テレビで えいがを やってる!
 おとこのこが よにん せんろのうえを あるいてる……

 ……ぼくも もう いかなきゃ!




+++Stand by……+++




 オレとあいつはライバルだった。
 あいつにだけは絶対負けたくないと思っていた。


 あいつとオレは、ご近所同士で幼馴染だった。
 田舎の町で子供が少なかったのもあるけど、あいつはもとより人とコミュニケーションをとるのが下手くそだった。
 小さなころから無口で不愛想で、かわいげのない奴だった。
 何でオレとあいつが仲良くしていたのか、周りの奴らはみんな不思議そうにしていた。オレも不思議だった。
 でも、理由なんかどうだっていい。

 オレとあいつは、ご近所同士で、幼馴染で、親友で、ライバルだった。


  『テレビで えいがを やってる!』


 あいつはいつも、オレの後ろをついてきていた。

 町を出たあの日も、オレはあいつの前を歩いた。
 あいつより早く進んで、あいつより先にジムを制覇して、あいつの前にチャンピオンになった。
 オレは勝ったつもりだった。負けられなかった。負けるわけにはいかなかった。


 だけどオレは、一度だってあいつに勝つことができなかった。

 旅に出たあの日から、オレたちは出会うたびにバトルをした。だけどオレは一度も勝てなかった。
 セキエイでの最後のバトル、全力で戦ったのに、オレはあいつに勝つことができなかった。


 あいつのピカチュウの電撃が、オレのリザードンを地に伏したその瞬間、オレは痛感した。

 オレはあいつの前を歩いてなんかいなかった。
 ずっと昔からそう思い込んでいただけ、いや、そう思い込もうとしていただけだった。

 本当はわかっていた。
 あいつはオレの遥か前を歩いていたことを。

 負けるわけにはいかなかった。何とか前へ出ようとした。
 そうしなければ、遥か前を行くあいつには到底追いつけなかったから。


 だけど、オレは最後まであいつに追いつけなかった。
 どんなに足掻いても、どんなに努力しても、あいつはずっとオレの前を歩き続けていた。


 それでもあいつは、遥か後ろのオレを見捨てることはしなかった。
 どんなに力に差が出来ても、あいつはずっとオレのことを「ライバル」と呼んでくれた。

 オレとあいつは、いつまでも、ご近所同士で、幼馴染で、親友で、ライバルだった。


  『おとこのこが よにん せんろのうえを あるいてる……』


 いつしかあいつは、伝説と呼ばれるまでになっていた。
 オレはそれが羨ましくて、憎らしくて、誇らしかった。
 そして、いつか追いつこう、いつか必ず追い抜いてやろう、そう心に誓った。

 伝説と呼ばれても、オレはあいつの「ライバル」だった。


 あいつがシロガネ山へ修行に行くと言い出したのは、オレと最後のバトルをしてから2年が過ぎたころだった。
 恐ろしいほど強いポケモンが生息しているという霊峰・シロガネ。
 そこへあいつは、まるで近所のポケモンセンターへでも行くかのように、軽いのりで向かって行った。


 オレがあいつの姿を見たのは、それが最後だった。


 あいつが旅立ってから1年が過ぎた。
 しかし、あいつは未だ帰ってこない。家にも、オレにも、連絡のひとつもよこして来ない。
 いつ頃帰ってくるかは言っていなかった。だけど、こんなに長い間姿をくらますことは今までなかった。


 そしていつからか、こんな噂が流れ始めた。
 シロガネ山へ行ったあいつは、そこで落石にあい、命を落としたのだ、と。


 オレは信じなかった。いや、信じたくなかった。
 あいつがそんな簡単に死ぬわけない。そんな根拠のない自信があった。

 だけど、もしかしたら。
 そんな思いが胸に去来することもあった。
 もしそうだとしたら、全てのつじつまが合う。あいつが帰ってこないのも、連絡をよこさないのも。

 便りがないのは元気な証拠、とあいつの母親は言った。
 笑っていたけど、本当は心配していることはオレでもすぐわかった。


 シロガネ山は特別な管理のもとにあって、特別な許可がないと入ることはできない。
 たとえ元チャンピオンでも、ジムリーダーになっても。


  『テレビで えいがを やってる!
  おとこのこが よにん せんろのうえを あるいてる……』


 それは、何のために?


 オレは時々グレン島に行く。
 ちょうどあいつがシロガネ山へ向かったころ、大規模な火山の噴火があった。
 旅をしていたころ、オレも立ち寄った島だった。小さいけれど確かに町があった。
 しかし、今は全て溶岩の下だ。

 ここへ来ると、どうしようもなくセンチメンタルな気分になる。
 信じたくはないけれど、もしかしたら。
 この火山に埋もれた町と同じ色の名を持つあいつも、この町と同じく。


「見ろよこの有様……。火山がちょっと噴火したら町ひとつなくなっちまった。ポケモン勝負で勝った負けた言っても、自然の身震いひとつでオレたちは負けちまうんだ……」


 少し前、この島で1人のトレーナーと出会った。あいつによく似た瞳をした奴だった。
 その眼が懐かしくて、オレは自然とそんなことを話していた。

 そう、簡単に負けてしまう。
 たとえ伝説とまで呼ばれるあいつでも。


 それでも、オレは信じないようにしていた。
 オレが信じなければ、あいつは本当に消えてしまいそうな気がしたから。


 それからしばらくして、シロガネ山であいつを見た、という話を聞いた。
 話をしたのはグレン島で会ったあのトレーナー。オレもあの後戦ったが、思った通りあいつに似て強かった。

 だがしかし、そいつの話はオレの期待に反して不可解なものだった。


 シロガネ山の頂上で、そいつはあいつにあった。
 しかしそいつが勝負に勝った途端、あいつは目の前から消えてしまった、と。

 そしてそいつは最後に一言、つぶやくように付け加えた。

 それはまるで、幽霊のようだった、と。


  『テレビで えいがを やってる!
  おとこのこが よにん せんろのうえを あるいてる……』


 それは、何のために?

 ……死体を捜すために。


 話が広がり、噂はますます表立って話されるようになった。
 失意のうちに死んだあいつが、それでもなお強い相手との戦いを求め、幽霊となって現れたのだ、と。

 その噂を信じるか否か。当然オレがそんなもの信じるわけがない。
 だけど、もしかしたらあいつなら。もしかしたらあいつならあり得るんじゃないか。そんなことも少しだけ考えてしまう。

 それでもオレは、それを信じるわけにはいかない。


  『テレビで えいがを やってる!
  おとこのこが よにん せんろのうえを あるいてる……』



 オレたちが旅に出たあの日、テレビでは映画をやっていた。
 あの時のオレたちより少し年上の少年たち4人が、死体を捜して線路の上を歩いていく映画。


 オレはトキワシティのジムリーダーになった。
 ここはポケモンリーグの入口の町。
 そして、シロガネ山に最も近い町。


 オレとあいつは、ご近所同士で、幼馴染で、親友で、ライバル。
 それは今も変わらない。


 あいつが帰ってきた時に、真っ先に出迎えてやれるように。
 今もたったひとり、誰も入れないあの山で戦っているであろうあいつを。


 スタンド・バイ・ユー。
 オレがお前のそばにいる。





+++++++++The end




あとがき

金銀時代に流れた「レッド死亡説」を題材に。
(初出:2009/9/28 マサラのポケモン図書館)



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