローラ!― マスクネーム「負け犬のララバイ」)



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