目次 6月6日に雨がざあざあ降ってきて

モミジム3連戦! 1/3

ポケットモンスターReBURST ――ラジオ体操の唄――

堀の外

壁の中






+++6月6日に雨がざあざあ降ってきて+++



 あの子と出会ったのは、今月の頭のことだった。

 去年や一昨年に比べて随分と蒸し暑い夕暮れ。日が沈むのもずいぶん遅くなった。
 家への道を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。


「ぼうがいっぽんあったとさ はっぱかな」


 懐かしい絵描き歌が聞こえる。
 5、6歳くらいの子供がひとり、白墨を使って道路に絵を描いている。
 こんな時間に子供がひとりで、しかも今時白墨を使って道路にお絵描きなんて。珍しいなぁ。
 まあ、あんまり関わらない方がよさそう。そのまま通り過ぎようと思ったんだけど、その子がくりくりとした目でこちらをじっと見てくるものだから、負けた。かわいい。


「はっぱじゃないよ かえるだよ」


 私が続きを歌ってあげると、その子はきゃっきゃと楽しそうに笑って、絵の続きを描きはじめた。


「かえるじゃないよ あひるだよ」

「6がつ6かに あめがざあざあふってきて」


 そこまで描くと、その子はこっちを見上げてきた。

「6月6日は雨が降るの?」

 さあどうだろうね、と言うと、その子はまたかわいらしい目でこっちをじっと見てくる。ううん、南の方はもう梅雨入りしたっていうし。

「多分、降るんじゃないかなぁ」

 そういうと、その子はまたきゃっきゃっと嬉しそうに笑った。

 気がつくと、いつの間にかその子はもうどこかに行っていた。
 塀の上で、ニャースが顔を洗っていた。


+++


 翌日、友人の男の子に話をした。
 すると友人は何やら複雑そうな顔をしてきた。

「どうしたの?」
「いや……そいつ、人間じゃなかったんじゃないかなぁって」

 前に聞いたことがあるけど、友人は生まれた時から普通に幽霊が見える体質らしい。「幽霊なんてそこら辺にいる普通の人間と同じだよ」と常々言っていた。
 なるほど、幽霊。それならいつの間にかいなくなったのも、あんな時間にひとりでいたのも納得いく。

「まあ多分大丈夫だろうけど、でも……」
「あっ、やばい、午後の授業始まっちゃう」

 腕時計を見て、私は急いで講義室へ向かった。


+++


 6月6日。
 朝からいい天気だった。6月にしてはものすごく蒸し暑い。

 夕焼けに染まる道を歩いていると、声が聞こえてきた。


「ぼうがいっぽんあったとさ はっぱかな」


 この前と同じ子が、道路に白墨で絵描き歌を描いていた。


「はっぱじゃないよ かえるだよ」

「かえるじゃないよ あひるだよ」

「6がつ6かに あめがざあざあふってきて」


 そこまで歌うと、その子は突然私の方を向いた。
 この前はくりくりしたかわいい目だと思ったけど、目が合った瞬間にぞうっとした。

「6月6日、雨降らなかったね」

 その子はとても子供とは思えない、低い声でそう言った。
 怖くて、足が動かない。

「雨、降らなかった」

 その子がゆっくりと近づいてきた。
 1歩踏み出すごとに、ぴちゃ、ぴちゃ、と水の音がする。

 その子が私の首に両手を伸ばしてきた。
 氷のように、冷たい感触。



「やつめくん、『あまごい』!!」


 いきなり、土砂降りの雨が降り始めた。
 声のした先には、この路地では少し狭そうにしているミロカロスと、友人の男の子。

 子供は私の首から手を離して、嬉しそうに笑い、消えてしまった。
 友人はミロカロスをボールに戻した。雨はすぐに止んだ。

「間一髪、だったな。よかったよかった」

 友人は、恐怖で動けない私の頭をぽふぽふと撫でてくれた。


+++


 それから友人は、私を部屋に呼んで、いろいろと教えてくれた。
 幽霊は基本的に普通の人間と何も変わらないけど、まれによくない奴もいるらしい。
 私が出会ったのも、そういうののひとりだったんだろう、と。

 今回私が会ったのは、おそらく、雨の日に事故にあった子供なのだろう。
 ひとりでいるのが寂しくて、優しくしてくれる誰かを探しているのだと。
 雨が降れば、自分と同じところに来てくれる人がいるんじゃないか、と思っているのだと思う、とのことだった。

 友人はあんまり異性に見せるものじゃないけど、と言って、シャツをはだけて胸元を見せてくれた。
 ちょうど心臓の上あたりに、痛々しい古傷があった。その昔、よくない霊にやられたとか。
 時には洒落にならないこともあるから、気をつけろ、と友人は言った。



 テレビでは天気予報が流れている。
 明日もすっきりとした晴天だそうだ。



年に一度の6月6日なことに気がついた午後4時過ぎ
せっかくなので即興で1本書いたよ!
すごく暑かったからぞわわっとするのを書いてみたかった
でも自分で書いてもちっともぞわわっとしない
(初出:2011/6/6 マサラのポケモン図書館)






+++モミジム3連戦! 1/3+++



 豊かな自然と歴史、温かな人柄で名を知られるチューゴク地方。
 その中で、穏やかな気候と豊富な資源を持ち、物流の拠点、政治・経済の中心、信仰と歴史の舞台として最も繁栄してきた街、モミジシティ。
 ポケモンリーグに向かうトレーナーたちにとっての、最後の関門がこの場所にある。

 モミジシティポケモンジム、通称モミジム。

 場を守るのは3人のジムリーダー。
 モミジシティの全てを表す草・炎・水の使い手。

 山と自然の「草」、『ジョウ』。
 人と歴史の「炎」、『ケンタ』。
 海と信仰の「水」、『セトナ』。

 これはそんなモミジムの、ある日のお話である。





※※※ 以下、この話はジムリーダー視点で進められていきます ※※※





「たのもーっ!」

 おぉ、元気のええ声じゃのぉ。キセルをふかしながらワシはぼんやりとそう思ぉた。
 挑戦者か、えらい久しぶりじゃのぉ。しばらくだぁれも来とらんかったけぇ、何か懐かしいわ。

 ベンチに寝転んだまんまぼんやりしとると、頭をぶたれた。何すんじゃ、とワシは後ろにおった男……ケンタにゆぅた。

「挑戦者が来ているよ。ちょっとは動いたらどうだい?」
「わぁーっとるわ。ちぃとぼけっとしとっただけじゃろぉが」
「また飲んどったん? ほどほどにしとかんと、体によぉないよ?」

 枕元にある白牡丹の一升瓶(みてとる)を拾い上げてた女……セトナはため息をついた。

「そりゃあ昨日の夜の分じゃ。さすがに今日はまだ飲んどらんわ」
「ほいじゃあこっちのまだ開いとらん方は?」
「そっちゃあ今日の分じゃ。ええじゃろ別に」
「もういいから、早く起きなよ。一番手だろ」
「あぁすまんすまん。今行くわ」

 キセルの灰を落として、賀茂鶴の瓶を片手に、ワシは起き上がった。



 挑戦者を見て、ワシはちぃと驚いた。

「何じゃぁ、挑戦者が3人おるんか」

 ジムに来とったんは、男が2人と女が1人。3人で旅をしとるらしい。
 それにしても3人旅。まぁ仲のええことじゃ。

 このジムはジムリーダーがワシ、ケンタ、セトナの3人。
 挑戦者は、ワシら3人を全員勝ち抜きで攻略せんと、このジムのジムバッジ、メイプルバッジは渡せん。
 ワシらは1人2匹使ぅとるけぇ、まぁ普通のトレーナー1人相手にするんと数は変わらんのんじゃけどな。

 にしても、どがぁしようかのぉ。
 何とゆうても今日は5月5日。鯉のぼりの日。ワシらモミジシティ人の愛する野球チーム、モミジ東洋マジカープの日じゃけぇのぉ。ちぃとぐらいはサービスしちゃってもええと思うんじゃけどのぉ。

 ……あ、ええこと思いついた。
 ワシは3人の挑戦者に向かってゆぅた。

「そうじゃのぉ、ほんまは3人抜きせんにゃあいけんのんじゃけど、せっかく3人で来てくれたんじゃけぇ、1人ずつ相手しちゃるわ」
「えっ」
「おいおい、勝手に決めるなよ。酔ってるのか?」
「酔ぉとらんわ。ええじゃろぉが。今日は祝いの日で。それに、そんくらいの方が面白いじゃろ?」

 うちは別にええけど、ってセトナがゆぅて、ケンタもしょうがないのぉゆぅてため息。
 とはゆぅても、こん中でいっちゃんバトルが好きなんはアイツってこたぁ、ワシゃぁよぉ知っとるけど。

「勝負は2対2の勝ち抜き。回復禁止。誰か1人でもワシらに勝てりゃあ、あんたらぁがバッジを持っていきんさい。ええか?」
「は、はい」
「じゃ、ワシが最初に行くわ。アンタらぁは誰から来るんじゃ?」

 ワシがゆぅと、挑戦者は何か話し合うて、女が前に出てきた。

「ふーん、アンタか。ほいじゃあ、早ぉ来んさい」
「あ、あの……怒ってます?」
「怒っとらんよ。じゃけぇ早ぉ来んさい」
「ううっ……絶対怒ってる……」
「ええから早ぉ来ぃやぁ!」

 ひぃっ、すみませんっ! ゆぅて女は走ってきた。
 名前は? って聞いたら『アキ』ってゆぅてきた。

「ほぉか。ワシは『ジョウ』。使うのは草タイプじゃ。ま、よろしゅうな」



 手持ちん中から2匹選び、更にボールを1つ選んだ。
 ほいじゃやろぉか、とゆぅと、アキはお願いします、と頭を下げた。

「行くよ、ウルガモス!」
「おぉ、最初っから容赦ないのぉ。ほいじゃあ、頼むで、えいちゃん!」

 ワシはヤナッキーのえいちゃんを出した。名前はもちろん、あの谷沢永一(通称永ちゃん)からじゃ。
 セトナが、まーほんまやれんねー、とため息をついた。

「あんたぁ、ほんまにそのネーミングセンスどうにかしんちゃいや」
「ええじゃろぉが別に」

 あのー、初めてもいいですかー? ってアキがゆぅてきた。ああすまんすまん、勝負に戻らんとのぉ。


「ウルガモス、『ぎんいろのかぜ』!」
「ひゃあ、いびせぇいびせぇ。えいちゃん、『かげぶんしん』!」

 何とかよけれた。あーいびせぇいびせぇ。
 こっちが『ふるいたてる』を出したら、あっちも『ちょうのまい』。
 ふぅ、さて、どう来るかのぉ……ん?

「! えいちゃん、跳びんさいっ!」
「ウルガモス、『ねっぷう』!」

 跳んでかわしたんじゃけど、かすってしもぉた。じゃけどそれでも相当なダメージ。いやぁさすが、ぶち強いのぉ。
 えいちゃんはマゴのみを取り出して食べた。うーん、かすっただけでこれとは、ほんまひでーひでー。
 アキはそれ見ぃ、とでも言いたげな顔でこっちを見とる。

「相性最悪ね。私が負ける要素が全然ないわ」
「……わしゃーこーしゃくたれーは好かん。最後までやらんとーわからんじゃろ?」
「ジョウ、なにはぶてとるん?」
「はぶてとらんわ。ちぃと待っとりんさい」

 キセルをもっかいくわえ直す。いっぺん大きゅう吸い込んで言うた。

「『アクロバット』!」

 持ち物がないなって軽ぅなったえいちゃんは高ぉ高ぉに跳び上がった。ほいで体をひねってウルガモスに蹴り。
 頭と体の付け根に直撃した蹴りは、そりゃあばちよぉ効いたようで、ウルガモスはへたった。
 アキはなんとのー、いうた顔でぽかんとしとった。
 煙を吐き出してワシぁゆぅた。

「ワシらぁのぉ、リーグん前ん最後の砦なんで。そがぁに簡単に越えられちゃー困るんじゃ」
「一……撃……」

 ぽかんとしとったアキは息を吐いて、頭を下げた。

「……すみません。モミジジムなめてました」
「ん、わかりゃええよ。ワシゃぁ強いもんが好きじゃけぇのぉ。ま、きばってきんさいや!」

 ワシがゆぅと、アキはしっかりとうなずいた。


「お願い、ジュペッタ!」

 アキの放ったボールから、ジュペッタが出てくる。なるほど、ええ目をしとるわ。
 ワシはえいちゃんにもう1回『ふるいたてる』を命じた。

「ジュペッタ、『シャドークロー』!」

 黒い爪がえいちゃんをかぐる。はぁ、こりゃ、よぉやるわ。

「えいちゃんっ!」
「ジュペッタ、『トリック』っ!」

 跳び上がったえいちゃんが、地面に落ちた。えいちゃんが持っとったはずのない、黒い玉が背中に縛り付けられとる。
 くろいてっきゅう、かぁ。素早さと身軽さが第一のえいちゃんにはきついのぉ。

「ジュペッタ、『ダストシュート』!」

 えいちゃんがあずっとる間に、ジュペッタの技が決まった。
 ふぅやれやれ、やれんのぉ。強い強い。

「……よぉやったのぉ、えいちゃん。たばこにしときーやぁ」
「私も、負けるわけにはいきません。あなたたちに勝って、リーグに行きます!」
「ほぉか……ほじゃね、ワシらぁジムリーダーは乗り越えられるためにおるようなもんじゃけぇのぉ」

 ワシはボールを取り出す。もっかいキセルをふかして、ゆぅた。

「……じゃけど、ワシもそがぁに簡単にゃあ負けるわけにゃあいかんけぇのぉ。行きんさい! アスベスト!」

 ほうじゃ。ワシゃあ、そがぁに簡単には負けられん。
 ワシは昔知り合いにもろぉた、エルフーンのアスベストを場に出した。

「……ほんまに、アンタぁそのネーミングセンスどうにかしんちゃいや。ほんまに」
「知らんわ。ワシにこいつぅくれた奴にゆうてくれぇや」

 ワシじゃったら、『タツさん』(もちろん由来はかの名(迷)キャッチャーの『竜川影男』)ってつけるのぉ。ちなみに。


「ジュペッタ、『ふいうち』……」
「アスベスト! 『コットンガード』!」

 あっちゅーまに、アスベストをもふふっと綿に包まれる。あれにダイブするのがほんまたまらんのんよねぇうんうん。
 ジュペッタの攻撃はもふもふの綿に阻まれてほとんど通らん。アキは気を取り直してゆぅた。

「ジュペッタ、『シャドークロー』……」
「アスベスト! 『おいかぜ』!」

 ぶわっと風が起こる。アスベストは風にのってふわふわと漂っとる。まぁただ単に漂っとるわけじゃのぉて、自分で起こした風じゃけぇ自分の思うところに飛んで行けるんじゃけど。
 アスベストはけけけっとまぁおちょくっとるように笑ぉた。さすが『いたずらごころ』じゃのぉ。

「アスベスト、『やどりぎのタネ』!」
「ジュペッタ、『ダストシュート』!」

 ひゅう、攻めるのぉ、とワシはつぶやいた。
 相手は『やどりぎのタネ』でじわじわと体力を削られよる。じゃけどまぁ決定打にゃあならん。
 じゃけど、ジュペッタの攻撃もよぉ効かん。

「泥沼ですけど……絶対、勝ちます!」
「ワシも……負けるわけにゃあいかんのぉ」

 ワシはちらっと後ろを見た。ケンタとセトナと眼が合うた。

 そうじゃ。ワシがここにおるんはこいつらのおかげ。
 こんなところで、この先の勝負を終わらせるわけにゃあいかん。




 モミジシティの北のはずれ、何もない田舎がわがた。

 ガキん時に、親父の都合で、モミジシティの外へ出た。
 じゃけどそれからは、毎日が地獄じゃった。


 しゃべりゃあいびせぇゆわれ、話しかけりゃあ怒っとるんかゆわれ、

 何も出来ん、何も言えん、鬱積ばかりがたまる日々。


 あん時もそうじゃった。怒っとらんのに怒っとるゆわれ、普通にしゃべっとるのにいびせぇゆわれ。


 しごーしたら、すっきりした。


 ほいじゃけぇ、毎日毎日、ごーがにえる奴をしばきあげてまわっとった。
 最初ん時、たまたま近ぉにあった盆灯篭をぶん回しよったけぇ、いつの間にかそれがトレードマークになっとった。
 まぁ、あん頃のワシは、ほんまにどうしようもないクズじゃった。


 そんなワシんところに、あの2人はやってきた。


「あんたが『盆灯篭のジョウ』ゆー奴か?」
「あ? 誰じゃアンタら」

 カリッ、っちゅうこまい音が聞こえて。
 声をかけられるなり、ワシは男の方……ケンタに頭をぶちまわされた。

「何すんじゃワレぇ!!」
「何しょーるんやはこっちのセリフじゃワレ!! このパープーが! 盆灯篭はご先祖様をリスペクトするもんで人を殴るためにあるんじゃなぁで!!」
「怒るとこおかしゅうないか!?」
「まあまあ、ケンタもジョウ君も、そのへんにしときんちゃいや」

 そういって、女の方……セトナが割り込んできた。

「噂で聞いたんじゃけど、ジョウ君、ポケモンバトル強いんじゃろ?」
「ん……まあ、の」
「じゃあええじゃん。ねえケンタ」
「ほうじゃのぉ。ま、ちゃんと戦うて、ちゃんと見てみんにゃあわからんけどのぉ」

 よぉわからんワシに、2人は言うてきた。

「わしらはモミジシティジム・ジムリーダー。アンタ、わしらの仲間にならんか?」




「……どーしょーもないクズ人間だったワシを、こいつらぁが拾ぉてくれたんじゃ。こんなところで、このバトルを終わらせるわけにゃあいかんのぉ」

 口に出して、気合を入れ直した。

「アンタぁ、そがぁに恥ずかしいことよぉゆえるのぉ」
「まぁ言い辛いけど君は確かにパープーだったよ」
「悪ぃのぉ……じゃけど、今日はちゃんと守りとおすで、ここを」

 さて、バトルに集中せんとの。


 じわじわと体力が削られて、アスベストも相手のジュペッタもだいぶへばってきとった。やどりぎはかなり成長しとるし、こりゃあ、もうひと押しじゃのぉ。

 先に動いたんは、アキの方じゃった。

「ジュペッタ、よーく狙って……『ダストシュート』っ!!」


 ……じゃけど、動かん。

 ぽかんとしとるアキに、ワシはゆぅた。

「アンタぁ、『サイジョウ』ゆう場所を知っとるか?」

 アキは知らん、ゆうように首を横に振った。
 ワシは傍らの賀茂鶴の酒瓶を掲げて見せた。

「『サイジョウ』はのぉ、アサギの『ナダ』、エンジュの『フシミ』と並んで、この国の三大銘醸地いわれとる場所じゃ。何でか知らんが、知名度は低いんじゃけどのぉ。賀茂鶴、白牡丹、福美人……ワシゃあ日本酒が好きじゃけぇえっと飲んどるわ」
「日本酒……」
「ところで……アンタんところのジュペッタ、性格は……『ゆうかん』、か?」
「……! まさか!」

 ジュペッタの手から、マゴのみの破片が転がり落ちよったのに、アキはようやっと気がついた。
 あっちゃぁこっちゃぁ、ふらふらとしとる。かと思うたら、自分の頭をぽかぽかとぶちまわし始めた。
 どう見ても、混乱しとる。

「いつの間に……! 『トリック』!?」
「よぉわかっとるじゃないか」
「で、でも、確かあの時もうヤナッキーはマゴのみを使って……」

 アキが、はっとしたよぉにこっちを見た。

「……『リサイクル』……」

 正解、っちゅーてワシは笑ぉた。

「アスベストは耐久はあるんじゃけど、決定力にかけてのぉ……ぎりぎりまで削らせてもらわんと、なかなか倒せんのんじゃ」
「そ、それにしても、相手にマゴのみが効くかなんて、トリック使うかなんて、完全に運じゃない……」
「そうじゃのぉ。じゃけど、残念ながら、ワシゃぁ結構な博打うちでのぉ。当然、他の手も考えてはあるけどのぉ」

 アキは首を振った。こがぁに低確率の賭けに負けたんなら、勝てん、って言うて。
 ほいじゃあ、終わらしょーか、ってワシはゆうた。

「アスベスト、『ぼうふう』!!」

 バトル場に、突風が吹き荒れた。




「ジョウ、また控用のベンチめげたでー。アンタんじゃけぇええけど、直しときんちゃいよー」
「やれんのぉ。もちぃと狙いをしぼれりゃあ相手への威力も上がると思うんじゃけどのぉ」
「だから、まだまだ詰めが甘いんだよ君は」
「はっはっは、すまんのぉ」

 アキががっくり肩を落として仲間んとこに戻るんを見て、ワシも賀茂鶴の瓶を抱えてベンチがあったとこに座った。
 酒を猪口に注ぎ、キセルをくわえ、ケンタにゆぅた。


「ほいじゃあ、後は任せたで、ケンタ」



概要:ある日の某所チャットにて
    自分とあつあつおでんさんと音色さんの3人が
    H県出身であることが判明した結果誕生した
    合作小説モミジム話の自分の担当部分
特徴:詰まらんこぉ読めりゃあアンタも仲間じゃ
備考:盆灯篭は全力で笑うところ
(初出:2011/5/5 マサラのポケモン図書館)






+++ ポケットモンスターReBURST ――ラジオ体操の唄――+++






 ―― 新しい朝が来た 希望の朝だ ――



 夏休み。少年少女は早朝のラジオ体操のために目を覚ました。
 そこで歌われる歌のように、新しい朝を迎えるために。


 しかし――新しい朝は来なかった。




 太陽は暗く、上りきっているのに星がチラチラ見える。家の壁はひびだらけ、床は踏み抜く危険と隣り合わせ……。
 それは言わば、『古い朝』とでも言うべき光景だった。


 太陽が、消える。

 新しい朝は、来ない。この先、永遠に。



 そこでティーンエイジャーの少年少女の元にポケモンがやってきて言う。


「太陽を取り戻せ、新しい朝を君たちの手で作るんだ」と……!






 そして始まる、長い長い一日。
 人の悪意から生まれた魔獣を退治するため、少年少女は立ちあがる。

 ポケモンと契約して手に入れた魂の力を使い、



 ――そう、バースト戦士として。





 立ちふさがる魔獣。



「このピアノ伴奏……昨日の人と違う!」

「何っ――今日はサックスだと……!?」



 目的不明の怪しい組織。



「出席シートは1人1枚だけのはずだ……なぜ3枚も持っている」

「夏休みが始まる前に、先生に3種類もらったんだ!」



 主人公と敵対する、謎の少年。



「大きく身体をひねる運動で左右を間違えるとは……素人め」

「くっ……何て気まずいんだ!」



 そして、裏切り。


「ごめん、私……寝坊したの!」







「判子が欲しいか? ならば――毎日来るがよい」

「集めればいいんだな……やってやる」

「よかろう。皆勤賞はノートだ。――鉛筆はやらんぞ」




「深呼吸の1回目は手を広げるんじゃない! 降ろすだけだ!」

「ちくしょう……ちょっと変わった動きのイメージ強すぎる……」

「気をつけろ! ジャンプの2回目は開・閉・閉だ!」

「ああ、わかった!」




「首をひねる動き……だと……昨日はなかったはず……」

「残念だな――首の運動はランダムだ」

「それはどうかな?」

「何っ……首をひねる動きを、見切っただと!?」

「残念だね。僕は気付いたんだ――会場紹介の長さと、首をひねる動きの関係にね!」




「何でだよ! みんなで……みんなで出席シートを全部埋めようって……約束したじゃないか!!」

「それに、本当は私……みんなの体操派なの!」

「みんなの体操なんか、ビデオにとればいいじゃないか……! こっちは出席シートがかかってるのに、なんで……」

「うちの家、デジタル映らないのよ! おばさんのうちで見させてもらってるの!」

「ごめん……知らなかった」

「ううん、いいの。言わなかった私も悪いもの」

「決めた! 今日から俺んちでみんなの体操をビデオにとる! それで、新しい朝がきたら……一緒にデジタルの映るテレビを買いに行こう!」


「だがどうする? そいつの出席シートにはもう穴がある。パーフェクトは狙えまい」

「俺たちは――俺たちは、諦めない!」

「! は、8時40分! そ、それは……再放送!!」






 果たして少年少女は、新しい朝を迎えることができるのか。






「鍵を握るのは謎の唄……そう、第弐だ」





「BURST!! 【腕を大きく回す運動】!!」





ケッ トモ ンス ター Re BU
―ラジオ体操の唄―






「ラジオの声に、健やかな、胸を」



「この薫る風に開けよ。それ……1、2――3」







きとかげさんとの共同制作
徹夜チャット朝6時過ぎ早朝テンションの結果がこれだよ!
途中から古い朝もポケモンもReBURSTも関係ない
そして自分はReBURSTのことが嫌いではない
(初出:2011/8/7 マサラのポケモン図書館)






+++堀の外+++



 アクアラングの泡がのぼっていく。
 濁った水の中から、水面は見えない。

 幼馴染の親友と一緒に、水を蹴って水面へ顔を出す。
 僕たちの見えるのは曇った空と、町を囲む頑丈な石壁。

 灰色の空に、茶色の小鳩の群れが飛んでいくのが見えた。
 壁に囲われた空を、端から端まで飛んでいったのを見て、安堵する。
 時たま、ここまで落ちてくるポケモンがいる。
 残念ながら、彼らはほぼ助からない。ここには彼らの餌となるものも、石壁を登る手がかりも、足を休める止まり木さえもないからだ。


 この町が水の底に沈んだのは、僕たちが生まれるずっと前だったという。


 なぜ沈んだのか、その理由はもう誰も知らない。
 親友のおじいさんであるポケモン博士の話では、隣の海の神が起こって海流が変わったとか、南の地方の海の神が海を広げようとしたせいだとか、そんな説もあるとか。
 確かに、この町は雨が多い。雨が多いから、この堀も干上がらない。
 だからと言って、そんな遠くの海の神か何かの気まぐれ何かで、僕たちの町が水の底になっていいのか。それはあまりにも不条理じゃないか。


 僕たちの町はいつからか、『堀の中の町』と呼ばれるようになった。
 町を囲むあまりにも高い石壁が、まるで城の周りを囲む堀のようだからという理由らしい。
 家すら完全に沈む水から顔を出しても、石壁は未だ空に向かって聳え立っている。
 時折隣町の住人が物資を投げ入れてくれる他は、この町に近寄る人はいない。
 万が一堀の中に落ちたが最後、外に出ることはほぼかなわないからだ。


 親友はいつも、目を輝かせて同じ話をする。
 ずっと昔、この町に現れたポケモントレーナーだ。
 彼は堀の中に落ちた人間を、大きな飛ぶポケモンと一緒に救いあげた。

 その姿を見たのは、僕と親友だけだ。
 町の人たちは、水面から顔を出すことすら極力避けようとする。
 どうしてもこの水没した町から、離れようとしない。それがなぜなのかは、僕もわからないけれども。

 生まれた頃からそれが当たり前だった僕も、町から出る気は全くなかった。
 だけどその人は、僕たちに向かって言った。


 ポケモンと一緒なら、こんな堀の壁、簡単に乗り越えられる。
 ここから出て、広い世界を見てみないか。


 生まれた時からアクアラングを背負って、水の中で生きてきた。

 堀の中で産まれ、堀の中で生き、堀の中で死ぬ。
 それが半ば当たり前だと思ってた僕たちにとって、彼の言葉は衝撃だった。

 この堀の外には、僕たちには全くわからない、別の世界があるんだ。
 僕たちの力だけじゃどうしようもないかもしれないけれども。

 ポケモンが一緒なら。


「俺はいつか、絶対、」

 水没した町の上で、親友が言った。

「この堀を超えて、広い世界へ旅立ってやる」


 灰色の空から雫が落ちた。
 僕たち以外誰もいない水面に、波紋が広がった。



「はっ! あれ『塀』ですか! 『堀』じゃなくって!」
ボイスチャットでの以上の発言から始まった悪ノリの産物
(初出:2011/12/7 マサラのポケモン図書館)






+++ 壁の中+++



 近所の何とかっていうガキとその友人が、少し前に町を出ていったらしい。
 町を出る奴の話は久々だ。前は俺がまだガキの頃だったなあ。
 そんなことより、あいつの母親はかわいそうだ。夫が町を出て行き、子供もその後を追うように旅立った。この田舎町にたったひとりだ。

 ま、何にしろ俺にとってはどうでもいいことか。この町の外がどうなってんのか俺はよく知らないけど、だからと言って特に不都合があるわけでもないし。
 俺が平和で幸せなら、別にそれでいいじゃん。

 この町は、人間だけの世界だ。
 窓から外を見ると、2つの世界を隔てている、大人でも見上げるような高い塀が町の外の景色を覆い隠している。
 野生のポケモンが溢れかえる草むらの中につくられた、長閑で平穏で、まっさらな町。
 田舎町だけど、大抵のものはそろっている。この町の中での生活に満足できれば、これ以上住みやすい町はない。と思う。

 ごくたまに、町を出ていく奴もいる。だが俺は別に興味ない。
 この町の中で適当に生きて、適当に死ぬ。それでいいや、と思っている。


 今日は冷えるなあ、と思った。
 町の中にたった1軒の、雑貨屋も兼ねたコンビニで弁当を買った。
 いや、コンビニを兼ねた雑貨屋か? そもそもコンビニなのか? 朝の9時ごろに開いて夜の8時ごろにはすでに閉まっているんだが。一般的にコンビニって奴は24時間営業の店のことを言うのか? よくわからん。
 「青のりっぽいもの」がかかった「ご飯っぽいもの」に、「ケチャップっぽいもの」がからめられた「ショートパスタっぽいもの」。「チーズっぽいもの」が乗せられている「ハンバーグっぽいもの」。何となく「それそのもの」と言い辛いのは、ひとり暮らしなのに自炊していないことに対する負い目かもしれない。いや別に料理嫌いじゃないんだけどなぁ。面倒なんだよなぁ。
 野菜って何だっけ。まあどうでもいいや。どうせいつもこんなもんだ。食えりゃそれでいいや。

 玄関入って一応鍵をかけて、階段を上がって自分の部屋の電気をつける。うう寒い。今日はまじ寒い。
 暖房つけようにもフィルター掃除は半年やってないし、今からやる気力もない。激しい気分屋と評判だったコタツは、おととい辺りからクールに徹することを決めたようだ。しかしまじで寒い。明日こそはフィルター掃除しよう。うん、そうしよう。
 定位置の壁に背中をもたれて、ただの布団付ちゃぶ台と化したコタツの上に冷え切った弁当を広げる。
 温めるのがベターだろうが、我が家のレンジはもう3年は職務放棄している。スイッチを入れたところでうんともすんとも言わない。どうしてこの家の家電製品はどいつもこいつも冷ややかなんだ。
 コンビニ(?)で温めてもらうって手もあるが、あの店番のばあちゃんに任せるのはもう怖くてできない。何でもチンしてくれやがるんだから。前科は覚えてるだけでも袋入りのしょうゆ、ソース、紙カップのアイスクリーム、炭酸飲料、カップめん、漫画雑誌、蛍光灯。蛍光灯輝いてたよ。きれいだった。
 レンジに入れても平気なものだけ渡しても、3回に1回は標準加熱時間を大幅にオーバーしてくれる。弁当のふたが溶けてた時は何事かと思った。
 博打を打つくらいなら、冷え切った飯を食う方がましだ。命にかかわる。

 いただきます、と手を合わせて、いらないと何度言ってもついてくる割り箸を割った。
 冷たいご飯を口に運ぶ。お世辞にもすごく美味いとは言えない、薬品系の単調な味がする飯。
 もう慣れ切ってはいるけど、やっぱり、寒い部屋の中でひとり食べるコンビニ弁当は、ちょっとさみしい。

 たまには自炊するかなぁ、とかぼんやり考えて、俺は頭を壁につけてため息をついた。


「ぴかー」


 俺の後ろから、声がした。

 いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
 聞き間違いか? と思いながら、俺はまた箸を手に取った。

「ぴかー」

 おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
 声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。

 壁の中に、何かいる。

 何だっけこの鳴き声。えっと、よくテレビやら何やらで見るよな。何かポケモンの。「ぴかー」とか鳴いてるから多分ピカ何とかだ。いやフェイントで何とかピカかもしれない。ポケモンの名前って見た目が2割で鳴き声3割で、残りはノリでつけられてるんだろ? ってこの前ネットで誰かが言ってた気がする。とにかくあれだろ、何かあの電気ねずみ。
 まぁそんなことどうでもいいんだ。何で壁の中から声がするんだ。
 あくまでも一般家庭の、部屋と部屋の仕切りを務めている、そんなに分厚くもない壁だ。穴も開いていないし、そもそも中身は詰まっている。
 おいおいやめてくれよ。冬だぜ、冬。そんな壁を掘ったら誰ともわからない骨が出てきた、なんて展開には半年早いぜ。いや半年経っても嫌だけど。

「ちゃー」

 鳴き声3度目。うん、わかった。薄々気づいてたけど、わかった。
 俺は壁を1回拳で殴り、言った。

「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」

 うん、どう聞いてもピカ何とかいう電気ねずみ(思い出したピカチュウだ)の声じゃなくて、人間なんだよね。だって何となく野太いもん。頑張って裏声出してる感があるもん。
 いやだからといってそれでいいわけじゃないけど。何で人がこの壁の中にいるのかは何にも解決してないんだけど。むしろ余計気持ち悪いんだけど。
 そうしたら、また壁の中から声がした。

「す、す、すいませぇん。とりあえずピカチュウの鳴き真似でもしておいた方が警戒されないかと……いきなり普通に話しかけたらびっくりして逃げられるかなぁと思いまして……」
「いや逃げたいよ? 俺今すぐにでも逃げたいよ?」
「と、とりあえず、ここ、どこですか? 僕、何でこんなところにいるんですか?」
「それは俺が聞きたい」

 男か。俺と同年代くらいか?
 いやそれにしても、壁の中に誰かいるとか、ただのホラーだろ。いやマジで。
 ひとまず俺は、そいつがいるのが塀の中の町の俺の家の壁の中であることを伝えた。そうしたら男はびっくりした様子で言った。

「ええっ! か、壁の中ですか!? た、確かにここ、真っ暗だし、全然身動きとれないし、狭いし寒いし帰りたいけど……」
「何? お前何なの? 幽霊なの? 人柱なの? 誰かの恨みを買って壁に埋められたの?」
「違うよ! 僕はただ、相棒のケーちゃんと一緒にテレポートしてただけだって。そうしたらいきなり真っ暗で身動きとれなくなって、ケーちゃんはどっかいっちゃって、わけがわからないんだよ本当に」

 ふむ、なるほど、と俺は腕を組んだ。

「『いしのなかにいる』というわけだな」
「それただのみんなのトラウマじゃないか! ゲームじゃないよ現実を見てよ!」
「テレポーターもテレポートも似たようなもんだろ。お前は壁の中だけど」

 座標間違えたのか? それとも何かよくわからない未知の力でもかかったのか?
 いずれにせよ確かなのは、この男はテレポートに失敗して俺の家の壁の中に入ってしまったということらしい。
 俺はポケモンはからっきしなのでよくわからないが、そういうことのあるんだろうか。……迷惑この上ない。


 冷たい飯をかきこみつつ、そいつの話を聞いた。
 そいつは、ここから遠く離れた町出身の、いわゆる駆けだしのポケモントレーナーらしい。
 ある日、遠くの知らない場所に行こうと思って、相棒のケーちゃん(ケー……何とかっていうポケモン)と一緒にテレポートしたら、いつの間にかこの壁の中にいたらしい。
 何でも、テレポートって技は、他の空を飛んだり穴を掘ったりするのと違い、エスパーというはっきりいってわけのわからない力を使うので、知っている特定の場所に移動するときにしか使ってはいけないという決まりがあるらしい。でもこいつは、ちょっと冒険したいとかそんな軽い気持ちで、適当な場所にテレポートして見たらしい。
 で、その結果がこれだよ。
 どうやらケーちゃんとやらは別のところへ行ってしまい、この男だけが壁に取り残されたようだ。
 まぁ平たい話こいつの過失だ。俺には何の罪もないし如何ともしがたい。

「はぁ……何でよりによって塀の中の町なんだろう……。他の町だったら、絶対ポケモン持ってる人がいるのに……」
「決まりを守らなかったお前のせいだろ」
「うっ、そ、そりゃそうだけどさ……」
「ところでお前、腹とか減らねぇの?」
「減ったよ! すごく減ったよ! でも動けないからどうしようもないよ!」
「ふーん、そうか」

 ごっそさん、と言って俺は空になった弁当の容器を燃えないゴミの箱に放り込んだ。


 俺のおふくろはこの町の生まれだ。親父はどっか違う町出身だ。
 親父は若い頃旅をしていて、たまたま来たこの町でおふくろと出会って、大恋愛の末結婚したらしい。
 俺が生まれてからは、親父もさっぱり町から出ることはなくなった。
 だけど、去年あたりから親父のおふくろの調子が悪くなって、夫婦そろってその世話に行った。それから俺はずっとこの家で留守番だ。結局俺は町の外に出たことはない。

 壁の中の男は、外に出たくはないのかと俺に聞いてきた。別に興味ないし、と俺は答えた。

「ポケモントレーナーとか、外では子供の憧れの職業ナンバー1だよ?」
「へーそーなんだー」
「外ではポケモンと関わらない生活の方が難しいってのに、この町は本当に変わってるね」
「この町でも、ポケモンと関わってる奴はいるぜ? 向こうの研究所のじじいとか」
「おいコラ! 博士はポケモン研究の第一人者だぞ!? すっげぇ有名人だぞ!? みんなの憧れだぞ!?」
「へーそーなんだー。そんなことよりあのじじいの孫が近年稀に見る悪ガキだったからそっちの印象の方がよっぽど強いな」

 例のコンビニっぽいもの(今日は珍しくバイトの女の子がレジだった)で買った肉まんを咀嚼しつつ、俺は適当に返事を返した。

「はぁ、冷えた部屋の中で俺に温かいのはお前だけだぜ肉まんさんよ……ごっそさん」
「うう、おなかすいたなぁ……」
「と見せかけて……今日はフライドチキンもあるのだ! バーン!」
「ああぁぁぁぁぁこの鬼畜! 腹黒! ドS! 食わせろ!!」
「そっから出てきたら考えてやらんこともない」
「出られるもんならとっくに出てるよ!」

 ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえる。
 壁を壊したらこの男は飛び出してくるんだろうか。あいにく俺は壊す気なんてないけど。
 いや、というか、改めて考えなくても、この壁の厚さ、人間の厚みより薄いんだよね。一体どういう体勢で入っているんだろうか。謎すぎる。そもそも壁って中身詰まってるじゃん。何で人間が入ってるんだろう。
 いくら考えても謎は謎だ。そして俺にはどうしようもない。

 とはいえ、ただ放っておくのもあれなので、この町でほぼ唯一と言ってもいい、ポケモンと関わりある人間である例の博士とやらに相談はしてみた。いや間違えた。博士本人はとっっっっっても忙しいとかで、その研究所にいた暇そうな奴に相談してみた。
 家にも来てもらったし、壁の中の奴とも話してもらった。
 そのメガネ白衣の七三は、とりあえず数日待ってくださいと言ってきた。数日すれば何とかなるのか。よくわからん。


 壁の中に男が入って3日。
 とりあえず、壁の中の男にはずっと話しかけている。が、声が弱ってきている。さすがに3日飲まず食わずはきついよな。
 しかしどうしよう。このままだと、壁を壊したら中から人骨が、なんて事件がリアルに起こりかねない。それはまずい。非常にまずい。俺の部屋でそんな猟奇的な事件が起こるとか勘弁してほしい。断固阻止せねば。しかし俺には如何ともしがたい。

 玄関のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると、少し前に町を出たはずの、近年稀に見る悪ガキが立っていた。
 何だこいつ、と思っていると、そいつは例の暇人研究者から連絡をもらってうちに来たらしい。

 男が埋まっている壁に案内すると、そいつは実力不足のくせに変なことするからとか、ちゃんと調べてから行動しろとか、壁の中の男に向かって説教し始めた。町にいた頃のこいつの悪童ぶりを知っている俺からしたら「お前が言うな」なのだが、口に出すと面倒なことになりそうなのでやめた。
 そしてその元悪童は、子供より少し小さい高さの黄色い生物を赤白の球から出した。

 壁の中から声がした。

「お前、ありがとな。いつかお礼に来るから!」
「今度はちゃんと玄関から入って来いよ」

 黄色い生物が壁に向かって何やらエネルギーを発射する。
 壁を軽く叩いた。返事はなかった。



 今日は冷えるなあ、と思った。
 おにぎり2つとサンドイッチを布団付ちゃぶ台と化したコタツに置いて、暖房のスイッチを入れる。
 何でこんな時に限って、リモコンの電池が切れているんだ。冗談じゃない。俺はため息をついて、背中を壁に預けた。

 ポストに入っていた手紙を開いた。
 あの男と出会った、いやあの時は顔を合わせてないから出会ったとは言わないか? まあともかく知り合ったのは去年のこんな時期だったっけか。たまに手紙を寄越してくる。
 相変わらず奴は元気にポケモンを育てているらしい。でも、もう二度とテレポートはしない、とか。

 手紙を畳んで封筒に戻して、おにぎりにかけられた封印を解く作業に入った。


「ぴかー」


 俺の後ろから、声がした。

 封を開ける手が止まった。
 いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
 聞き間違いか? と思いながら、俺はまたビニールを引っ張った。

「ぴかー」

 おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
 声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。

 以前より少し高いその声。今度は何だ。女か。俺の家の壁は呪われてるのか。
 頭を抱えて、俺は言った。


「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」



「えるしっているか さむいへやのなかで ひとりたべるこんびにべんとうは ちょっとさみしい」
ついったでの以上の発言から始まった悪ノリの産物
(初出:2012/2/1 マサラのポケモン図書館)







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