「先輩のピカチュウって、何か丸くないっスか?」 後輩が言った、その一言がきっかけだった。 +++世代断絶:ピカチュウの場合+++ オレはピカチュウが大好きだ。全ポケモンの中で1番だ。アイドルだ。別格だ。特別な存在だ。 昔マサラを旅立つ時、最初に貰えるポケモンにピカチュウがいなくて、博士に向かって半日以上ダダをこねたこともあったなあ。 トキワの森に来たらピカチュウが出てくるまで3時間でも4時間でも草むらを歩き回っていたくらいだ。 だからピカ(オレのピカチュウ)の体形が変わったらすぐにわかる。どんな違いでもわかる。毛が1本抜けただけでもすぐわかる。愛の力で。 シロガネ山にこもって修行するようになっても、ピカの食生活にはオレの何千倍も気を配ってる。正直オレよりまともな食事だと思う。 だから体形が変わるなんてあり得ない。絶対あり得ない。たとえ地球が爆破されたとしてもありえない。 「そんなわけないだろ。オレのピカが太ってきてるって言いたいのかゴールド?」 「いや、何つーか、レッド先輩のピカチュウ、初めて見たときから何か丸っこいなーと思ってたんスけど……」 「何を言う。オレのピカは至って普通の体形だぞ」 旅の間何匹もピカチュウを見てきたけど、オレのピカの体形は普通のピカチュウと何ら変わりなかった。つまり『一般的な体形』だ。 それをこのゴールドの奴、丸いとか何とか言いだしやがって……。失礼極まりないな全く。 「いやいや先輩、それならオレのライトを見てみてくださいよ」 そう言ってゴールドはボールからライト(ゴールドのピカチュウ)を出した。 あー、うん、たまらん。やっぱピカチュウかわいい。例え他人のポケモンでもやっぱりかわいい。 オレはライトをぎゅっと抱きしめた。オレに電撃を浴びせるのもご愛嬌。全部ひっくるめてやっぱかわいいっ!! ……ん? ちょっと待てよ? オレはライトをなでながらふと思った。 ふかふかでやわらかで滑らかな体毛。ぷにぷにの電気袋。オレのピカと同じ。 だけど違う。何かこう、抱いた時の感触が違う。 オレはライトをまじまじと見た。 黄色い体毛や背中の模様、ギザギザの尻尾は同じ。だけど違う。オレのピカとどこか違う。 ピカを隣に並べてみた。そうしたらすぐにわかった。 ゴールドのピカチュウは……。 ライトは……。 頭と胴体の間に何となく『くびれ』があるじゃないか!! そう言えば、こう改めてみてみると、全体的にライトのほうがピカよりほっそりとしている印象がある。 オレは改めてピカの背をなでてみた。くびれのようなものはない。昔から変わらないなめらかな感触。 ライトの方もなでてみた。頭と胴体の境目にわずかなへこみを感じる。 「わかりました? 先輩」 「あ……あああああああり得ない……こんなことあり得ないいぃぃぃっ!!」 足元が崩れるようなショック。 旅をしていたころ、オレのピカの体形は標準だった。周りのピカチュウもピカと同じくらい。そして今も体形は全く変わっていない。 それなのに、ゴールドのライトがこんなに細いなんて! しかもさも当たり前というように!! 「ねぇ先輩、だから言ったじゃないっスか。先輩のピカチュウって何か丸いっスねって。っつーか、時代は今ピカチュウよりピチューっスよ先輩」 そう言うゴールドの肩に、小さな黄色いネズミが乗っていた。 丸い頭にひし形の大きな耳、小さな体。ピカチュウの進化前とか言うピチュー。 ポケモンの卵が発見されたとか何とかでこういう進化前のポケモンが人気だって言うけど、何だい、オレのピカのほうが断然かわいいやい!! 体を小さくして目をでかくして、母性本能をくすぐるような体形にしたって、オレのピカのかわいさに勝る奴はいない! このぷにぷにした身体! 丸っこいフォルム! このかわいさに勝てるポケモンなんかいるもんか!! そうだ! ピカチュウにくびれが生じるなんてあり得ない!! お、お、オレは間違ってなんかないぞ! ピカチュウが細くなるなんて間違ってる!! そんな感じの雰囲気を醸し出していたら、ゴールドがやれやれって感じの顔で言ってきた。 「……先輩、ここでオレらで議論しててもらちが明かないっスよ。ここはひとつ、オレたちの後輩に聞くことにしないっスか?」 「後輩?」 「そっス。ここカントーより南西のほうにある『ホウエン地方』ってところに、オレたちの後輩がいるらしいっスよ。オレたちとはまた違う意見くれるんじゃないっスか?」 ホウエン地方……そんなところがあるのか。 しかもそこにオレたちの後輩にあたる奴がいるとは……知らなかった。 ゴールドの話を聞くなり、オレはシロガネ山を飛び出した。 待ってろ後輩! そのホウエン地方ってところのピカチュウは丸くてかわいいよな!? ホウエン地方のミナモシティとかいうところに到着した。何というか、カントーとかジョウトとかとは世界が違うなここは。南国だ。 そのミナモシティとかいう街のはずれにある、大きな木の前に俺はいる。 この地方にいる、オレたちの後輩の『ユウキ』とかいう奴にゴールドが連絡を取ってくれたらしい。で、ここに呼び出された。 うん、よく出来た後輩だ。態度のでかさだけが玉に瑕だが。 しばらくすると、木の上からツルを伝って人が降りてきた。 何というか……最近の子供の格好ってすごいんだな。白いニット帽はともかく、赤と黒のジャージっぽいようなそうでないようなよくわからん服には脱帽した。 「あ、レッド先輩ですか?」 「ん、君がユウキ君?」 「はい。初めまして。先輩の噂はよく聞いてます」 ユウキはそう言って深々と頭を下げてきた。なかなかしつけの出来たいい子じゃないか。うんうん、好印象。 って、オレ、何かさっきからオッサンみたいなことばっか言ってるな。オレまだ一応10代だっつーの。 まあ中に入ってください、と言ってユウキは木にかかったツルを登っていった。 ついていくと、木の上に広々とした空間があった。何でも『秘密基地』というものらしい。 うらやましい。オレの時代にもこんなのがあればよかったのに。秘密基地って男の子のロマンじゃないか。今更言っても遅いけどさ。 さて、ユウキの秘密基地に入って、まずはしばらく雑談をした。 ユウキは『コンテスト』とかいうものにはまっているらしい。何でもポケモンの見た目を競うものだとか。 素晴らしい競技だ。オレも出たい。いろんな部門があるって言うけど、オレのピカならかわいさ部門楽勝だぜ! というわけで本題に入った。 ユウキはああはい、ピカチュウなら手持ちにいますよ、と言ってボールを取り出した。 「おいで、Spark(スパーク)!」 最近の奴は横文字で名前をつけるのか。シャレてると思ってるのか? まあ確かにかっこいいけどさ。 ……とか考えてたけど、ユウキのSparkを見た瞬間、そんな思考は全部空の彼方へぶっ飛んだ。 ユウキのピカチュウ、細っ!! 細い。細すぎる。あまりにも細すぎる。 ゴールドのライトはまだ頭の幅と体の幅が同じくらいだったけど、こいつは完璧に体の方が細い。 ピカと比べるまでもないんだけど、目の前の光景があまりにも衝撃的だったので、オレはとりあえず落ち着こうとピカを出した。 「うわっ! 先輩のピカチュウ太っ!!」 ピカを出した瞬間、ユウキがはっきりと聞こえる声でつぶやいた。オレはユウキを睨みつけた。 ユウキは即座に、ごめんなさい謝りますつい本音が出たんです口を滑らせたんです、と謝罪してきた。 というかそれって一応謝ってはいるけどやっぱり太いって思ってんじゃねぇか。 オレはむすっとしながらピカをなでた。 「何だよ、オレのピカのほうがお前のより断然かわいいじゃん!」 「え、えーっと……そ、そうですね?」 ユウキは苦笑いを浮かべながらしどろもどろに言った。 「でも先輩……。コンテストでは、ピカチュウはどっちかというとかっこよさ部門に出すポケモンなんですが……」 ……はい? 「ごめんユウキ君、よく聞こえなかったんだけど?」 「で、ですから、ピカチュウはかわいさ部門よりかっこよさ部門のポケモンなんですが……」 ……ピカチュウがかっこいいだと? そりゃまあピカチュウはパーフェクトだから、かっこいいし美しいしたくましいし賢そうだけど……。 でも何よりも優先するのはかわいさだろ!! ピカチュウからかわいさ抜いたら何が残る! かわいさあってのピカチュウ! ってくらいピカチュウにかわいさは重要だろ!! そりゃこれだけ細くなりゃスタイリッシュに見えるよ! かっこよさもアップするだろうさ! だけどそれ以上にかわいさを削ってどうするんだよ! ピカチュウのあの丸々とした饅頭のようなかわいさはどこに行ったんだ!! そりゃまぁこの細いピカチュウもそれはそれでかわいいよ? ピカチュウってだけでもう断然かわいいよ? だけどやっぱり、オレのピカみたいなあの丸々としたかわいさがないとピカチュウ! って感じがしないじゃないか! このぷにぷにとしたお腹! さわり心地のいい背! たまらない弾力の電気袋! あぁもうこのかわいさがわからないなんて一体どうなってるんだこの世の中はぁっ!! ……って感じのことを、気がついたら大声で言ってたみたいで、気がつくと、ユウキは青ざめた泣きそうな顔でオレを見ていた。 さすがにヒートアップしすぎたかな? と思っていると、ユウキが震える声で言った。 「あ、あの、ぼ、僕にはよくわからないですけど、あの、ぼ、僕の後輩に聞いてみたらど、どうでしょう?」 「後輩?」 「は、はい。あの、僕の後輩にあたる人が、ここからずーっと北にある『シンオウ地方』っていうところにいるんです。最近頑張ってるらしくて……」 「北の方か……」 そうだ。ここは南国だからいけなかったんだ。 やっぱり暑いと脂肪もつけたくないじゃないか。だからピカチュウもほっそりするんだ! 多分そうだ! そうなんだ! きっと北国に住んでるピカチュウだったらオレのピカと同じように丸々としてるさ! その後輩とかいう奴ならきっとわかってくれる!! というわけで、オレはすぐにユウキの秘密基地を飛び出した。 待ってろ北国! 待ってろシンオウ地方! 待ってろピカチュウ!! キッサキシティとかいうところに着いて、そこから船に乗った。 船から降りて水道を渡り、リゾートエリアとかいうところについた。 今度はユウキが、後輩の『コウキ』とかいう奴に話をつけてくれたらしい。いやはや、いい後輩を持ったもんだ。 オレは今、高級別荘地といった感じのするところを歩いている。リゾートという名に負けていない。すごい土地だ。 「あ、レッド先輩ですね。こっちです」 唐突に声がかかった。見ると、ひときわ大きな建物の玄関から、赤いキャスケットをかぶった奴が手を振っている。 何だこりゃ。どういう状況だ。何なんだこの建物は。 とりあえず、声をかけられたのでそいつの方へ行ってみる。 「……コウキ君?」 「はい。はじめまして。先輩の話は聞いてます。いろいろと」 コウキは口元に笑みをたたえて握手を求めてきた。これはあくまでオレの勘だけど、こいつ何となく怖い。 そしてコウキは俺に、建物の中に入るよう促してきた。 建物の中には大きなソファやら、天蓋つきのベッドやら、大きなプラズマテレビやら、いろんな家具がごろごろと置いてあった。 コウキは俺にソファをすすめて、キッチンシンクから紅茶の入ったティーカップを2つ持ってきた。 「……で、何なんだこの建物は」 「別荘です。僕の」 「べ、別荘!? 金持ちだな……」 「必要なのは要領ですよ。要領。こんな別荘も買えない程度の奴は要領が悪いんですよ。要するに頭が悪いんです」 コウキは遠慮なく、相変わらずの笑顔で言った。最近のガキは生意気だと聞いていたが、今多分理解出来た。 何となく不安になったが、オレはとりあえずコウキに本題を切り出した。 「ピカチュウですか。オスがいいですか、メスがいいですか?」 「え? ……じゃ、じゃあ両方」 「優柔不断ですね。将来ロクなことになりませんよ先輩」 コウキは全く表情を変えずにそう言って、ボールを2つ放った。ところでこいつ殴っていいか。 「ピチカ、チウ、出て来い」 ソファの前にある机の上に、2匹のピカチュウが現れた。 へー、オスのほうがピチカでメスのほうがチウかー。 ふーん、ピカチュウってオスとメスで尻尾の形違うのかー。メスの方ってちょっと割れてるんだなー。知らなかったなー。シンオウだけなのかなー。 ……って、そんなことはどうでもいい。 何だよ。何なんだ。だから何なんだ。 何でピカチュウがこんなに細いんだ!! 北国なら寒いからシンオウよりはもうちょっと丸っこくなってるかなーとか思ったけど、全然変わってないどころかさらに細くなってるし!! 何か胴体も若干伸びた感じがするし! 頭と胴体完全に分離してるじゃないか! 誰だよこれ! ピカチュウか! え、何、結局世代を超えるごとにピカチュウやせ細っていってるの? これってどういうこと? オレって異端? おかしくないよね? オレおかしくないよね? オレのピカって普通だよね? そんな感じのことをつぶやきながら、机の上にピカを出した。 コウキはピカを一目見て、全く笑顔を崩さずに言った。 「どう見ても太いです先輩」 「どう考えてもお前のが細すぎるだろ!」 「普通ですよ。みんなこの位の細さですよ」 そしてコウキはオレに、とどめの一言を付け加えた。 「っていうか、先輩のピカチュウ、メタボでしょ」 ……フリーズ。 コウキはにこにことしながらオレを見ている。 オレの頭の中にはコウキの発した一言が鳴り響いていた。 っていうか、先輩のピカチュウ、メタボでしょ。 ていうかメタボでしょ。 メタボでしょ。 メタボ。 「……何だってんだよ『メタボ』って言っときゃ世の中どうにかなると思いやがってそもそもオレの時代にはそんな言葉なかったっつーの 何だよ『手のひらピカチュウ』も『いちぶんのいちピカチュウ』も知らない世代のくせに何かオレのほうが敗北感があるんだけど 今現在も絶賛放送中のアニメのピカチュウだって初期は本当に丸々としてたっつーのに気がついたらほっそりして目もでかくなって愛嬌振りまいてるし 何だよ誰もかもかわいいキャラ化すりゃいいってのかよこの饅頭のようなかわいらしさはどこ行ったんだよ過去の産物ですかそうですか ああそうだよピカチュウの丸々としたこのかわいさをお前らに理解してもらおうと思ったオレがバカだったようわあぁぁぁんっ!!」 オレは別荘の扉を蹴破って外へ駈け出した。 後ろの方からコウキの声が聞こえてきた。 「せんぱーい、丸々としたピカチュウのかわいさはどうでもいいですけど、扉は弁償していってくださいねー」 数日後。 ゴールドはリゾートエリアを訪れた。多くの別荘が並ぶ中、扉が妙にぼろぼろになっているひときわ大きな別荘があった。 ノックをすると、中から赤いキャスケットをかぶった少年と、白いニット帽をかぶった少年が現れた。 「あ、ゴールド先輩、お久しぶりです」 「よぉ、ユウキにコウキ。久しぶりだなぁ」 コウキがすすめる前に、ゴールドはソファに腰を下ろした。 一瞬コウキの口元がひくっと痙攣したが、ゴールドは全く気がつかなかったようだ。 「そう言えばゴールド先輩、レッド先輩はあれからどうなったんですか?」 「さあ? 『いつかオレの手で世界を黄色く染めてやる……』とか何とか呟きながらまたシロガネ山の奥に引きこもっちまったけどな」 「懲りない人ですね」 コウキはゴールドの前の机に、がしゃんと派手な音を立て、叩きつけるようにティーカップを置いた。顔は相変わらず笑顔だが、手には異様な力がこもっている。 ゴールドは全く気にしていない様子で紅茶をすすった。コウキは「チッ」と小さく舌打ちした。 2人の間に流れる何となく険悪なムードを身に浴びつつ、ユウキはため息交じりに言った。 「丸くても細くてもピカチュウってかっこいいのになぁ……」 「先輩あれで結構頑固なところあるからなぁ」 「これも一種の世代断絶(ジェネレーション・ギャップ)って奴ですか」 「ま、何にせよ」 コウキがわざとらしく肩をすくめた。 「『シロガネ山の伝説のトレーナー』っていうより、ただの『初期ピカチュウ馬鹿』ですよね、あの人」 +++++++++The end? |