「……何だこれ」

 僕がつぶやくと、リュックの上に乗っているヤミラミも不思議そうに声をあげた。




+++進化+++




 今日の課題はルートマップだ。
 本来は地質調査をやりながら書くものだけど、今日は練習だから地図を作るだけ。クリノメーターを使って方角を測り、歩数を数えて長さを測って地図を描く。それを往復分。
 正直面倒くさいんだけど、やらなきゃ単位が出ないからしょうがない。どうせなら地質調査も入れてくれればやる気も起こるのに。

 歩数を数えながら帰り道を歩いていると、進む道の先に角ばった岩の塊があった。僕は足を止めた。おかしい。行きの時はあんなのなかったはずなのに。
 背負っているリュックの上から、ヤミラミがひらりと飛び降りた。
 次の瞬間、その岩の塊の色が変わった。どう見ても自然の中には溶け込めそうにないピンクと水色。
 目のようなものはついているけど、ぱっと見た感じは小さな戦車かロボットみたいだ。

 その角ばった生き物(多分)は、動かずしゃべらずただこっちをじっと見つめてくる。ヤミラミがそいつの前に行ってギャーギャーと威嚇する。それでもそいつは動かない。
 ヤミラミがこれだけ騒ぎたてるってことはやっぱポケモンかな。まぁ生き物だとしたらこんな変なのポケモンしかいないだろうけど。
 僕は野外に行く時、用心のために携帯することにしているハンディ版のポケモン図鑑をめくった。
 危険なポケモン……のところにはいない。じゃあとりあえず、急いで逃げなくても大丈夫かな。
 生息地で調べてみようか。……森、山、荒野……おかしいな、どこにもいない。

 更にページをめくると、そいつは『街のポケモン』の項目にいた。まあ見た目は人工物に近いし、確かに街にいる方が馴染みそうだ。
 図鑑によると、こいつはポリゴンという名のポケモンらしい。人工的に作られたポケモンとか何とか。
 僕は素直に驚いた。だって人間が生き物を作るとか、そんなの小説の中だけの話だと思ってたし。
 でもそれなら機械っぽい見た目も納得だなあ、と思いながらポリゴンを見ると、さっきまで激しく威嚇をしていたヤミラミがポリゴンの背中に乗ってけらけら笑っていた。ポリゴンは相変わらず身動きひとつしないけど。僕が図鑑を見ている間に何か打ち解けたのだろうか。ポケモンってわからない。

 図鑑をリュックにしまって歩き出すと、ヤミラミはすぐさま飛びついてリュックの上に乗ってきた。そんなにここが好きか。
 ふと見ると、ポリゴンも僕の後ろをついてきている。無視して進もうとすると、ヤミラミが髪の毛を引っ張ってきた。痛いからやめてくれ。
 どうやらコイツは、僕に連れて行けと言っているらしい。2匹の間に友情か何かが芽生えたようだ。
 僕はため息をついた。ここでまた無視したら家に帰ってからこいつに僕の鉱物コレクションも冷蔵庫の中身も全部食われかねない。

「一緒に来るかい?」
「…………」

 そう尋ねると、ポリゴンは何も言わずに僕をじっと見つめてきた。何と言うか、まあぱっと見ロボットのような外見なわけで、顔も無表情。というか目しかないし。目って言っても白い六角形の中に黒い点があるだけだし。
 でも逃げようともしない。無言で見つめあったまま時間が流れる。

 ……わかった。沈黙は肯定とみなそう。
 僕はまたため息をついて歩き出した。ヤミラミは機嫌よく歌うような鳴き声をあげ、ポリゴンは無言・無音でついてきた。

「……あ」

 しまった。歩数忘れた。



「……ん? 何、お前もポリゴン捕まえたの?」

 大学の自習室でレポートを書いていると、同じクラスの友人が声をかけてきた。
 隣の机の上では、ヤミラミがポリゴンの背中に乗ってケタケタと笑い声をあげている。ポリゴンは変わらず無表情で動かない。

「捕まえたというか、課題やってる時に勝手に懐かれたというか、ヤミラミが気にいったというか……」
「お前、そのヤミラミも懐かれたとか言ってたよな? お前ポケモンに好かれるんだなぁ」
「そうなのか?」
「うらやましいよまったく。ってか、ポリゴンが山の中にいたのか? まぁ時々迷い込む奴はいるみたいだけどさ」
「知らないよ僕ポケモン詳しくないし。……あーダメだ、この課題全然わかんないな……」

 僕は頭を抱えてペンを放り投げた。友人は僕のレポートを覗き込んだ。

「あーこれか。月と金星の偏平率ならネットにあったぜ。それ使えば出来るんじゃね?」
「まじで? じゃあちょっと検索してみる」

 僕は早速ノートパソコンをとりだして電源を入れた。
 その時、全然動かなかったポリゴンが突然動いた。ヤミラミは背中から振り落とされて机の下に落ちた。
 ぽかんとする間もなく、ポリゴンは僕のパソコンに近づくと、USBの差し込み口辺りからすうっとパソコンの中に消えた。
 僕は思わず椅子から転げ落ちた。ヤミラミも飛び上がり、怯えたように僕の背中に飛びついた。
 友人は愉快そうにけらけらと笑った。

「あ、お前知らなかったの? ポリゴンって『データ』のポケモンだからさ、電脳空間に入れるんだぜ?」
「データぁ!? それって生き物って言えるのか!?」
「そんなこと言われてもなぁ。一応ポケモンの中に分類されてるわけだし、まぁ生き物なんじゃね?」

 何だその適当な感じ。
 ポケモンって一体何なんだ。


 パソコンを見ても、特にいつもと変わりはない。
 ポリゴン、一体どこに行ったんだろう。
 レポートをやりながらも気がそぞろだった。ヤミラミも落ち着かない様子で何度も髪を引っ張ってきた。だから痛いからやめなさい。
 友人が呆れたようにため息をついた。

「大丈夫だよ。俺のポリゴンも今ネットの中にいるし」
「……そうなのか?」
「そうそう。多分呼べば戻ってくるぜ」

 そう言って友人はマイクを渡してきた。僕はマイクを差し込んで、ポリゴン、と呼んでみた。
 すると、スピーカーから小さな電子音が聞こえ、USBの差し込み口からポリゴンが飛び出してきた。ヤミラミがまたびっくりして僕の頭にしがみついた。
 僕も驚いた。だって、ポリゴンは入った時と違う姿をしていたから。
 色合いはそのまま、だけど角がきれいに取れてつるりと丸くなっているし、少し小さくなっている。無表情なのは相変わらずだけど。
 友人はおお、と声をあげた。

「ラッキーじゃん! お前のポリゴン、どっかでアップグレードしてきたみたいだぜ!」
「あっぷ……?」
「まぁ要するに進化だよ。ネット世界のどっかで『ポリゴン2』の進化パッチ見つけたんだろうなぁ。俺のポリゴンもそうだったし」

 進化……というのだろうか、これは。そもそもデータという時点で生物と呼んでいいのかどうかも怪しいのに。
 ヤミラミはというと、ポリゴンの『進化』に最初は怯えてたみたいだけど、もうすっかり慣れたらしくまた喜んで背中に乗っている。ポリゴン……いやポリゴン2は相変わらず動かない。
 というかちょっとポリゴン2、前より身体が小さくなったからヤミラミが乗るのもいっぱいいっぱいって感じだな。かわいそうに。でも表情変えてないし振り落としたりしないし、これはこれでいいのだろうか。彼らの中では。

「お前のポリゴン、クールな奴だなぁ」
「……みたいだね。ポケモンって……本当に何なんだろう……」
「あ、そうだ。俺のサークルの先輩に、生物学科でポケモンのこと研究してる人がいるんだけどさ、話聞きに行くか? 研究室教えるぜ」
「え、いいの? ありがとう」
「今修士の2年生なんだけどさ、すっげぇいい人だぜ。それに美人だし」

 うちのサークルのマドンナなんだぜ、と友人はにやけながら言って、研究室の書かれたメモを渡してきた。っつーかこいつのサークル何だっけ。管弦楽だっけ。

「俺もポリゴン呼んで帰ろうかなぁ。おーい、帰って来ーい!」

 友人は僕のパソコンにつないだマイクで呼びかけた。すると、僕の時とはまた違う電子音がして、ポリゴンがパソコンから飛び出してきた。
 でも、パソコンから出てきたそれは、ポリゴンともポリゴン2とも違った。
 ポリゴン2は軽自動車みたいな形をしてたけど、そいつはもっと丸くて、両腕と頭が卵型の胴体から分離して飛び回っていた。身体もほんのりサイケデリックな色合いになっていて、目も蛍光イエローになっている。
 どうしたのかな、と思いながら友人の顔を見た。茫然とした顔をしていた。

「どうした?」
「……マジで? ……俺のも進化しちゃった……」

 ポリゴン2って進化するとあんなサイケデリックになるのか。すごいな。
 ああ、ヤミラミが微妙な表情してる。確かにこの姿じゃ背中に乗れないもんな。



 友人に教えられた研究室は、僕たちが普段いるのとは違う棟の3階の奥にあった。
 扉をノックすると、どうぞ、と澄んだ女の人の声がした。

 失礼します、と中に入ると、部屋には4、5人分の机が並んでいた。一番奥の机に、白衣を着た女の人が座っていた。
 僕が部屋に入っても構わず、ずっとパソコンに向かっている。カタカタとキーボードを打つ音が絶えず部屋に響いていた。

「あ、あの、初めまして」
「初めまして。ごめんなさいね、ちょっと発表が近いから論文打ちながらだけど」
「い、いえいえ。僕の方こそ忙しい時にすみません」
「いいのよいいのよ。君の話はお友達からよく聞いてるわよ。地学と化石大好きなんでしょ?」

 先輩はそう言って一瞬だけこっちを向いて、にっこりと笑った。あいつめ、何か変なことを吹きこんだりしてないだろうな。まぁ僕が研究室に行くことを話してくれたらしいことは嬉しいけどさ。
 今他に誰もいないから適当に座ってていいわよ、と先輩は言った。僕は先輩の隣の机のいすに座った。
 ヤミラミは背中のリュックの上。ポリゴン2はこっちに来る前にまた電脳空間に行ってしまった。

「さてと、何から話せばいいかしら? 君の質問は『ポケモンって何』、だったわよね」
「あ、はい」
「そうねぇ……結構ざっくりとした質問だから答えるのが難しいわね」

 先輩はそう言って、声をあげて笑った。僕とは初対面なんだけど、随分と親しみやすい人だ。


「ねえ、ポケモンの定義って何か知ってる?」

 先輩はキーボードを叩く手を止めず僕にそう聞いてきた。
 僕は背負っているリュックの上に座っているヤミラミのことを思い出した。何が気にいったのか知らないけど、いつもこのリュックの上に乗って頭にしがみついてくる。

「……モンスターボールに入る生き物?」
「はずれ。まぁ結果的にはそうかもしれないけどね」

 ポケットモンスターって名前も、ぼんぐりとかボールに入れればポケットに入るほど小さくなるってことからつけられたものらしいし、と先輩は付け加えた。
 そんなこと言われたって、僕は生物学科でポケモンのことを専門にやってる先輩とは違うし、わかるわけないじゃないか。
 僕はポケモンのこと詳しくないし、このヤミラミも研究でたまたま行った洞窟で勝手に懐いてついてきただけだし。
 先輩は少し呆れたようにため息をついた。

「全くもう。化石ばっかり掘ってないで、ちょっとは今生きてる生き物にも興味持ちなさいよ」

 僕にしがみついているヤミラミが、そうだそうだとでも言わんばかりにうるさく鳴いた。

「す、すみません」
「まあいいわ。ポケモンはね、『進化の樹から外れた生き物』のことよ」
「進化の……樹から?」

 僕も古生物をやってるから進化についてはわかる。
 でも、『進化の樹から外れた』っていうのはどういうことだろう。

「例えば」

 先輩は僕と話し始めてから初めて、パソコンのモニターから目を外した。

「私たち人間は哺乳類に属するわね。哺乳類は古生代の終わりに現れた哺乳類型爬虫類の一部から進化したものでしょ。で、爬虫類は両生類から、両生類は魚類から……っていう風にさかのぼれるわね」
「先輩、魚類って言ってもその中でも総鰭類です。それから……」
「いいのよ今は細かいことは。とにかく、そうやって祖先に当たるものにさかのぼっていって、最終的には原初の生命までたどり着くわけよね」
「そうですね」
「でもね、ポケモンの祖先はどこまで行ってもポケモンなのよ」

 ポケモンの祖先はポケモン。
 ポケモンに進化したのはポケモン。
 何だそりゃ。

「先輩。それっていわゆる経験積んで起こる『進化』とかいうオチじゃないですよね」
「あっちは『変態』でしょ。もう、名のある研究者まで進化、進化って。まぁ一般に流通しちゃったらしょうがないわね。そっちじゃないわよ。君になじみのある方の進化」

 先輩は大きなため息をついて、またキーボードをたたき始めた。

「確かにポケモンの祖先の化石は出るわよ。でもそれもやっぱりポケモン。今は復元も出来るんだからわかるでしょ?」
「何か、ミュウとかいう幻のポケモンが先祖って聞いたことあります」
「まあそういう説はあるわね。でも、たとえそれが正しいとしても、じゃあミュウの祖先は何?」
「……あ。 ……うーん……じゃあそうですね……宇宙から来たとか? 生命の宇宙飛来説もありますし」
「信憑性は薄いけどね。じゃあその宇宙から飛んできたポケモンはいつどこでどうしてできたの?」
「…………」

 そういやそうだ。結局は行き詰る。

 ポケモンはどこまで行ってもポケモン。
 それが『進化の樹から外れた』ってことか。

「ある時突然現れて、様々な形態に進化した生き物。独自の『進化の樹』を持ってる生物群と呼んでもいいかもしれないわね」
「なるほど……。そういえば変な生き物ですもんね。明らかに無機物だったり、幽霊だったり、哺乳類なのに卵産んだり」
「卵を産む哺乳類もいるけどね。君の頭にしがみついてるそのヤミラミだって十分変よ? 一応ゴーストに分類されてるのに形はあるし、重さもあるし、何より宝石を食べる生き物なんて他に見ないもの」
「……」

 先輩に言った方がいいのだろうか。コイツはむしろ白米が好きなことを。


 カタカタカタカタ、とキーボードの音が響く。

「……先輩、それでですね、ポリゴンの話なんですけど……」
「ああそうそう、ポリゴンに山で懐かれたんでしょ? よかったわねぇ、ポリゴンって結構珍しいのよ?」
「そうなんですか? ……で、先輩。ポリゴンって本当に生き物なんですか?」

 先輩の手が止まった。

「そもそも、人間の手で生命を作り出したっていうのが僕は信じられないんです。人間はアミノ酸の合成はできても単細胞の生物すら作れませんでした。それなのに……」
「ポケモンなんていう高度な生物を作り出すのは不可能、ってわけね」
「はい。というより、ポリゴンって『データ』なんですよね。でもポケモンは生き物でしょう? それを『生き物』に分類するのも納得いかないんです。どんなに精巧にプログラムしても、それは生物とは違うものじゃないんですか?」
「……そうねぇ」

 先輩は面白そうな笑顔を浮かべてうなずいた。研究者っていう人種は、面白いテーマに出会うとそんな顔をする。
 しばらく腕を組んで考え込んでから、先輩は僕に聞いてきた。

「それじゃあ私から君に質問。『生物』って何かしら?」
「え?」

 僕はぽかんとした。
 感覚的にはつかめるけど、答えられない。

 先輩はそんな僕の様子を見て、ふむ、と小さくうなずいた。

「じゃあ少し質問を変えましょうか。例えばここに携帯電話があるわね」

 先輩は白衣のポケットから黒い携帯電話をとりだした。

「携帯電話ってすごいわよね。通信ができて、画像や映像を残せて、情報を記録できる。中身もとっても精密にできてるわ」
「そうですね」
「じゃああなたは、これを『生物』に分類できる?」
「……できません」
「それはなぜ?」

 僕は少し考えた。肩の上のヤミラミが退屈そうにあくびをした。

「携帯電話は電源を切ると動かなくなるからです」
「いい答えだわ」

 先輩はそう言ってにっこりと笑った。

「実はこの質問、私の1年の時の中間テストに出たのよね。私あなたと同じ答えを書いたわ。そうしたら当たってた」
「そ……そうですか」
「そうね、これは生物じゃない。理由はほかにもいくつかあるわ。例えば……成長しない、子孫を残さない、無機物、とかね」

 そう言って先輩は携帯電話をポケットにしまった。

「じゃあ、もう1つ質問。『ウィルス』は生物? 非生物?」
「え?」

 また突拍子もない質問を投げつけられた。
 ウィルスって病原菌のことだよな? じゃあ生物か。

「言っておくけど、ウィルスと菌は全く違うものよ」

 答えを言う前に釘を刺された。あぁ、もうわからない。
 先輩は苦笑いを浮かべた。

「ウィルスは自分だけじゃ分裂できない。生物の細胞に取り込んで、初めて遺伝子を複写できる。サイズもすごく小さい。タンパク質も合成できない。というか、細胞がない」
「じゃあ……非生物ですか?」
「でも遺伝子は持ってるの」
「……。……じゃあどっちなんですか?」

 先輩は楽しそうに声をあげて笑った。

「そうね。ウィルスは生物と非生物の中間の存在ってところかしら」
「中間?」
「一応学術的には生物学的存在って言われてるわね。生物でもないけれど非生物でもない」

 先輩はそう言って一息ついた。
 これは私の修論のテーマなんだけど、と先輩は言った。

「私はね、一部のポケモンもそんな存在なんじゃないかと思ってるの」
「生物と非生物の中間……ですか?」
「そうね。明らかに生物に分類できそうなものもいるから、ポケモンの中でも分けられるのかもしれない。でも、一見とても生物とは思えないもの……例えば、イシツブテは岩石と生物の中間かもしれない。コイルは磁石と生物の、そしてポリゴンは……」
「……『データ』と生物の中間、ですか」

 そうそう、と先輩は笑った。

「ポケモンが一般的な『進化の樹』から外れている以上、他とは分けて考えるべきだと思うの。非生物の特徴をもった生物、もしくは生物の特徴をもった非生物。まだ論文まとまってないからはっきりとは言えないけど……私はそういうものだと思うの」

 先輩はそういうと、またパソコンに目線を戻した。

 データと生物の中間。
 プログラムを書き換えられる生き物。
 生命を持ったデータ。

 軽快なタイピングの音を聞きながら、つくづくポケモンって変な奴らだな、と僕は思った。


「……よーし、今日はこんなもんでいいかな?」

 そう言って先輩は大きく伸びをした。

「すみません、忙しい時期に」
「いいのよいいのよ。論文の内容とも関係があったから逆に頭がすっきりしちゃった」

 先輩のパソコンから電子音がした。振り向くと、ポリゴン2が先輩のパソコンから飛び出してきてこっちをじっと見つめた。ヤミラミが喜んで早速背中に飛び乗った。ポリゴン2は相変わらず無表情だった。
 あら、君のポリゴン2、君がいる場所がわかるのね、と先輩は優しい笑顔で言った。


「……じゃあ、僕、帰ります。色々とありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったわ。もし君のポリゴン2が進化したらまた見せに来てね」
「はい、もちろん」

 扉の前でお辞儀をして、僕は研究室を出た。
 ヤミラミが僕の肩に飛び乗って僕の髪の毛をむしりながらケタケタと笑った。どうやら相当退屈だったらしい。でもやめてそれ以上やると禿げる。



 アパートへの道を歩きながら、僕はぼんやりと考えた。

 進化の樹から外れた生物。
 非生物と生物の間。
 データを書き換えられる生き物。

 やっぱり、ポケモンってよくわからない。

 でも、面白いな。ポケモンも。


 僕は後ろを音もなくついてくるポリゴン2を見た。

「お前もいつか進化するのかな?」

 ポリゴン2は何も言わず、僕の顔をじっと見た。しばらくして、首をほんの少し横に傾けた。
 そうか、わからない、か。
 リュックの上に乗っているヤミラミが。何やら機嫌悪そうな声をあげて僕の頭をわしゃわしゃとかきむしった。
 そうかそうか。お腹すいたか。僕もだ。


 今日はご飯を多めに炊こう。

 明日は授業が終わったら図書館に行こう。

 少しずつでも、ポケモンのことを勉強してみよう。



 僕たちは人間に『進化』したんだから。





+++++++++The end




あとがき

古生物学やってて降って湧いたアイデア。
本当はポリゴンZに関わることをもっと書きたかったんだけど収拾つかなくなったのですっぱりカット。
結果長さが半分になったという話。
(初出:2010/5/26 マサラのポケモン図書館 お題「樹」)



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