2014夏・納涼短編集 毎日洒落にならない暑さなので涼しくなる話
と見せかけていつもと同じノリの短い話たち
氷徒然。

こどくのチャンピオン

0.5のいろちがい

ゆうやみのおりひめ

107のえんむすび






+++氷徒然。+++



「ブルーハワイってのは何味かっていうのがそもそもの疑問だったんだよね」

 今日も外は猛暑日。喫茶店に入ってかき氷を注文したら、店主に「氷緩めてるからあと30分待ってくれ」って言われてアイスコーヒーをサービスされた。
 何でも冷凍庫から出したばっかりの氷だと舌触りが悪くなるんだそうだ。ここの店主は適当な性格だがそういうところはしっかりしている。特に急いでもいないし1杯400円するコーヒーおごってもらったし大人しく待つことにした。

 で、ひと息ついていたら唐突に冒頭の言葉である。

「ハワイってイッシュの小島の別名でしたっけ」
「リゾートで有名な島だな」
「確かに地名の味ってよくわかんないですね」

 他が果物の名前なのに地名。異質だ。
 『グレーハジツゲ』とか『ゴールデンコガネ』とかいう名前もあるんだろうか。『ホワイトマサラ』だったらただの削った氷のような気がする。

「調べたら、そういう名前のカクテルがあってそれが元なんじゃないかという説があった」
「お酒なんですか」
「カクテルには細かく砕いた氷を大量に入れる『フラッペ』っていう手法があるから。ブルーハワイもクラッシュド・アイス大量に入れるし」

 そう言うと店主は小さなグラスに、ストローでも吸える細かさの氷が詰まった青色の液体を差し出してきた。

「氷あるんじゃないですか。ってかまだ昼間ですよ」
「これはフードプロセッサで砕いて冷凍保存しておいた僕の休憩ドリンク用のクラッシュド・アイスだから。大丈夫中身はただのオレンジュースだし」
「で、何でこれを」
「サービス」
「はあ」

 ストローですするとキンキンに冷えた液体が口内を刺激し、喉を通りぬけ、胃の中へ落ちていく。
 間髪いれずこめかみのあたりがきいんと痛んだ。

「ぅあー……冷てー……」
「冷たいものを食べた時頭がキーンとするのを『アイスクリーム頭痛』と言うそうだ」
「へー……個人的にはアイス食べた時よりかき氷食べた時の方が起こりやすい気がしますけどね」
「ひと口で食べる量とペースのせいじゃないか? まあしかし、かき氷の方がこの国では圧倒的に歴史長いからなあ」
「へえ、そうなんです?」

 頭キンキンするし正直あったかいコーヒーか紅茶が欲しい、と思うが店主は自分用のオレンフラッペを作成している。仕事をする気がない。
 カウンターの中で氷に漬かった青い液体をすすりながら、職務放棄中の店主は話を続ける。

「ジョウトのエンジュに都があった時代に、貴族の女性が『削った氷に蜜かけたの超ヤバいセレブ気分』って書いてたらしい」
「何でそんなハジけた訳なんですか」
「若い女の子の日記なんだからこんなもんだろ。ま、どう考えても高級品だっただろうな。都の辺りの水がこってるような真冬にわざわざかき氷食べようとはしないだろうし、かといって夏に氷手に入れるのは大変だし」
「冷凍庫なんてなかったですもんねえ」
「氷を手に入れるには氷室か天然の風穴……ま、ジョウトのあの辺なら一番近いのはチョウジからさらに東に行ったとこにある氷の抜け道か。とはいえ、昔はエンジュからチョウジに抜けるのも大変だっただろうしな。スリバチ山の洞窟を抜けるのは骨だし、かといって山を越えるのも辛いし、当時は川を渡るのも大変だっただろうし。チョウジから氷の抜け道まで行くのも案外遠いな。それに運ぶのは氷だから、あんまりのんびりもしてられないわけで」
「うわぁ面倒だなぁ。……あ、でも」

 グラスの中にはすでに青い果汁はなく、透明な液体がたまっている。すすったら薄甘かった。
 よし今度こそあったかいコーヒーか紅茶を、と意気込んだ瞬間店主は溶けかけた氷だけのグラスに減った分の氷を追加し、再び青い果汁を注いだ。完全に申し出るタイミングを逃した。
 ちくしょう店主め、さっきまで職務放棄してたろ。何でこのタイミングで復活するんだ。店主はサービスサービス、と笑っている。わざとだ。絶対わざとだ。

「……氷タイプのポケモン使えばいいじゃないですか。わざわざ抜け道まで取りに行かなくても、氷タイプに作ってもらえばいいんですよ」
「あのな、1000年前だぞ。ポケモンが物の怪とか妖とか呼ばれてた時代だぞ。ボールもないぞ。ポケモン扱える人間なんてそうごろごろいないだろ」
「あ……そりゃそうか」

 ポケモンはいつもすぐそこにいるから感覚が薄れてた。ぼんぐりにポケモンを納める技術がいつ頃出来たのかは知らないけど、それを扱うのも今のボールとは全然感覚が違ったはずだ。そもそもぼんぐりボールの産地といえばヒワダだけど、都からの距離は相当だったはずだ。

「ま、氷タイプに協力してもらったりもしたんだろうけど、それでも当時ポケモンを扱えるのは相当な実力と地位が必要だっただろうなあ。結局のところ輸送手段かポケモンの扱いのレベルが上がるまでかき氷は貴族の食べ物だったわけだ」
「うーん、一般庶民までかき氷が行き渡るようになるのは大変だなぁ……」
「冷たいもんはそれだけで価値があったんだな。アイスクリームもこの国に来た時は今の価値でも8000円とかしたらしいぞ。高級品だ」
「高級品ですなー。あー、前イッシュのお土産でもらったヒウンアイスまた食いてー」
「個人輸入だな。手数料がっつり取られるけど」

 入荷してくださいよ、と言ったら店主は、1杯2000円取るけどいいか、と言ってきた。いいわけあるか。現地で買うと100円だぞ。

「2000円払うならモーモー牧場のミルクソフト食べる……」
「あれも負けないくらい美味いもんな。入荷しないけど」
「牧場補正もありますからねー。しょうがないですよ。しかしこう考えるとかき氷は原価低いですよね」
「ほう、かき氷の原価が低いと申すか」
「違うんですか」
「違わないけど」

 違わないのかよ、とツッコミを入れたが、店主は何食わぬ顔で電卓を叩いている。

「縁日で打ってるタイプのかき氷だと、氷が15kg2000円くらい、蜜が1升で500円くらいで、その組み合わせで75杯くらいはできる計算になるから……他の経費除いた原価33円。縁日で300円で売って、2分で1杯売れるとして5時間やって150杯、利益4万円くらいだな」
「安いのか高いのかよくわかりません」
「自給8000円」
「高い!」
「まあ所詮は適当な計算だ。実際はもっと色々金がかかるからなあ。夜店だと業務用の削り機もレンタルだろうし」

 そう言う店主の背後にはレトロ感漂う金属フレームの、業務用のかき氷機が見える。古い機械だがふわふわでなめらかな口当たりの氷が削れる店主ご自慢の機体である。
 なお、この店のかき氷は1杯600円である。

「言っておくがうちのかき氷は夜店で食べるのとはモノが違うからな。あっちは薄利多売だろうがこっちは1個ずつ丁寧に真心込めて作ってるんだから。価格的にまだ良心的だぞうちのは」
「つかぬことを伺いますが、店主、知り合いの氷ポケモンにただで氷作ってもらってたり……」
「しないよ? 以前常連のユキメノコに氷作ってもらったんだけど、やっぱり氷は氷屋に任せた方がいいな。お金出して買う価値は十分あるよ。天然氷。おいしい水の産地のシロガネ山で作られてる奴。全然違うよ味。プロすごいわ本当に」
「はあ」
「それとうちはシロップ手作りだから。クラボとモモンとチーゴと、あと今年からマゴとパイルと、あと追加料金もらうけどロメとノメルとベリブも始めた」
「種類多っ」
「何てったって僕が10年かけて研究したシロップだからな」

 そう言ってどやっと笑顔を見せる店主。
 そうだった。この店主、甘いものに対するこだわりが半端ないんだった。
 『僕は甘いものをよりおいしく食べるためにコーヒーを極めた』と堂々と宣言する男だ。身体に悪そうなくらいクリームが挟まったロールケーキが好物で、理想のロールケーキを店で出すためと店を半年休んで全国のケーキ屋を荒らしまわったのは2年前のことだったか。戻ってきて以来、店主の気が向いた時だけ出てくるロールケーキはそこらのケーキ屋よりよっぽど美味いと評判である。
 そう言えば今日もずっと、無駄にさらさらとかき氷に対する無駄知識が溢れだしていた。この店主の頭の中に詰まっているのは甘味に対する愛と砂糖なのかもしれない。

 半ば呆れた顔で店主を見ていると、店主はそろそろいいかな、と言って氷を機械にセットし、冷凍庫から脚付きのガラスの器を取り出した。あ、ようやく削るのか。何頼んだっけ。モモンだったっけ。
 店主は足元から果肉の浮かんだ琥珀色の液体が入った大瓶を取り出し、ガラスの器に液体をレードル1杯注いだ。

「店で出されるかき氷の蜜は東と西で違うんだってな。カントーでは先に蜜を入れてから氷を削る。ジョウトでは氷を削ってから蜜をかける」
「この店は」
「両方」
「ですよねー」

 蜜を入れた器に、氷を削り入れる。モーター音と一緒にシャリシャリという金属音にも似た高い音が聞こえてくる。
 氷を削る音はきらきらしている。金属のような、ガラスのような。音が光を反射して光っているようだ。

 山盛りになった真っ白な氷に上からまた蜜をかける。新雪の上に金色の雨が降り注ぐ。
 皿の上にガラスの器を置き、追加の蜜と練乳の入った2つのミルクピッチャーとスプーンを添え、目の前に差し出された。

「ほい、お待たせ」
「待たされましたよ」

 いただきます、と手を合わせてスプーンを手に取り、氷の山を崩して口へ運ぶ。
 キンとした冷たさと、ふわりと柔らかい甘さが口の中に広がる。悔しいけど、美味い。美味いけど。

 店主が再びどや顔をして、言ってきた。


「そのかき氷にドリンクサービスと30分間の店主の無駄話が山ほどついて600円。値段の割にいい納涼だろ」
「ええ。冷やされすぎてあったかい紅茶が欲しいくらいですよ」



夜なき亭 2014年納涼夏企画「百花納涼祭」にて
テーマ:盛夏・晩夏/納涼
キーワード:夏祭り関連(浴衣、盆踊り、花火など関連すればなんでも)、風鈴/かき氷/水着/ひまわり/陽炎/夕立

元々納涼短編のくくりじゃなかったんだけどテーマが偶然一致(?)したのでここに……。
猛暑の夏、行きつけの喫茶店、くだらない雑談、かき氷
(初出:2014/9/17 夜なき亭 2014年納涼夏企画 百花納涼祭)






+++こどくのチャンピオン+++



「呪い」をかける? リーグ優勝者襲われ殺人未遂で現行犯逮捕
【カントー新報 5月6日(月)11時26分配信】

 シロガネ警察は5日、無職の女性(21)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。容疑は同日午後5時ごろ、報道陣からの取材を終えた先日のポケモンリーグ優勝者の少年(15)が一人になったところへ、包丁(刃渡り約23センチ)を持って襲いかかったとしている。少年はとっさに自分のポケモンを出して応戦、騒ぎを聞き駆けつけた警察にその場で取り押さえられた。少年にけがはない。

 シロガネ警察によると、容疑者は「好きな男性にひどい暴言を吐かれ、恨みを持った。出来るだけ苦しめるために呪い殺そうと考えた。無敗のリーグ優勝者ならいい贄になると思った」などと供述しているという。
 この件を受けてポケモンリーグは、「数多くのトレーナーたちが参加している本大会を、このような形で利用されるのは非常に遺憾である。ポケモンバトルはポケモンたちの、ひいてはトレーナー同士の熱い魂をぶつけるものであって、誰かを傷つけるために利用されるものであってはならない」と声明を発表した。襲われた少年は「突然刃物を持った人が飛び出してきて驚いた。人に対してポケモンを出すことが禁止されているのはわかっていたが、身を守るのに必死だった。誰もけががなくてよかった」とし、「負けた恨みで襲われたのだと思っていた。予想外の動機で何と言えばいいかわからない。今後また襲われることのないよう身の回りには気を配っておきたい」と記者に語った。

 カントー地方四天王のキクコ氏(年齢非公開)は「『蠱毒』に似た類の呪術ではないか」と語る。「『蠱毒』は多数の蟲を狭い壺に閉じ込めて殺し合わせ、最後に残ったもの(蠱)を使って行う呪術。リーグという空間で多くのトレーナーと戦い、勝ちあがってきた優勝者は、敗北した者たちの悲しみや恨みといった負の感情も凝縮されているだろう。見ようによっては蠱に近いのかもしれない」とした上で、「刑法に触れない呪術を用いて人を殺そうとしているのに、その準備で殺人を犯したのでは本末転倒ではないか」と呆れた様子だった。



草刈りしてたら思いついた。
某企画に出そうと思ったら圧倒的に文字数足りなかった
(初出:2014/8/25 マサラのポケモン図書館)






+++0.5のいろちがい+++



「なあなあクレハ君。ポケトレって知ってるか?」
「ポケモントレーナーの略ではなくて、ですか?」
「トレーナーじゃなくってトレーサーだよ。ポケモントレーサー。最近試作品が広まってて、じんわりブームになってるらしい」
「はあ。名前の響きからして機械か何かですか」
「そうさ。簡単に言えば草むらに潜むポケモンを見つけ出す機械だよ」
「わざわざ機械を使わなくっても草むらに入ったらポケモンなんていくらでも出てくるじゃありませんか」
「まあそれはそうなんだけどさ。ポケトレの真の目的はその先にあるんだよ」
「はあ」

「草むらって色んなポケモンがいるだろ」
「まあそうですね」
「ポケトレを使うと、同じ種類のポケモンを見つけやすくなるんだよ」
「はあ」
「はあって、気のない返事だな。クレハ君もポケモン育ててるだろ」
「まあそりゃ育ててますけど」
「強くするために同じポケモンたくさん倒したりするだろ」
「いいえ特には」
「クレハ君それで大会上位行くのか。どうかしてるぞ」
「はあ。リイチさんは倒してるんですか」
「まあな。大体のトレーナーはそうやって育ててると思うぞ」
「はあ、そうですか」
「……まあ、いい。話を戻そう。ポケトレの話な」
「そうでしたね」

「ポケトレを使うと、同じポケモンが連続で出やすくなるんだ」
「さっきおっしゃってましたね」
「で、それをずっと続けると、出るらしいんだよ」
「幽霊ですか」
「違うよ。誰が好きこのんで幽霊呼び出すんだよ」
「じゃあ何が出るんです?」

「色違いだよ。色違いのポケモンが出てくるんだ」

「はあ、そうなんですか」
「お前本当興味なさそうね」
「まあ特には」
「お前見たことあるの? 色違い」
「何度か」
「まじか。俺本物は見たことねぇんだわ。何の色違い見たんだ?」
「ヨマワルとカゲボウズとムウマとフワンテとゴースですかね」
「多いな! ってか何でゴーストタイプばっかりなんだよ」
「よく出会うんで」
「クレハ君呪われてるんじゃないか?」
「そうかもしれません」
「お祓い行った方がいいぞ」
「考えておきます」

「まあ何というか、クレハ君みたいな呪われてる奴は置いといて」
「置いとかれました」
「一説には、野生の色違いのポケモンに出会う確率は8192分の1らしい」
「誰か数えたんですか」
「統計でも取ったんじゃねぇの?」
「出会ったポケモンの数をいちいち数えてる変態でもいるんです?」
「いや、遭遇した野生ポケモンの数ってトレーナーカードに記録されてるらしいから」
「このカード本当に個人情報ダダ漏れですね」
「まあそれはともかく、色違いってそうそう出会わないんだよ。普通は」
「普通は」
「普通はな」
「異常認定されました」
「まあな」
「否定してくださいよ」
「しねぇよ。とにかくそうなんだけど、ポケトレを使うと、色違いに出会う確率がぐぐっと上昇するらしいんだ。何と大体200分の1だと」
「はあ。同じポケモンと連続で出会うことと色違いに出会うことの関連性がまるで見えないんですが」
「俺もその辺は知らねぇよ。専門家じゃねぇし」
「どうやって出会うんですか」
「何でも同じ種類のポケモンと40回連続で出会うらしい」
「ポケトレ使っても必ずしも同じポケモンが出るわけではないんですよね?」
「まあな」
「40って結構な回数じゃないですか?」
「色違いに出会うにはそれだけ苦労がいるんだろ」
「……まあ、そうですね」
「おや、どした。突然歯切れが悪くなって」
「いえ、別に、何でも……」
「何だなんだ、何か思いついたのか?」
「……いえ、特に何も」
「あっそ。とにかく、クレハ君は一度お祓い行けよ。色違いとも出会わなくなってしまえっ」
「何で最後若干呪いがこもってるんですか」
「俺だって1度くらい見たいもん色違い」
「はあ、そうですか」


+++


「……あーっ! またダメ! もう!!」

「おや、そこにいるのはサクヤさんじゃないですか」
「あら、クレハ君。お久しぶりね」
「こんな草むらの中でどうしたんです。目が血走ってますよ」
「あ、あらやだ恥ずかしい」
「ポケモンでも探してるんです?」
「まあそうね。でも今やってるのはこれよ、これ」
「何です? このレーダーみたいな機械」
「知らないの? ポケトレよ、ポケトレ。今流行ってるのよ」
「はあ、これが例のポケトレですか」
「見るのは初めて?」
「ええ。話だけはリイチさんから聞いたことがありますけど」
「まあ確かに、クレハ君興味なさそうだもんね。こういうの」
「はい」
「……素直よねぇ、無駄に」

「サクヤさんも探してるんですか? 色違い」
「そうよ。クレハ君もどう? 結構ハマるわよ」
「いえ、特に興味もないですし、道具も持っていませんから」
「あら、クレハ君ぐらいのトレーナーなら、問題なくもらえると思うけど」
「はあ」
「これ試作品で、ある程度の実力のあるトレーナーに無料配布してるの。会社に行ったらもらえるわよ」
「……そう、ですか」
「あら、少しは興味が湧いたかしら?」
「いえ、特には」
「……あ、そ」


+++


「よう、クレハ君」
「あ、リイチさん。こんばんは」
「珍しいな。君が大通りのレストランにいるなんて」
「……別に裏通りが好きなわけじゃないですよ。普段この時間に開いてる店がちょっと奥まった場所に多いってだけで」
「もう10時すぎだもんな。どうだ、1杯付き合わんか?」
「あいにくまだ未成年なので」
「こんな時間にうろつく未成年もどうかと思うがな」
「基本夜行性なので」
「そう言う割には随分眠そうだがな。……ま、トレーナーなら活動時間は関係ないか。で、今更だけどここ、いいか?」
「どうぞ」

「ところでクレハ君、お祓いは行ったのか?」
「一応は。『特に悪い気配のものはない』って言われましたよ」
「ふーん、本当かねぇ」
「あまり疑ってると神主さん泣きますよ」
「色違いには遭ったのか?」
「まさか。あれからほんの1ヶ月半じゃないですか」
「だよな。さすがにないか。すまんすまん。あ、俺ポテトグラタンと唐揚げとホットワインの白。クレハ君は?」
「……ホットコーヒーを」
「食わんのか」
「食欲ないんで」
「飲まんのか」
「未成年ですので」

「そうそうクレハ君、聞いたか? 例のポケトレを管理してた会社、流通してる端末全て回収するそうだぞ」
「ええ、ニュースで見ました」
「気まぐれだよなあ。ただでじゃんじゃん配布して突然回収なんて」
「はあ」
「サクヤもがっかりだろうなぁ。あいつ随分入れ込んでたからなぁ、ポケトレ。聞いた話じゃ相当数見つけたらしいからな、色違い。羨ましいったらありゃしないぜ」
「……そう、でしたね」
「おや、何やら浮かない顔だな。珍しい」
「いえ……少し、気掛かりなことがありまして」
「ほう?」

「……そもそもの疑問は3つあります。まず、ポケトレがどうやってポケモンを探しているのか。次に、どうして同じポケモンと出会いやすくなるのか。最後に、なぜ同じポケモンと出会い続けると色違いと出会いやすくなるのか」
「お、おう」
「まず1つ目。これは明白ですね。草むらの一定範囲内の生体反応を拾っているのでしょう。ポケトレで最初に出会う種類は運次第だそうですので」
「そうだな。レーダーみたいだもんな」
「そしてトレーナーが遭遇したポケモンと、戦うか捕まえることで標的が登録される」
「うむ」
「2つ目。これは最初に登録した生体反応に近いものを選別しているのだと思います」
「ふむ。そういえば、ポケトレはトレーナーから離れた場所の方が同じポケモンと出会う確率が高いらしいぞ。これはどう思う?」
「トレーナーに近いところでは、トレーナーの所持しているポケモン、あるいはトレーナー自身がノイズとなって、判定の誤差が大きくなるのかもしれません。あるいは……草むらの広い範囲を探索させること自体が目的なのかも」
「なるほど」
「同じ種のポケモンと出会い続けることで、その種のデータが累積していく。40回の遭遇を経た頃には、その草むら内の、リアルタイムでのポケモンの棲息情報が完成するわけです」
「ふむ。しかし、それに何の意味が?」
「その答えが3つ目です。8192を200にするからくりが、積み重ねた棲息情報そのものなのではないでしょうか」
「ふーむ?」

「8192分の1。この色違いの遭遇確率って、それぞれのポケモンごとじゃなくて、トレーナーの出会う全ての種類のポケモンを総合した上でのものですよね?」
「まあ、そうだな」
「種類によって棲息数の違うポケモンの、それぞれの種における色違いの割合って誰も知りませんよね。少なくとも、今は」
「……お、おう」
「本来野生での、色違いの発生率が……0.5%の可能性も、ありますよね?」

「……い、いやいや。いくらなんでもそれは多すぎるだろ。そんなにいたら誰かしら1度は遭遇してるぜ。俺だって!」
「あ、まだ出会ってないんですね、色違い」
「前会ってからまだほんの1ヶ月半だろ!」
「そうでしたね」
「0.5%なら俺だってその間に会ってる!」
「赤いヨマワル」
「ん?」
「金のコイキング。青いビリリダマ。ピンクのパチリス。水色のサニーゴ」
「自慢か! 出会った自慢か!」
「赤いヨマワルしか見たことないですよ」
「やっぱり遠回しの自慢じゃねーかちくしょう!」

「目立つと思いません?」
「あ?」
「暗闇の中に真っ赤なヨマワル、目立つと思いません?」

「やっぱり不自然なんですよ。色違いって。ポケモンはその生息地に合わせた姿をしているはずなんです。その中で、色違いはどうしても目立つ」
「……つまりこういうことか。色違いは敵に狙われやすい」
「ええ。優先的に狙われるので、生き残る数は非常に少なくなります」
「仮にそうだとして、何で棲息情報が関わってくるんだ?」
「色違いの遭遇率を上げるなら、まだ減っていないところに行けばいいわけですよね?」
「……あ」

「巣、あるいはねぐら、テリトリー……外敵が来ない場所にはいますよね。……『子供』が」

「つまり、ポケトレは……」
「住家を見つけ、未だ庇護下にある幼いポケモンの居場所を探す道具、といったところでしょうか」
「な、何と言うか……」
「人間に例えるなら、小学校や病院の新生児室を探知して刃物持って乗り込む感じでしょうかね」
「やめろよ何か生々しくて気持ち悪い!」

「はー、酒がまずくなった気がするぜ」
「それは申し訳ございません」
「しかし、何だってそんな装置開発したんだ? 試作品をトレーナーに配りまくってたし」
「金になりますからね」
「金?」
「色違いは珍しいですから」
「……あー、そうだな。しかし……それって儲かるのトレーナじゃね? 会社に何の利益もないだろ」
「……そう、ですよね」
「ん?」
「……いえ、思い違いだとは思うんですが……」

「例の回収がニュースになる少し前、なんですけど……。連絡、取れなくなったんですよね。サクヤさんと」
「えっ、そうなのか?」
「はい。まあ、電波の届かないところに行ってるだけかもしれません。そもそもそんなに頻繁に連絡をとっていたわけでもありませんから」
「ま、そうだよな。俺もサクヤもクレハ君も、前の大会でたまたま知り合っただけの関係だし。あいつも冒険好きだから、どっかの洞窟にでも篭ってるのかもな」
「ええ。……そう、思っていたんですよ。昨日の夜までは」
「……え?」

「見つけたんです。サクヤさんの、ポケナビとトレーナーカード。だから昨日の夜からついさっきまで、質問責めにあってたんです。警察の方に」
「警、察……?」
「そこの裏通りの路地で、見つけたんです。見つけてしまったんです。サクヤさんの、ポケナビとトレーナーカード」




「血だまりの中に、落ちていたんです」



※作者はポケトレ大好きです
(初出:2014/8/25 マサラのポケモン図書館)






+++ゆうやみのおりひめ+++



 昔むかしのおはなしです。
 とある山里に、やいちという若い男がいました。数年前に父母を亡くし、今はひとりで暮らしていました。

 ある夜のこと。外では吹雪がごうごうと唸りをあげていました。そこにどんどんと、誰かが扉を叩く音が聞こえてきました。
 やいちが戸を開けると、外にはとても長く美しい髪を持った女が立っていました。

「突然すみません。もしよろしかったら、ひと晩泊めていただけないでしょうか」

 吹雪の外はあまりにも寒く、やいちは快く女を招き入れました。
 囲炉裏の炎にあたって話を聞くと、女の名は「ゆう」と言い、両親を亡くし、遠い親戚を尋ねていく途中で吹雪に遭い、道に迷ったということでした。同じく天涯孤独の身であるやいちは、ゆうの境遇に深い共感を覚えました。

「吹雪はもうしばらく続くでしょう。好きなだけこの家にいるといいですよ」

 やいちがそう言うと、ゆうはありがとうございますと言って頭を下げ、嬉しそうに笑いました。

 吹雪は何日も止みませんでした。
 ゆうはやいちの家に留まりつづけていました。毎日顔を合わせ、囲炉裏の火を囲んで話をしているうちに、やいちとゆうはすっかり仲良くなりました。

 とおかほども経って、ようやく吹雪も弱まってきました。
 穏やかになった空の様子を見ながら、やいちは言いました。

「もう行くのですか」
「はい。雪も止みそうですし、これ以上ご迷惑おかけするわけにもいきませんから」
「……これから、顔も知らない親戚のところへ行くんですよね」
「……はい」

 ゆうはそう言い、少しだけ寂しそうに微笑みました。

「わたしも、父と母が亡くなってからしばらく経ちます。寂しい思いをしてきました」
「……?」
「もしよかったら、ここにいてもらえませんか? ……この先、ずっと」

 突然のやいちの申し込みに、ゆうは目を真ん丸にしました。
 そして、真っ白な頬をぽっと染め、お願いします、と言いました。

 翌日、ゆうはやいちに、機織り機はあるか、と聞いてきました。
 やいちの家には亡くなった母が昔使っていた古い機織り機がそのままになっていました。

「わたしは何も持っていません。嫁入り道具も仕度金もありません。代わりといってはなんですが、機を織らせていただきます」

 ゆうは機織り機の動作を確認すると、機織り部屋の襖から少しだけ顔を覗かせて言いました。

「わたしが出てくるまで、決してこの部屋を覗かないでください」

 それからしばらく、ゆうは一切姿を見せなくなりました。やいちの呼び掛けにも、一切答えることはありません。
 その代わり、部屋からは機織り機の軽快な音が絶えず聞こえていました。

 とんとん、からり。とん、からり。
 とんとん、からり。とん、からり。

 ふつかほど経った夜、機織りの音が止まりました。
 がらりと襖の開く音がし、少しばかりやつれた様子のゆうが、ひと巻の反物を抱えて出てきました。

「これをどうぞ。町で売れば、それなりの値段になるはずです」

 そういってゆうは、やいちに反物を差し出しました。
 その反物は落ち着いた柴色で、光のあたるところは紫色にも見えました。

 翌日、やいちは町へ野菜を売りに行き、反物も一緒に持って行きました。
 街道の市でかぶらなやすずしろを売っていると、いかにも位の高そうな上等な身なりの男性が、数人のお供を連れて通りかかりました。
 男性はやいちの持っている反物を見て言いました。

「そこの男、その反物はどうしたのだ」
「わたしの妻が織ったのです」

 ふむ、と男性は柴色の反物を手に取り眺めました。

「これは素晴らしい。何の織物かはわからんが、手触りはなめらかでまるで清流に手を漬しているかのようだ。柴と紫の入り混じった色合いも落ち着いて品がある。ぜひ買わせていただこう」

 男性はそう言い、やいちにお金を渡しました。その額はやいちが半年野菜を売ったものよりはるかに大きなものでした。
 また織ったらぜひ買おう、と言い、男性は去って行きました。

 それからゆうは、やいちが町へ野菜を売りに行くたびに機を織るようになりました。薄暮の空に似た色の反物は、『夕闇織』と呼ばれ評判になりました。
 そのうち、「『夕闇織』には不思議な力が宿っている」という噂が流れはじめ、都でも人気を博すようになりました。

 貧しい生活をしていたやいちの家には、とても多くのお金が入るようになりました。しかしながら元々慎ましやか生活をしていたやいちは、山里の村で畑を耕し、以前と変わらない生活を送っていました。
 ゆうはいつも笑顔で、やいちをよく助けました。しかし機織りをするときは、絶対にやいちに姿を見せませんでした。

 季節は巡り、ゆうがやいちの元へ現れてから、ひととせと少しが過ぎました。
 ゆうとやいちの間には子供ができました。双子の男の子でした。ゆうに似た優しい顔をしていました。

 ある夜、やいちは村の若者と来季の耕作について話し合いをしていました。
 大事な話は終わり、人も減り、残ったふたりと他愛もない雑談をしていると、そのうちひとりが思い出したように言いました。

「そういえばやいち、この前の夜、お前の嫁さんが夜中にひとりで出歩いてたんだが」
「そうなんですか? 知りませんでした。いつ頃ですか?」
「町で市が立つ少し前だったかな。そういえば、次の市ももうすぐだな」
「市の前、ってことは例の織物の材料を取りに行ってんのか? なあ、もしかして今夜も出てるんじゃないか?」

 主にふたりの話が盛り上がり、やいちとふたりはゆうの様子をうかがうことになりました。

 さんにんがやいちの家の前で身をひそめていると、かごを背負い、頬かむりをして子供を抱えたゆうが出てきました。
 ゆうはあたりを見回すと、こそこそと山の方へ歩いて行きました。さんにんも見つからないように後を追いました。

 残雪がまだらに白く染めているなだらかで暗い山道を、ゆうは慣れた様子で歩いて行きました。
 途中足を止めると、ゆうは雪の間から顔をのぞかせているつるになっている青い小さな実を摘みはじめました。

「ありゃあクロイチゴの実じゃないか。あんなの食えたもんじゃないぞ」

 クロイチゴはほんのりと甘いのですがそれ以上に渋く、しかも一見青い姿をしていますが、食べると口の中が真っ黒になるのです。獣の中には喜んで食べるものもいるようですが、人はあまり好みません。
 背負っているかごから小さな桶を取り出し、クロイチゴを桶いっぱいに摘むと、ゆうはまた歩きはじめました。
 村人は、不安そうな声でやいちに言いました。

「なあ、やいちよ。お前の嫁さんは一体どこに行こうってんだ。この先には小川と古い墓場しかねえぞ」

 見つからないようにこそこそと、さんにんは怖々ゆうの後を追いました。

 ゆうが向かったのは小さな川でした。足首ほどまでの深さの澄んだ水が流れています。ゆうは川原に座ると、小桶に入れたクロイチゴを潰しはじめました。桶の中が真っ黒な液体でいっぱいになると、ゆうは頬かむりを外しました。

「あっ」

 やいちは思わず声を上げ、慌てて口を押さえました。幸いにもゆうには聞こえていなかったようで、さんにんは気付かれることはありませんでした。

 頬かむりの下から現れたゆうの長く美しい髪は、薄墨色をしていました。それだけではありません。ゆうがここまで抱えてきたふたりの息子の髪も、ゆうと同じ色をしていました。
 ゆうは小桶の中の黒い液体を、何度も何度も丹念に髪にかけました。繰り返しているうちに薄墨の髪は黒に染まり、最後にゆうが川の水ですすぐと、それはそれは美しい黒へと変わっていました。

「おい、やいちよ。お前の嫁さんと子供は白い髪なのかい」
「いや、わたしも知りませんでした」
「嫁さんはあれを隠したかったのかね?」

 若者たちはそう推測しましたが、ゆうは髪を染め終えると再び山の奥へ歩を進めました。


 やがて、少し開けた場所に着きました。
 どんよりと湿った空気が漂い、苔むした大きな石が転々と置かれています。倒れたり崩れたりしているものもありますが、それは間違いなく古い墓石でした。
 その時、辺りがぼんやりと紫色に輝きはじめました。墓場のあちこちに、紫色の鬼火が揺らめいていました。
 さんにんが思わず息をのむと、くすくすけらけらと笑い声が聞こえ、柴色と紫色の混ざったような色の毛玉のようなものがゆうの周りに現れました。
 ゆうは懐から鋏を取り出すと、長く伸びた柴色の毛をしょきりしょきりと切りました。長い毛を取り除いた向こうには、赤い宝石をぶら下げた人の生首のようなものが浮いているのが見えました。
 若者が震える声を押し殺してやいちに言いました。

「ありゃあ、夜鳴(よるなき)の化物じゃないか?」

 夜鳴は大変にいたずら好きで、人を怖がらせるのが大好きなのです。夜道で背後から突然現れたり、髪の毛を引っ張ったり、子供が泣き叫ぶような声をあげては人を驚かせ、夜鳴に魅入られたら幸せを奪い取るまじないをかけられると噂され恐れられているのです。
 ゆうに髪の毛を切ってもらった夜鳴は、嬉しそうに周りを飛び回りながら歌を歌っていました。
 背負ったかごを夜鳴の髪でいっぱいにすると、ゆうは鋏をしまい、元来た道を戻りはじめました。鬼火はあっという間に全て消え、笑い声も歌声も消えた墓場にはまた、湿った空気が漂っていました。

「な、何てこった。夕闇織の材料は夜鳴の髪の毛か」
「おい、やいちよ、お前の嫁さんは何てもんを材料に使ってやがるんだ」

 空から真綿のような雪がはらはらと落ちてきました。
 さんにんはひとこともしゃべらず、暗い山道を下りていきました。


 村に戻ってきた頃には、すでに暁の頃合いとなっておりました。
 まだ暗い村の中で、やいちの家の一室だけ灯りがともり、機を織る音が聞こえてきました。

 とんとん、からり。とん、からり。
 とんとん、からり。とん、からり。

 さんにんはしばらく、扉の前で息をひそめ機織りの音を聞いていました。
 じきに若者のひとりが、戸を開けて中を覗こうと言いだしました。やいちはその申し出を拒みましたが、とうとう扉の隙間から部屋を覗くことになりました。


 部屋の中にいたのは、薄墨の晒を体中に巻きつけた、赤いひとつ目でした。

 やいちも若者たちも、その存在を知っていました。
 手招鬼(てまねきおに)と呼ばれるそれは、妖しい術をかけ人をさらい、口の中の暗闇にはあらゆるものを吸い込んでしまうと言われています。古い墓場に鬼火を伴って現れ、夜道で出会ったら最後、死ぬまで追いかけられ魂まで喰われると恐れられているのです。
 その手招鬼が部屋の中で機織り機に腰かけ、太い指の大きな手で杼を滑らせ、筬を打ち、短い脚で踏み板を踏んでは、柴色の反物を織っています。

 とんとん、からり。とん、からり。
 とんとん、からり。とん、からり。


「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。やいちの嫁さんは化けもんだ」

 ふたりの若者たちは、泡を食って逃げ出しました。
 機織りの音が止まりました。しばらくして、部屋の中からゆうの声が聞こえてきました。

「見てしまったんですね」
「……申し訳ございません」

 しばしの沈黙の後、ゆうが震える声で言いました。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ずっと騙していて、ごめんなさい」

 扉越しに、すすり泣きの声が聞こえてきます。

「わたしは人間じゃありません。この世のものではない、化物です」
「……存じていましたよ」

 すすり泣きが止まりました。やいちは穏やかな声で言いました。

「あなたは、あの吹雪の夜の前日、山奥の墓地で出会った方でしょう?」
「……はい、そうです」


 山道を進んだ奥にある古い墓場に、訪れる村人はほとんどいません。
 しかしやいちだけは、時々そこへ赴きました。墓場のいちばん奥にある他より少し新しい塚の下に、彼の両親が眠っているからです。

 やいちの両親は数年前、病でこの世を去りました。
 亡くなる直前、やいちの親は、病に冒されたこの体は穢れているから、人の来ないところに埋葬してほしいと願いました。やいちはそれを聞き入れ、村人のほとんど来ない山奥の古い墓地に両親を埋めました。
 それ以来、やいちは時々ひとりで墓地へ向かい、亡くなった両親の供養をしていました。
 人の訪れない墓場は自然に飲み込まれつつあり、やいちが訪れるたび、地面を覆い隠す落ち葉、伸び放題に伸びた草、倒壊した墓石にはびこる苔が増えていきました。それでもやいちは墓地を訪れるたび、出来る限りの落ち葉を掃き捨て、草を抜き、苔を落としていきました。

 その日もやいちは墓場を訪れ、両親に手を合わせ、墓地の掃除をしていました。冬の日は短く、気がつくと日は暮れかけ、西の空は熟したほおずきのような赤い色に染まっていました。
 やいちは早く家へ帰ろうと思い、集めた落ち葉を墓地の外へ捨てに向かいました。

 するとどこからともなく、しくしくと泣く声が聞こえてきました。
 朽ち果て苔むした墓石の上で、黒い衣を纏った、人の頭ほどの大きさの何ものかが、顔を伏せて泣いておりました。
 やいちは驚きましたが、泣いているそれに向かって出来る限り優しく声をかけました。

「どうかなさいましたか」
「寂しいのです。誰も来てくれないから」

 その声は、やいちの耳には若い女性のものに聞こえました。
 泣いているものの近くを見ると、墓石の裏側に、朽ちかけたしゃれこうべがごろりと転がっていました。何年も何年も風雨に曝された様子のそれは、悲しげな顔をしているようにやいちには見えました。
 やいちは墓石のそばに穴を掘ると、しゃれこうべと南天の実の付いた枝葉を埋め、手を合わせました。
 泣いていたそれは顔を上げ、やいちに言いました。

「ありがとう、ありがとうございます。このお礼は、いつか必ず」

 黄昏時の山は暗く、その顔は見えませんでした。
 そこにはただひとつ、ほおずきのような赤い鬼火がゆらめいているように見えました。


 ゆうは、しゃくりあげながら言いました。

「あの場所には、長い間、誰も来てくれませんでした。人に忘れられ、朽ち果てて、何もかも消えてしまうところでした。あなたの心遣いが、どれほど嬉しかったことでしょう。だからわたしは、貴方の恩に何としてでも報いねばと思ったのです」
「それで、わたしのところに来たのですか」
「はい。貴方の恩に報いるため、『夕闇織』を織りました。わたしたちの力を合わせた、特別な霊力が宿った布です。あの場所に眠っているみんなが、貴方に感謝しているのです」

 からり、と戸が開きました。
 部屋の中から、長い髪をばっさりと尼削にしたゆうが、黒に近い灰色の布にくるまれた子供たちを抱えて出てきました。

「ですが、正体を知られてしまったからには、もうここにはいられません。元の世界に、帰らなくては。……この子たちを、よろしくお願いします」

 家の外が、にわかに騒がしくなりました。
 ゆうの正体を聞いた村人たちが集まってきたのだろう、とやいちは思いました。

「……帰らなくても、いいじゃありませんか」

 やいちの言葉に、ゆうははっと顔を上げました。その瞳がほおずきのような赤色であることに、やいきは気が付きました。

「黒染めしているこの子たちの髪が、薄墨色なのを見られてしまいました。わたしも、この村にはいられないでしょう。村人にとって、手招鬼は恐怖でしかありません。ひととせも共に暮らし、血を継いだ子供までいるのですから」
「わたしは……」
「あの吹雪の夜、貴女が来てくださって、本当に嬉しかったのです。……わたしもずっと、寂しかったのですから」

 ゆうの真っ赤な目に、じわりと涙が浮かびました。
 しかしゆうは首を横に振り、やいちの腕にふたりの息子を抱かせ、笑顔を作りました。

「この布には、わたしの髪を織りこんであります。持ち主に幸をもたらすよう、みんなのまじないが込められています。お守りとすれば、必ずや良い方向へと導いてくれるでしょう」
「ゆう」
「さようならやいち。貴方と出会えて、本当によかった」

 ゆうの姿は、ところどころ薄墨の晒がほどけかかった、ひとつ目の化物に変わりました。
 足元に暗黒色の闇が広がり、ゆうの姿はそこに吸い込まれ、消えていきました。



 その後、やいちとその息子は逃げるように村を出たと言われていますが、それから先どうなったのかは伝わっていません。
 一説では都へ落ちのび、時の権力者に目をかけられたと言います。
 この話から少し後、強い霊力を操る白髪赤目の獣使いが現れたという噂もありますが、その後のことは一切不明です。



某氏曰く「久方さんの萌えの塊」(非常に的を得ている)
(初出:2014/9/29・10/28 マサラのポケモン図書館)






+++107のえんむすび+++



 ユカリは辺りを見回し、考えた。
 ここは一体どこなのだろうか、と。


 その部屋は、床も壁も天井も、灰色のモルタルだった。広さは4畳半くらいだろうか。
 生温かくてじめじめとした空気。広さは4畳半くらいだろうかとユカリは予測した。決して背が高い方とは言えないユカリでも、立ちあがったら頭をぶつけそうな低い天井。そこに1か所だけ、何とか拳が入りそうなくらいの大きさの穴があり、金網が取り付けられている。
 体温が伝わってぬるくなった床から身体を起こすと、鈍い痛みが全身を走った。特に左腕がひどい。動かそうとすると涙が出るほど痛い。折れているかもしれない、とユカリは思った。頭もぐらぐらと揺らぎ、目の奥の辺りがずきずきと刺すように痛んだ。
 何か役に立つものが入っていなかったかと、ユカリはリュックを探した。しかしいつも肌身離さず持っていたはずのリュックがない。ここに来る前に落としてしまったのだろうか、とユカリは考えた。

 ふと、ユカリの頭に疑問が浮かんだ。

 そもそも私、今まで何をしていたんだっけ?
 どうしてここにいるんだっけ?



「おはよう」



 突然、部屋の隅から声がした。ユカリが驚いてそちらに目を向けると、さっきまで何もなかったはずの場所に、知らない男性が寝ころんでいた。
 ユカリは驚いて勢いよく起き上がり、またしゃがみ、そのまま床に寝ころんだ。折れた左腕を思い切り動かした上に勢いをつけすぎて頭を天井にぶつけ、ダブルの痛みをくらったユカリののどの奥からふぎゅう、と変な声が漏れ出した。
 男は呆れたように笑いながら、けがしているのに無理やり動かない方がいいよ、と言った。

 ユカリは改めて男の顔を見た。頭の中は未だにぼんやりとしていたが、やはりユカリは見覚えがなかった。

「あなたは誰?」
「誰だろうね」
「ここはどこ?」
「どこだろうね」
「私はどうしてここにいるの?」
「どうしてだろうね」

 男は微笑みを浮かべたまま、ユカリの質問をそのまま返すだけだった。

「名前くらい教えてよ」

 ユカリがそう言うと、男は少しだけ天井を見上げてから、ユカリの方を向いて言った。

「ハクヤ、だよ。君は?」
「私はユカリ。縁って書いてユカリ」
「ユカリさん、か。ユカリ。ゆかり。縁。うん、素敵な名前だね」

 男、ハクヤはそう言ってからも、何度も小さな声で縁、ユカリ、と繰り返した。

「何度も呼ばないで、恥ずかしい」
「素敵じゃないか。縁。えん。えにし。ひととのかかわり、つながり、めぐりあわせ。今の僕と君も」

 ハクヤはそう言って両手の指を絡ませ、にっこりと笑った。
 気障ったらしい男、とユカリは思ったが、ふいに左腕がずきりと痛み、それ以上考えることを放棄した。

「左腕、痛む?」
「折れてるみたい」
「そうなんだ。動かない方がいいよ」

 心配するなら少しくらい治療しようとか思ってくれてもいいのに、と思いながらユカリはハクヤをにらんだ。その気持ちを察したのか、ハクヤは困ったように笑った。

「ごめんね」

 ハクヤはそれだけ言って、寝転がったまま動くことはなかった。


 静寂の中で、自分の心音と呼吸音だけが頭に響く。全身の色々な箇所に突発的に襲ってくる鈍痛に顔をしかめながら、ユカリは全く身動きせず灰色の床に転がっていた。

「ユカリさんは、好きな人とかいるのかな」

 ハクヤが声をかけてきた。ユカリは目だけ動かしてハクヤをちらりと見た。

「別に。ひとりで旅してると、そう言うのどうでもよくなるし」
「そうなんだ。ユカリはひとりで旅をしていたんだね」
「ひとりって言っても、ポケモンもいたけどね。……あなたは、どうなの?」

 ユカリがそう尋ねると、ハクヤはとても穏やかに笑った。

「『彼女』はね、天才だったんだ。古今東西探しても、あれほどの才能を持ってる人は、そうそうないと思うよ」

 ハクヤは天井を見上げ、ユカリに話しかけているのか、ひとりごとを呟いているのか、どちらともとれない調子で言葉を続けた。

「縁があったのかな。『彼女』と僕も。ひとり、ふたり、つながって、まとまって……たくさん、たくさん。そんなに長くない付き合いだったけど、僕もたくさんのひとと縁がつながったから……」

 ぶつぶつと続く言葉はユカリの頭の中の睡魔を呼び覚まし、次第にユカリの耳に入らなくなっていった。



 相対性理論、というものを説明する時にしばしば用いられる例えに、「楽しい時と辛い時で感じる時間の流れの速さは異なる」というものがある。楽しい時時間は速く流れ、辛い時は遅く流れるように感じるというものだ。
 ユカリはそれを思い出し、ならば今自分の時間は止まってしまっているのだろうか、とずきずき痛む頭でぼんやり考えた。
 時計も、太陽もないこの場所に来てどれだけの時間が経ったのか、全く想像もつかない。奇妙な同居人は時折取りとめもない話をしてくるが、その言葉はすぐに会話かひとりごとかわからない呟きに変わる。
 最初のうちは話を聞こうと努力していたが、ユカリには流れているのかわからない時間が経過するたび、頭の中がぼんやりとしてきた。
 全身に徐々に寒気が襲い、顔だけが燃えるように熱い。締め付けるように頭が痛み、左腕が時折鼓動に合わせて火箸を押しつけられたように痛んだ。

 ぞくりとするほど冷たい手が、ユカリの額に触れた。いつの間にか、部屋の隅にいたハクヤがユカリのすぐ隣に来ていた。

「熱が出てきたみたいだね」

 霧の向こうから聞こえるようなハクヤの声が、ユカリの耳に届いた。
 額に触れる冷たい手はぼんやりとした頭には心地よいはずなのだが、なぜかとても不快に感じ、ユカリは重い右腕を何とか持ち上げ、ハクヤの手を振り払った。
 ハクヤはしばらくユカリの顔を見つめ、静かな微笑みを浮かべて言った。

「ねえ、ユカリさん。僕たちが出会ったのも、縁があったからだと思うんだ。あなたが突然来たのは驚いたけど、それもひとつの縁だよね。足りなかったんだ。ひとつだけ。たったひとつだけ」

 熱に浮かされた頭に、ハクヤの声がじっとりとしみてくる。
 ハクヤはゆっくりと、ユカリの顔に顔を近づけてきた。

「ユカリさん。僕と一緒になろう。僕の最後の足りないひとつになってくれ」

 半ば働きを放棄しつつあるユカリの目には、ハクヤの目がぼんやりと光って見えた。


「――駄目」

 今にも唇と唇が触れそうなところで、ユカリがかすれた声を絞り出した。
 ハクヤの動きがぴたりと止まった。ユカリはぜえぜえと喘ぎながら言った。

「ハクヤ、あなたは、好きな人、いるんでしょう。ずっと、『彼女』のこと、しゃべってたじゃない」
「『彼女』は」
「流されちゃ、駄目よ。あなたの、足りない、部分を、埋めるのは、私じゃない。わたしじゃ……ない……」

 ユカリはそこまで言って、ごほごほとせき込んだ。
 ハクヤはしばらく灰色の天井を仰ぐと、穏やかな微笑みを浮かべて呟いた。

「そうか、そうだよね。僕たちには『彼女』がいたよね。『彼女』がふさわしい。最後は、『彼女』が……」

 ハクヤの呟きはユカリの思考の霧の中にかき消え、ユカリの意識は闇に沈んだ。



 ユカリは山道を歩いていた。
 小雨の降る日だ。足元はぬかるみ、湿った髪の毛がじっとりと顔にまとわりつく。

 長年履き続けているスニーカーのすり減った底が、ぬかるみに捕らえられ、滑った。
 右手に持っていた傘が宙を舞い、ユカリの身体は崖下へ滑り落ちた。
 崖途中の岩肌に身体を強く打ち付け、呼吸が止まる。目の前は火花が散ったように真っ白になった。

 ユカリは、無意識のうちにボールをひとつ手に取り、放り投げた、気がした。



「――大丈夫か! 君、しっかりしろ!」

 うっすらと開いたユカリの目に、薄暗く狭い部屋と、紺色の服を着た男性の姿が映った。空気が粉っぽく、ユカリは小さくせきをした。
 こっちは生きている女性だ、担架持ってこい、意識は、身元は、と複数人の騒ぐ声がユカリの耳に響く。
 目の前の男性に名前を問われ、ユカリです、と答えると、ユカリの意識は再び途切れた。




 三角巾で吊った左腕に気を払いながら、ユカリはタクシーを降りた。少しだけ待っていてくださいと言い、ユカリは少し離れた場所にある家の前へ向かった。
 町の郊外にぽつんと建つ小さな家。周りには黄色と黒のテープが張り巡らされている。

 ほんの数日前までここの地下にいたのに、ユカリにはすでに、随分遠い昔のように感じられた。

 1週間前、ユカリは小雨の降る山道を歩いていた。そこで足を滑らせ転び、ユカリはうっかりと崖から落ちた。ぬかるんだ道、すり減った靴、そして傘をさしていてバランスをとれなかったのがユカリの落ち度であり、不幸だった。
 パニックの中、とっさに放り投げたのはネイティの入ったボール。まだ育っていないネイティは、主人の危機に慌てて「テレポート」を放った。
 ポケモンの技「テレポート」は使用すること自体に制限はないが、座標を違えるととんでもない場所に飛ぶことがあるので、到着座標は各町のポケモンセンターの前など厳しく定められており、他の場所へ飛ぶことは基本的に禁止されている。
 しかしそれも、指示を出すトレーナーが健在であること、またポケモン自身がテレポート先を理解できるだけ鍛えられていることが前提である。
 慌てて出した慣れない技は半ば暴発し、ユカリは荷物もポケモンも持たぬまま、身ひとつでどこかへ飛ばされてしまった。

 そしてその場所こそが、今ユカリの前にある家の地下だった。

 ユカリはこの家の地下に3日閉じ込められていた。その間、崖下に残されたユカリの荷物とポケモンたちが他の旅人に発見され、ユカリは行方不明者として捜索がされていた。
 3日経ちユカリは発見され、近くの病院に搬送された。左腕の骨折と全身の打ち身、そして衰弱があったが、幸いにも命に別条はなく、3日ほどの入院の後、無事退院となった。

 しかし、それらの経緯より、自分を発見した警察から入院中に聞いた話の方が、ユカリにとってはよっぽど衝撃的であった。


 ユカリが見つかった日、警察に電話があった。
 町はずれの家から、苦しそうな女性の声の通報だった。

『助けて、『彼ら』に殺される』

 警察が駆けつけると、部屋の中には女性の死体が転がっていた。
 顔に恐怖が貼りついていたが、死因は結局わからなかったという。

 その時、床下から、たくさんの人の声が聞こえてきた。
 警察がモルタルの床を壊し、ユカリはようやく発見された。

 ユカリと同じ空間にあったものの影響もあり、すぐにその場所の捜査がなされ、騒ぎは更に大きくなることとなった。


 あの家の地下の空間は、ユカリの寝ていたモルタルの下には、大量の人骨が埋められていた。
 それら全てが、あの家に住んでいた女性の、『彼女』の手によるものだった。


 『彼女』は人殺しの天才だった。
 老若男女様々な人の命を奪っては、遺体を自分の家の地下に作った空間に埋めていた。
 殺しては埋め、殺しては埋め、『彼女』の家の地下にはたくさんの死体が積もっていった。
 その数、106。

 最後のひとりは、ユカリがいたモルタルの部屋の隅で、白骨となっていた。その近くには、これまでの経緯と、『彼』の身元がわかるメモが遺されていた。
 たくさんの人を埋め狭くなった空間にモルタルで蓋をし、家の床、地下の空間からしたら天井に小さな空気穴を空け、暗くて狭い空間が出来上がった。
 『彼女』に最も愛された最後のひとりは、生きたままその狭い場所に閉じ込められた。


 107人目の名はハクヤ。「白八」と書いて、ハクヤ。



 黄色と黒のテープに阻まれた誰もいない小さな家を、ユカリはぼんやりと眺めた。
 風がユカリの髪を揺らし、足元の落ち葉を巻きあげた。
 ユカリは踵を返し、タクシーへ戻ることにした。

 この場所に、今はもう、人と呼べるものは誰もいない。
 生きている人も、もう生きてはいない人も。


 風に紛れて、老若男女、たくさんの人の声がまとまったような、何かの鳴き声が聞こえてきた。
 ユカリの視界の端で、紫と黄緑色のもやがとりついた小さな石が、何回か弾んでどこかへ消えたような気がした。



何かで書こうと思ってた奴のはずなんだけど何で書こうと思ってたのか思い出せない
(初出:2014/11/17 マサラのポケモン図書館)








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