真っ暗で何も見えない。
 手探りで進んで石につまずき、盛大にずっこける。
 洞窟の床にでこを強打した。前みたいに鼻血は出なかったのが幸いか。

 手探りで転がった帽子を探し、ため息をついてから、これで何度目になるかわからない絶叫を上げる。
 誰か……誰か……

 ここから出してくれぇーっ!!




+++銀の迷い子+++




 本当は1週間かそこら、このシロガネ山で修行する予定だったんだ。

 博士に頼み込んで、本来は立ち入り禁止って言われているこのシロガネ山に入れてもらった。それまでは良かった。
 シロガネ山の洞窟は当然だけど整備されてなくて、フラッシュがないと真っ暗で何も見えない。
 だけどなめてもらっちゃ困る。これでもイワヤマトンネルなら目を閉じていても迷わない。
 奥に行くなら手探りでも何とかなる!
 よって性能の割に忘れさせられない、不便なフラッシュなど不要!

 というわけで、ひでんマシン05はパソコンへ。
 当然だけど山に入る前に、ふもとのポケモンセンターへ寄っておく。ジョーイさんはいつもながら優しい。


 大体こういうダンジョンって奴は、整備されてなくても一番奥とかそういう大事な場所はなぜかきちんとされているものだ。
 理由なんてオレも知らない。大方この洞窟の主とかが居座るためじゃないだろうか。そんな奴今までいたか覚えてないけど。

 そして予想通り、この洞窟の一番奥は、明るくて、ちゃんと舞台のような高台まで準備されていた。
 近くにはきれいな水が流れる滝。つまり飲み水も確保できる。この正体不明の明かりのおかげで植物も繁殖しているようだ。
 うん、ここならいい。というか何だ、この誂えたようなスペースは。

 何より素晴らしいのはこの山に沸いてる水だ。
 ここの水は何を隠そう、デパート屋上の自販機でも売っている、1本200円もする「おいしいみず」。あまりにも質が良すぎて、ポケモンだったら飲んだだけで体力回復するすごい代物だ。
 オレも旅の途中にはずいぶんお世話になった。何てったって値にして20しか回復しない傷薬が300円もするんだから。何て得なんだおいしいみず。水としては高いが回復用としたらかなり得だ。
 そういえばこの水どこから採取してるんだろ。シロガネ山入れないはずなのに。
 まあそれはともかく、この山にいるってことはそれすなわち、おいしいみず無料で飲み放題! 体力回復し放題! ポケモンセンター不要!
 PP? 状態異常? それに関しては冒険中に(自主規制)で山ほど増やした回復薬があるから問題ない!


 さすが立ち入り禁止にされるだけあって、ここにいるポケモンは野生といえど強い。
 ついつい夢中になって、1週間くらいの予定だったのに、気が付いたら1カ月以上経っていた。

 いやはや、我ながらバトル狂だと思う。
 でもお陰でオレのポケモンたちはかなり育った。
 もう絶対誰にも負けない。腕のたつトレーナーが束になってかかってきても勝てる気がする。

 いやー、いい修行だった。では、そろそろ懐かしき我が家へ帰るとしよう。
 ここは無駄に居心地がいいけど、母さんの手料理も食べたいし、ライバルのトゲトゲ頭の話も聞きたい。オレはしゃべらないから一方的。
 それにファミコンもやりたい。あ、久々にあいつと格ゲーで対戦っていうのもいいな。どうせあいつも暇だろうし。
 よし、そうときまれば早く帰ろう。オレは手早く荷物をまとめて、洞窟の最奥部を出た。


 さて、洞窟は真っ暗だ。
 まあでも、行きは行けたんだから帰りも何とかなるだろ。そう思って、オレは暗闇に足を踏み込んだ。

 真っ暗闇の中をまっすぐ歩く。
 壁に頭をぶつけては曲がり、石につまずいて転びそうになり、それでもとりあえず適当に進む。

 適当に。
 適当に。

 適当に。


 ほのかな光が見えた。出口だと思ってオレはそこへ入る。

 ……あれ?


 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。


 ……はっはっは、やれやれ。オレとしたことが道を間違えたらしい。
 まあ、このくらいはよくあることだ。
 仕切り直し。よし、行くか。


 オレはまた真っ暗闇の中を歩く。
 適当に。
 しかし細心の注意を払いつつ。

 明かりが見えた。今度こそ出口だ。


 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。


 ……はっはっはっはっはっは、気にしない気にしない。2回連続で間違える。うん、よくあることだ。
 さて、仕切り直し仕切り直し。よし、いくか。


 明かりが見えた。
 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。

 明かりが見えた。
 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。

 明かりが見えた。
 オレの目の前に広がっていたのは、さっき以下略。

 明かりが見えた。
 オレの目の前に以下略。

 明かり以下略。


 ……はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、何と言うか、これ。
 えーっと、こういう状況って何て言うんだっけ。


 ……完全に迷ってんじゃねーかオレっ!!


 まだだ! まだ手はある!
 こうなったら左手の法則だ! これさえあればどんな複雑な迷路も抜けられる!

 左手の指先を岩肌に触れさせ、オレはまた歩き出す。
 指先に集中するあまり何度も足元の石につまずいて派手に転ぶ。顔面を強打した。あ、何か生温かい。鼻血出た。
 帽子が転がったので手探りで探す。昔からずっと被ってるから愛着があるんだこいつには。

 満身創痍の状態で、ようやく明かりが見えてきた。
 ああ、ようやく外だ。オレは晴れ晴れとした気分で入口へ入った。


 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。


 ……はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは。
 ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。



「……誰かーっ!! ここから出してくれーっ!!」



 何年かぶりにまともに出す声が、こんな絶叫になるとはオレも思ってなかった。


 なぜだ! なぜ鉄壁のはずの左手の法則が効かないんだ!
 どこかで閉鎖されてるのか!? いや、俺ここに来たんだからそんなわけないよな!?
 確かに何度も転んだし、帽子もぶっ飛んだし、もしかしたら手が変な所に行ったのかもしれない。
 うん、きっとそうだ! この法則は破れないはず!
 よし、もう1回!


 ……またしつこく同じことを書くのは面倒なので、結論だけ言おう。


 オレはここに来る前にひでんマシン05をパソコンに預けてきた過去のオレを腹の底から呪った。


 要するに、何度やってもオレはこの場所に戻ってきてしまう。なぜか左手の法則が効かない。念のため右手でもやってみたけど同じことだ。
 おかしい。絶対に何かおかしい。

 そうか、これこそがこの山が立ち入り禁止の理由なんだ。
 うん、きっとそうだ。そうに違いない。呪われてるんだこの山。きっと。そういえば何か見たことないゴースト系のポケモンいたなこの山。
 呪いなんて技なかったような気がするけど、幽霊なら呪いくらいかけられるだろ多分。
 ゲンガーに呪いとかかけられたらどうなるんだろ。っつーかそれってポケモンタワーとか相当危険な場所ってことか。
 ははははは。きっとこの山では方位磁針もきっとぐるぐる回って用をなさないんだろうな。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
 あー、そういえばトキワの森では方位磁針が役に立たないっていう噂あったなあ。あれは都市伝説らしいけど。
 コイルとかレアコイルとかその変に浮いてないかなー。あいつらの腕ならもしかしたらうまい具合働くかも。ポケモンって何か変な力持ってるし。
 待てよ、あいつらコイル1匹でも磁石2つもあるよな。レアコイルに至っては6つもあるよな。引きあったり反発したりで役に立たないか。


 やばい。思考までおかしくなってきた。正気を保てオレ。鼻に詰めたチリ紙もそろそろ代えないと。

 とにかく、ここから出る必要がある。精神の健康を考えた上でも。
 歩いて出るのは諦めよう。多分呪いとかじゃなくて、道のどっかが落石とかで塞がってるんだ。相当無茶な修行してたし。
 ……あれ、それってもしかして自業自得じゃね?

 とにかく、ここから出なければ。
 しかしどうやって出よう。


 その時、ハッと思いついた。

 そうだ! オレはRPGの主人公!
 主人公だけが使えるあの脱出方法があるじゃないか!

 オレは主人公。
 手持ちのポケモンが全滅すると、強制的に最後に立ち寄ったポケモンセンターへ送還される。

 この機能を使えば、いかなる迷宮に迷い込もうとも問題ない! グレンタウンで「なみのり」も「そらをとぶ」もない状態でも大丈夫! ……かもしれない。
 大事な手持ちを瀕死にするのは気がひけるが――そもそも、オレは旅の間も一度もこの機能を使っていない――この緊急事態ではしょうがあるまい。
 よし、そうと決まれば早速バトルだ!


 オレは早速、そこらで出てきた野生のポケモン相手にバトルを始めた。
 よし、急所に当たった!
 いいぞいいぞ! 相性の良し悪しなんか関係あるか!
 よっしゃ今度は1撃だ! さすがオレのポケモン!


 ……って勝ってどうするオレ!!


 いかんいかん。いつもの癖で叩きのめしてしまった。

 よし、攻撃技はなるべく使わないように、PPもできるだけ削っていこう。
 少しずつ少しずつ、確実に体力を削っていくんだ。
 相手を倒してしまう前になるべくこっちの体力を減らそう。

 ん、ピコンピコンと警報が鳴りだしたか。
 よしよし、心配するな。「おいしいみず」なら飲み放題だ。どんどん回復していけ。
 お、PPも切れかけてるな。それじゃあピーピーエイドを……


 ……って違ぁぁぁぁぁうっ!!


 習慣というものは恐ろしい。ほぼ本能的に手持ちを回復してしまう!
 あぁぁぁもう何でオレこいつらを「おいしいみず」の池につけてやってんだ! もうけがのひとつもねぇよ! 素晴らしい毛並みだなオイ!

 というか、そもそもの問題。

 ……オレ、強くなりすぎた!!

 相性の悪い奴でも簡単に倒せてしまう。いかん! これじゃいかん!! こっちの体力が全然減ってない!
 そりゃ誰にも負けないと思ったよ! 腕のたつトレーナーが束でかかってきても勝てる自信があるよ!
 でも今はそれどころじゃないんだって! あぁもう自分の腕が憎い!!


 ああ、もういやだ。
 母さんの料理食べたい。あいつと馬鹿話(一方的だが)がしたい。ゲームで対戦したい。というか太陽が恋しい。
 幸い食糧は何とか手に入る。水も文字通りあふれるほどある。生きるには事欠かない。
 でももうそういう次元じゃない。
 ヤマブキの雑踏に行きたい。タマムシでスロットしたい。ニビの博物館に行きたい。クチバで地ならししてるワンリキーを小突いてきたい。サファリでラッキーを追いかけたい。ポケモン屋敷の日記が読みたい。ポケモンタワーで肝試ししたい。ハナダジムで水着のお姉さんを眺めたい。
 とにかく人やポケモンと触れ合いたい。
 バトルは好きだから飽きないけど、だからそういう次元じゃないんだってば。


 毎日毎日、そんなことの繰り返し。

 暗闇で足掻くだけ足掻いて、野生のポケモン相手にバトルをしかけてみては無意味に経験値をためていき、そして人を恋しがってはわけのわからない思考を展開する。
 ギリギリ正気を保っているのが奇跡だと思う。いや、本当に正気かどうかわからないけど。
 何せ本来立ち入り禁止の場所。誰も助けには来てくれない。それを覚悟で来なきゃいけない場所というわけか。

 それにしても、この洞窟にはちらほら見たことのない奴がいる。
 何だかちょっとかわいいゴースト系の奴以外にも、この前は緑色の小さな怪獣みたいな奴がいたし、黒い猫みたいなのもいた。
 そして何に進化させるか悩んでいたイーブイは、これまた見たことのない薄紫色の姿に進化した。何でだ。石も使ってないのに。
 ああもう、この山はおかしなことばっかりだ。

 どの位経っただろう。時間の感覚なんて全くなくなって久しい。
 次第に動くのも億劫になって、今となっては一日の大半は洞窟の最奥部でぼうっと意識を宙に漂わせている。
 オレ、このまま死ぬかなこの山で。幸いにも水と食料は手に入るので餓死はしそうにないけど。
 ああ、12か13、もしかしたらもう14、15、16歳、思春期真っただ中。青春とかいう時間をなんて無駄に過ごしてるんだオレは。
 ずっと一緒にいる手持ちたちがみんな相変わらず元気なのがせめてもの救いか。ボールに納めているとこういう状況も平気なのかもしれない。
 オレもボールに入りたい。でもその場合、オレって誰の手持ちになるんだ? オレはオレの手持ち? よくわからん状況だ。


 またそんなよくわからない思考を展開していると、この山に来てから初めて聞く音を聞いた。
 じゃり、じゃりという規則正しい音。この山にすむ野生ポケモンの足音はもう完璧に聞き分けられるレベルだけど、それとは全然違うことが分かった。
 そこまでは理解したが、思考がそれ以上動かない。どうやらオレの脳みそはこれ以上動くことを拒否しているようだ。


 じゃり、という音が止まった。
 思考の止まった頭には、目に映る光景など単なる記号に等しい。今もただ見知らぬ少年の姿が視界の中にあるだけだ。


 ……ってえええぇぇっ!?


 オレの脳みそは突然急ピッチで稼働し始めた。
 そこにいたのは、知らない奴だけどまぎれもなく人間。この山に来て初めて、本当に久しぶりに見る人間。
 しかもそのいでたちを見るに、間違いなくトレーナー。その上かなりの実力を伴っていることが分かる。

 残念なことにオレは元来無口であるうえに、頭がオーバーヒート気味で話しかけるという発想に結びつかない。
 とにかく、双方無言のままバトルが始まった。

 そいつは見たことのないポケモンばかり使ってきた。
 首元に炎をまとった黒と黄色の奴とか、卵から頭と腕と脚と羽が生えたみたいな奴とか、耳としっぽに黒い縞があって、尻尾の先と額に赤い球の着いた黄色の竜とか。
 何だこいつら。知らないな。オレの知らない間に知らないポケモンが世に広まったのか。何ということだ。これだから世間と隔絶されてると困るんだ。


 自然と本気で戦っていた。
 そいつは強かった。さすが、このシロガネ山への立ち入りの許可が出たトレーナーなだけある。
 オレに匹敵する奴は初めてだった。互角の勝負なんて、あのトゲトゲ頭のライバルと初めて戦った時以来じゃないか?
 どっちが勝つか、最後までオレにもわからなかった。

 だけど、オレは少し期待していた。
 これならもしかしたら、オレはようやく!

 ようやく外に出られるかもしれない!!


 黒と黄色の炎ポケモンが、全身に炎をまとってオレのフシギバナに突進してきた。
 緑色の肌に赤黒いやけどの跡を残し、フシギバナは地に伏した。
 お互い最後に残ったポケモンの相性が違えば、勝負の結果はわからなかったかもしれない。その位の接戦だった。

  当然、勝負に負けるのは悔しい。ましてや、オレにとってはこれが初の敗北だった。
 だけど妙に清々しかった。
 それはもちろんいい勝負だったからというのもあるけど、やっぱりそれより、ようやくこの洞窟から出られるという安堵感の方が大きかった。


 そして、目の前が真っ暗になった。



 目を覚ますと、そこはポケモンセンターの中だった。
 人の姿がない。世界広しといえども、内装がこれだけ殺風景なポケモンセンターは1か所、シロガネ山のふもとのものだけだろう。

 ああ、外だ。人工物だ。パソコンだ。デスクだ。ジョーイさんだ。
 何もかも懐かしくて、オレは大きく深呼吸をした。

 その時、ジョーイさんが、カウンターにボールの入ったトレイをガシャン、と思いっきり叩きつけた。突然のことにオレはびっくりして飛び上がった。

「オラ、いつまで寝てんだ! 回復終わったからとっとと帰れ!」

 ……あれ、ジョーイさんってこんなキャラだったっけ。
 確か回復が終わると「お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ!」などと天使のような笑顔で言ってくれる人だった気がするんだけど。
 何だろう。今オレの目の前にいるのは記憶の中のジョーイさんじゃなくて、どっちかというとサイクリングロードにいた暴走族とかスキンヘッドみたいな人だ。

 何かよくわからないけど、これもきっと時代の流れなんだろうな、と結論付けて、オレはポケモンを受け取りポケモンセンターから出ることにした。
 とにかく、あの洞窟からは出られたんだ。ジョーイさんが凶暴化してることくらい小さなことじゃないか。
 そう思い、オレはポケモンセンターの扉を開けた。


 オレの目の前に広がっていたのは、さっき発ったはずの洞窟最奥部だった。


 ……あれ?

 何これ?


 意味がわからない。何でポケモンセンターから出た先が洞窟なんだ。
 ははは、そうか。ずっとこの景色ばっかり見てたからこの景色が頭に染み付いてしまったんだな。オレは笑いながら目をこすった。


 駄目だ。何回見てもここは洞窟の最奥部です。


「え、ちょ、何これ?」

 さすがにわけがわからなくなって声を出した。「助けてくれ」の次に出る言葉がこれだとは思わなかった。
 そうしたら、さっきの暴力ジョーイがオレの方にやってきた。

「っせーな、うだうだ言ってんじゃねーよNPCが」
「は?」

 NPC……ノンプレイヤーキャラクター?
 何言ってるんだこの暴力ジョーイ? オレはれっきとした主人公だぞ?

「いつまでも主人公ヅラしてんじゃねーよ。テメーの時代はもう終わったんだっつーの」
「ごめんなさいさっぱり意味がわかりません」
「だーかーらーこの世界の『主人公』はテメーと戦った奴だっつーてんだよ!」
「でも現にこうしてポケモンセンターに強制送還されたし……」
「うだうだ言ってねーでテメーの目で確かめろやカス!」

 暴力ジョーイが壁に貼られていたタウンマップを引きちぎり、オレの顔面に投げつけてきた。
 そのタウンマップを見てオレは仰天した。明らかにオレの知っているカントー地方じゃない。全然知らない別の場所だ。

 活動能力の落ちた脳みそをフル回転させて、今の状況を何とか把握した。


 オレがあの洞窟に閉じ込められている間に、どうやらこの「世界」が変わってしまったらしい。
 「世界」、わかりやすく言えば「バージョン」だ。
 舞台が変われば話も変わる。そして当然、主人公も変わる。
 「世界」に主人公は1人だけ。その他は全てNPCだ。
 そしてポケモンの世界のNPCのトレーナーは、四天王やチャンピオンなどを除き、一旦戦えばあとはその場に立っているだけのただの人になる、ハズなのだ。本来は。

 だがしかし、元主人公のオレは厄介なことに、負けたらポケモンセンターに強制送還というシステムが残ってしまった。
 だから今こうやってポケモンセンターにいる。
 ついでにどうやら、ジョーイさんは主人公以外のキャラクターに対して厳しいらしい。本来は回復に来ない奴なんだから当然か。いやまて、当然なのか?


 ……ん?
 いや、まあ、それはともかくとして……。
 オレは自分の目の前に広がる洞窟を見ながら言った。

「……で、それと今のこの状況とどう関係が……」
「っせーな! NPCはとっとと持ち場に戻れ!」

 そう言うなり、暴力ジョーイはものすごい力でオレをポケモンセンターの外へ蹴りだした。
 オレが洞窟に転がり落ちると同時に、暴力ジョーイはの扉を閉めた。それと同時に扉もなくなった。


「……………………」


 NPCのトレーナーは、一旦戦えばその場に立っているだけのただの人。

 最早、何を言えばいいのかもわからなかった。
 せっかく出られたのに。せっかく出られたのに。せっかく……



「……誰かーっ!! ここから出してくれーっ!!」



 オレの絶叫が、シロガネ山の洞窟中に響き渡った。





+++++++++The end




あとがき

金銀時代に流れた「レッド死亡説」、自分なりの回答のつもり。
思った以上にシュールになった。
ちなみにタイトルは「シロガネのまよいご」。
(初出:2009/9/28 マサラのポケモン図書館)



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