ポケモンと人間の関係。
 この頃、それについて考えることが多くなった。




+++Re:ともしび。+++




 マイカは俺の双子の妹だ。
 どっちかって言うと冷めてるけど社交性のある俺とは反対で、マイカは優しいけど極端に人見知りをする奴だった。
 カノコの同い年は俺たちとチェレン、ベルだけだったけど、マイカはその2人ともあまり面識がなかった。 まあ、ほとんど家から出ないし、俺と母さん以外とは話をすることも皆無だったけど。

 さすがによろしくないと思ったのか、母さんはアララギ博士と相談して、マイカを旅に出すことにしたそうだ。ポケモンと一緒に冒険すれば、極端な人見知りも恥ずかしがりやな性格もよくなるんじゃないか、と。
 でも、マイカは筋金入りの内向的性格だから、俺の予想通り旅に出ることを拒否した。もちろん母さんたちもそれは予想していたらしく、旅立たせるためにいろいろ案を練ったらしい。
 それで、俺も旅に出ることになった。チェレンとベルも一緒だ。
 もちろん全員が常に一緒に行動するわけじゃないんだけど(ベルはともかく、負けず嫌いのチェレンは絶対俺より先に行きたがるだろうし)、それでも同じ町の同い年の子が一緒なら少しは安心だろう、と。
 母さんたちはそう思ったらしいけど、俺はそれでもマイカは旅になんか出ないだろうな、と思っていた。そして予想通り、マイカは頑なに旅立ちを拒否した。ポケモンは怖い、その上知らない人ばかりのところなんか恥ずかしくてとても行けない、とマイカは顔を真っ赤にして泣きながら言った。
 正直、俺は旅とかどうでもよかったし、マイカの性格も、ちょっと度は過ぎてると思うけどそんなに頑張って直すことでもないと思っていた。だから、マイカが旅に出ないなら俺が旅に出る積極的な理由もないし、旅には行かないつもりだった。

 のだけれど。

「ねえ、シアン君。やっぱり旅に出ない?」

 誘ってきたのはアララギ博士だった。
 マイカと一緒に、とか言うんじゃないですよね、と聞くと、マイカさんは無理にとは言わないわよ、と言ってきた。

「シアン君がポケモン達と仲良く旅をしているのを見れば、きっとマイカさんも旅をしてみたいって思うと思うの」
「どうですかね。博士もご存知でしょう。あいつの対人恐怖症は異常です。ポケモンに対してだって多分同じですよ」
「あら、そうかしら? わたしはそうは思わないわよ」
「?」
「ポケモンと付き合うことで、人は必ず変わるわ。その逆も然り。ま、ポケモンと触れ合うだけじゃなくて、ポケモン達と一緒にいろんなところへ行くのが何よりでしょうけどね」
「……」

 もちろん、そうか、とすぐに納得は出来なかったけど、俺はまだポケモンを手にしたことはないから反論はしなかった。
 ついでにこれも作ってほしいな、とポケモン図鑑まで渡されてしまったので、断るに断れなくなった。


 俺が旅に出る、と言うと、マイカは泣いて引き止めた。マイカの狭いコミュニティの中から、誰より一番繋がりの深かった人間がいなくなるのだから、寂しかったのだろう。旅立つその日まで、行かないで、と何度も言いに来た。
 そんなに寂しいなら他に友達でも作れ、と言いたくなったが、それが出来ないからこうなっているんだ、と思い直してやめた。
 マイカだって友達を作りたくないわけじゃない。作れないだけなんだ。

 旅立ちの朝には、俺がライブキャスターを持っていることを何百回と確認して、絶対に毎日連絡してね、と涙目で念を押した。これが彼女なら多少なりときめくところだが、残念ながら双子の妹なのでそんなことはない。
 こっちからかけなくても、多分毎日マイカからかけてくるだろうな、と考えていた。




 博士からのプレゼントボックスを開けてから、数カ月が経った。
 俺は久々にカノコタウンに戻ってきた。いつものパーティーと、もうひとつ余分にモンスターボールを持って。

 家に帰ると、早速マイカが出迎えてくれた。何ヶ月か直接顔を合わせていないだけなのに、ずいぶん変わったような気がした。旅に出る前はずっと一緒だったからだろうか。
 毎日ライブキャスターで連絡は取っていたけれど、 それでも積もる話は山ほどあった。旅に出ると、この小さな田舎町では絶対に体験できないことばかりだった。
 海にかかる巨大な橋と、天に届きそうなほど高いビルが並ぶ都会。
 迷子になりかけた大きな森。
 砂漠。博物館。跳ね橋。遊園地。
 そして何より、奇妙奇天烈で面白い、たくさんのポケモン達との出会い。

 俺が話すことを、マイカは目を輝かせて聞いていた。こいつは極端に内気なだけで、興味がないわけじゃないらしい。

「すごいね、本で見たものがいろいろあるんだ!」
「本で見た以外のものも山ほどあるぞ」
「シアンはどのくらいたくさんのポケモンと出会ったの? アララギ博士さんからもらったパイロープはまだ一緒?」
「もちろん。もうチャオブーに進化したよ」
「姿が変わっちゃったの? すごいなあ。ポケモンって面白いねぇ」

 楽しそうに話すマイカを見て、俺は持ってきたモンスターボールを取り出した。
 ボールを放ると、中からは頭に赤い花を付けた緑色のポケモンが現れた。突然現れた見知らぬ姿に、マイカは驚き怯えて机の下に隠れた。
 全然怖いことなんかないぞ、と俺はマイカに声をかけた。

「ドレディアのドレライト。マイカがポケモンに興味を持ったら貸そうと思ってたんだ」

 俺はドレライトの頭をそっとなでた。
 一応、俺なりにいろいろ考えて選んだ。爪や牙があったらマイカは怖がるだろう。小型のポケモンもいいけど、万が一、もし万が一マイカが旅に出るなんてことになったら、むしろ人に近い姿のポケモンのほうがやりやすいんじゃないだろうか。影に隠れられるし。まあドレディアじゃちょっと小さすぎるだろうけど。
 こいつなら性格も穏やかだし、マイカにはちょうどいいんじゃないか。何よりかわいいし。そう思って選んだ。
 マイカはテーブルクロスの端からちょこっと顔を出した。が、ドレライトと目が合って、顔を真っ赤にしてまた引っ込めた。しまった、人に近い姿だと余計に緊張するか、と少しだけ後悔した。
 しばらくすると、マイカがまた顔を出した。ドレライトはのんびりとしている。マイカが恐る恐るスカート(のような部分)に手を伸ばしても、全くお構いなしといった様子だった。
 マイカがようやく机の下から出てきた。

「かわいい……絵本のお姫様みたい……」

 そう言って、マイカはぎこちない様子でドレライトの頭を撫でて、笑った。



 万が一、もし万が一、のことが起こった。
 マイカが旅に出ると言い出した。
 旅に出る前の心配事のひとつだったポケモンへの不安怖が多少なり緩和されたからか、それとも俺の話からの好奇心が外へ出る恐怖に打ち勝ったのか。
 いずれにせよ、旅立つ前にアララギ博士に言われた通りになった。

 マイカが旅に出ると聞いて、母さんはそれこそ嬉しさで倒れるんじゃないかってくらい興奮した。泣くほど喜んで、旅立ちに備えて買ったらしいかばんやら俺とお揃いの帽子やらを取り出した。元トレーナーらしく、冒険に必要なものは全て揃っていた。
 念のためマイカに、俺は一緒には行かないぞ、と言っておいた。
 最初は興味なかったけど、だんだんと楽しくなってきたジム制覇をはじめとして、旅をする中で、博士に頼まれた図鑑以外にもやることがたくさんできてしまった。
 それに何より、俺の冒険は進みすぎていて、マイカにはとても着いていけないだろう。

 そう言うとマイカは、少し不安そうな顔をしながらも、大丈夫、ひとりで行くよ、と言って笑って見せた。
 俺の知らない間に、少し成長したみたいで、正直びっくりした。




 マイカが旅に出て、また少し時が流れた。
 ライブキャスターでの連絡は、相変わらずマイカが俺にかけてくる形で毎日続いていた。俺と違って特に仕事も目的もない旅をするマイカは、時に泣きそうな顔で連絡を入れてきた。
 ポケモンを強くするつもりもないし、リーグに挑戦するつもりもない。大人しくて優しい性格だから、バトルが出来ない。それでもポケモンを連れていると、無条件でバトルを挑まれる。いつどこで決まったルールなのか、トレーナーとしてポケモンを連れていればバトルをしなければならない。それに草むらに入れば否応なしにバトルしなければならない。
 幸い、渡したドレライトはかなり強いので、マイカが何も出来なくても大概は何とかしてくれる(もちろん、その意味も込めて選んだのだが)。
 それでも、戦うポケモンを見ると辛い気持ちになるのだそうだ。

「ねえシアン、どうしてポケモンはむちゃな戦いでも嫌がらずにやるの?」
「そりゃ、捕まえたポケモンなら言うことを聞いてくれるさ」
「どうして?」
「どうしてって……」

 チェレンやベルや博士は、ポケモンと人間の間には絆があるから、と言っていたが、きっとマイカは納得しないだろう。
 あいつは優しい奴だから、自分が一切傷つかないバトルなんて辛すぎるんだろう。
 ちなみに俺はというと、ポケモンは元々強い闘争本能を持っていて、ボールに入れる、すなわち人間の支配下になれば、より効率よく、より高い確率で勝てるからじゃないか……なんて、他の奴らが聞いたら怒り出すか呆れるようなことを考えていたが。




 またしばらくして、マイカからボールがひとつ送られてきた。旅立つ前に渡した、あのドレライトだった。
 俺は驚いてマイカに連絡をとった。ポケモンがいないと辛いんじゃないか、ドレライトがいなくて大丈夫なのか、と。
 するとマイカは、びっくりするほど、本当にびっくりするほどいい笑顔で、これまで見たことないほどの満開の笑顔で、俺に言った。

「大好きな、とっても仲良しなポケモンが出来たの!!」

 こんなにかわいい顔が出来たのか、って思った。
 双子の妹だけど、ちょっとだけときめいた。

 それにしても、あの天然記念物級に内向的なマイカと仲良くなるとは、一体どんなポケモンなんだろうか。


 それからというもの、マイカからの連絡が不定期になった。それほど、仲良くなったポケモンと一緒にいるのが楽しいのだろう。
 こっちから連絡を入れれば出るけど、旅に出る前に泣いてお願いしてきた毎日の連絡が来ない。
 初めは少し心配したけど、それでも連絡を入れると必ず輝くような笑顔で出るから、次第に慣れた。

 ただ気になるのは、連絡のたび、マイカがせき込んでいるような様子を見せることだった。

 初めは風邪でも引いたのか、と思った。でも、どれだけたってもよくならない。むしろ悪化しているような気がする。顔色もどことなく悪い。
 とにかく会ってみよう、と思って、俺はライモン遊園地の観覧車にマイカを誘った。人目を気にするマイカと話すには、狭い個室が一番いいことは経験からわかっている。


 観覧車の前で待っていると、遠くにマイカの姿が見えた。まだ30センチくらいの人影を見て、俺は慌てて駆け寄った。
 足元がふらふらとおぼつかない様子だった。額から脂汗が流れていて、顔色も青く、息切れもしている。
 明らかに普通の様子じゃない。
 それでも、マイカは俺を見るとかわいらしい笑顔を浮かべた。
 傍らには、小さなろうそく……ヒトモシがいた。

 2人乗り限定の観覧車に乗ると、マイカは楽しそうにこれまでのことをしゃべり始めた。
 タワーオブヘブンの片隅で、マイカの傍らにいるヒトモシ(ゼオライトというらしい)と出会ったこと。
 いつも人目を避けるようにしているマイカと似て、塔の隅っこで震えていたとか。
 お互いに何か通じるものがあったのか、すぐに仲良くなったらしい。一目ぼれ……とでも言うのだろうか。こういうのを。
 そんなことを、溢れんばかりの笑顔で、時々せき込みながらマイカは語った。

 何か引っかかることがあったのだけれど、マイカがあまりにも楽しそうにしゃべるから、何も言えなかった。



 マイカと別れて、俺はヒトモシについて調べ始めた。
 図鑑やら何やらを調べていくうちに、俺は身体の震えが止まらなくなっていた。

 ヒトモシは、人やポケモンの生命力を吸い取る。
 頭に灯る炎は、その吸い取った生命力を燃やしているもの。

 あくまでも言い伝え、とは書いてあったけど、マイカの様子を見ると、それが作り話だ、とは言えなかった。
 マイカは明らかに弱っている。
 俺はすぐ、マイカに連絡を取った。


 マイカは、俺と会った時より更に弱っている様子だった。それでも、俺と通信する時は笑顔を見せた。
 でも、その笑顔も、以前よりずっと弱弱しくなっているのがわかった。

「どうしたの? シアン」
「マイカ、お前のヒトモシなんだが……」
「ぜ、ゼオ君がどうしたの?」

 ほんの一瞬、マイカの表情がこわばった。それでわかった。
 マイカは、自分が弱っている原因をわかってる。

「マイカ、ヒトモシをボールに入れたほうがいい」

 そう言った瞬間、マイカの顔が凍りついた。

「お前もわかってるだろ? そのままずっとそばに置いとくと、命に関わるぞ」
「……んで……」
「ん?」

 ライブキャスターの中のマイカが、キッとこっちをにらんできた。生まれついての内気で穏やかなマイカの怒った顔を、生まれた時から一緒の俺も初めて見た。

「何でそんなこと言うの? 私はゼオ君と一緒にいたいのに、何でわかってくれないの?」
「な、何言ってるんだ? ボールに入れてても、お前……」
「違うよ! 全然違う!! 私はゼオ君を戦わせたりしない! 閉じ込めたりしない! ひとりにしたりしない!!」

 呆気に取られていると、マイカは両目からぼろぼろ涙を流しながら叫んだ。

「シアンなんて、大っ嫌い!!」

 ぶつっ、と乱暴な音を立てて、通信が切断された。



 それがマイカの、俺に向けた最期の言葉になった。



 俺はすぐにマイカを探してイッシュ中を飛び回った。


 2日後、タワーオブヘブンの頂上で、冷たくなったマイカを見つけた。


 傍らには、火の消えた小さなヒトモシが転がっていた。




+++




 アララギは楽屋で新聞を読んでいた。
 一面のトップには、若い研究者の写された大きな写真付きの記事。大きな白抜き文字の見出しが躍っていた。


『最年少での受賞が決定 〜ニシノモリ賞 驚きと称賛の嵐〜

 今年度のニシノモリ賞に、イッシュ地方出身のオブシディアン・バサルト・スミス博士(27)が選ばれた。
 ポケモン研究で最も権威ある賞として名高い同賞の受賞者の歴史で最年少となる、27歳4カ月での受賞となった。
 博士号を取得して間もない快挙に、各地で驚きと称賛の声が…………』


 昔、自分自身も獲得したことのある賞だ。この地方出身の受賞者はそれ以来のことだ。
 思い返すと、自分が受賞した時も相当に若かった。そして今回の受賞。他の地方からはイッシュは優れた若い研究者が多いようだと称賛されているようだ。
 アララギは何度もその記事を読み返しては、幸せそうに微笑んだ。

 こんこん、とノックの音が聞こえた。アララギは新聞を畳んで机の上に置き、立ちあがった。
 黒いスーツに、真っ白な白衣。新聞の一面に載っていた写真の中にいたのと同じ顔。

「受賞おめでとうございます、スミス博士」
「ありがとうございます、アララギ博士」

 アララギが差し出した右手を、若い研究者は両手で握る。
 ふふっ、と笑って、アララギは言った。

「さて……堅苦しいのはここまでにしましょうか。ねえ、シアン君?」

 オブシディアン……シアンは笑ってうなずいた。


「本当に感慨深いわ。あのシアン君がこんな大舞台に立つなんて」
「自分でもびっくりしてます」
「受賞記念の講演会、緊張してるんじゃない? 私なんかガッチガチだったわよ」
「……不思議と、落ち着いてるんです」
「あら、大物ね」

 アララギは紅茶を差し出した。いただきます、とシアンは頭を下げた。

「びっくりしたわよ。突然『ポケモンの研究者になりたい』なんて言い出すんだもの」
「博士のおかげです。旅に出なければ、こんなこと考えることなんて絶対にありませんでした」
「そうね。シアン君も旅に出て随分変わったもの」
「そうですか。少しはかわいげのある人間になっていたらいいんですが」

 うーん、あんまりかわいくはないかな? とアララギは笑った。シアンも笑った。

「『生物学的観点におけるゴーストポケモンの分類』だったっけ? 受賞した研究」
「ええ、そうです」
「今日の講演会はその話をしてくれるのかしら?」
「いえ……今日は違う話をします。一般の方もたくさんいますし、難しい話はしません」

 へえ、と言ってアララギは目を細めた。
 トレーナーとして旅立ち、この地方の頂点に立つかというほどの実力を備えていた。そんな少年が、突然故郷へ戻ってきて「研究者になりたい」と言い出したのは、もう13年も前のことだっただろうか。
 元々頭はいい子供だったものの、どこか冷めている、ある種の悟りでも開いているかのようなところがあった。礼儀はいいし、妹と違ってコミュニケーションの力はあったものの、他人と深く関わりを持とうとはしない。子供らしくない、ドライな関係を好む子だった。
 旅に出てほしいと思ったのは、この子のためでもあったのだ。旅を通してポケモンと触れ合うことで、少しでも相手の心に踏み込める人間になってほしい。そんな願いがあった。
 アララギもかつてはバックパッカーとして各地を旅し、今は研究者としてポケモンと関わる身。ポケモンと一緒にいることでどれだけ影響を与えられるか、自分自身でよくわかっている。

 そんな彼が、自分と同じ研究者の道を選び、遠い地の大学へと進み、大学院を卒業するなりこの快挙。どれほど嬉しかったことだろう。
 アララギはまた微笑んで、紅茶のカップを机に置いた。

「……妹さんには、もう報告したの?」
「はい。もちろん真っ先に。ここにいられるのはマイカのおかげですから」

 シアンは懐から、写真を1枚取り出した。まだ幼かったころの、シアンとマイカが写っていた。
 マイカが旅に出る直前に2人で撮ったんです、とシアンは言った。


「最初は、悲しみと同じくらい憤りを感じていました。僕の言う通りにしていれば、ボールに納めていれば、マイカは絶対に死なずに済んだ。それなのに、あんなに頑なにボールに入れるのを拒否するなんて、馬鹿げているとしか思えませんでした」

 だけど、と言って言葉を切り、シアンは紅茶をすすった。

「……どんなに気持ちが繋がっていると主張しようとも、ボールの介在によって半ば強制的に支配・被支配の構図は出来上がります。いかに人間同士の『友達』に近い関係になろうとも、直接触れ合えるのは人間がポケモンをボールから出した時だけです」
「マイカさんは……それを嫌がったのね?」
「はい。ただ単にバトルが嫌い、というだけでなく、マイカはポケモンと対等な関係になりたかったんです。彼女にとってのポケモンとは、優劣のない、ごく自然に付き合える相手」
「町を出る前の、シアン君のような相手ね」

 そうですね、と言い、シアンはうつむいた。
 その両目尻にキラキラと光るものを見て、アララギはシアンの頭をそっとなでた。
 もう子供じゃありませんよ、とシアンは苦笑いを浮かべて言った。

「シアン君とマイカさんのお母さんも、もちろん私も、人間ポケモン関係なく、マイカさんにそんな相手ができることを望んでいたわ。そしてその願いどおり、マイカさんは『一目惚れ』した相手を見つけた」
「そうです。……ただ残念だった、とにかく残念だったのは……マイカの望む付き合い方では、ふたりが共に生きることは絶対に出来なかったことです」
「本当に……そうね」

 それはただ単に、ヒトモシに限ったことではない。
 マグマと同じ体温を持つもの。氷点下の冷気を身にまとったもの。体の表面に猛毒を持つもの。ポケモンには様々な理由で、人と直接触れ合えないものがいる。
 暴れ出すと手に負えないもの。国ひとつを滅ぼす力を持っているもの。力が強すぎて、対等な付き合いが困難なポケモンもいる。
 そんなポケモンたちと人間が今こうやって仲良く暮らしているのは、間違いなくモンスターボールというものの存在があるからだろう。
 ポケモンをボールに入れることに抵抗を覚える人は意外と多い。バトルを嫌う人はもっと多い。ボールを手にすると、誰もが少なからず、ポケモンを隷属させている気分になる。

 しかし、そばにいれば体が燃える、手をつなげば全身が凍る、抱きしめれば猛毒に冒されるとわかっていながら、それを実践できるだろうか。
 愛があれば大丈夫、と言う人もいるが、それで命を捨てて、本当に満足できるだろうか。相手が喜ぶだろうか。

 アララギはシアンの頭から手を離した。すみません、とシアンは少し照れたような表情で言った。

「幼かったんです。僕も、マイカも。マイカはそのことを理解しようとしなかったし、僕はマイカの気持ちを頑なに理解しようとしなかった。マイカはあまりにも情熱的すぎて、僕はあまりにも冷めすぎていた」
「でも……今の世論では、あなたの意見の方が優先じゃないかしら?」
「……ヒトモシ……」

 シアンは小さな声でつぶやいた。

「マイカのそばに、火の消えたヒトモシがいたんです。ゼオライト、ってマイカは呼んでいました。臆病な性格で……マイカに似ていました」
「一緒に……亡くなったの?」
「はい。マイカの顔のすぐそばで、本当に寄りそうように。生き物のいないタワーオブヘブンの頂上じゃ、生命力を吸えないヒトモシは長くは生きられない。ボールに入れているわけでもないから、どこでも自由に行ける。タワーの中へ行くなり、人里へ行くなり、方法はいくらでもあった」
「それなのに……その子はそこにいた」
「はい。僕はポケモンの言葉はわかりませんし、考えていることもわかりません。だけどそのヒトモシは、マイカのことが大好きだった。マイカのことを愛していた。僕は……そう思います」
「……そうね……」

 互いへの依存だったのだろうか。
 それとも幼い恋心、だったのだろうか。
 今となってはもうわからないが、はっきりしていることはあった。


 お互いには、お互いが必要だった。

 必要だったからこそ、共に生きられなかった。



 掛け時計が鳴った。
 時間ですね、と言ってシアンは立ちあがった。

 いってらっしゃい、とアララギは若い研究者に手を振った。





+++++++++The end




あとがき
自宅のブラック主人公とホワイト主人公をモデルにしつつ……って言うと主人公ズに後ろから刺されそうな気がする。

ヒトモシの図鑑説明が怖いながらも切ない。
大好きなトレーナーとずっと一緒にいることはできないんだな、と思うと。
それにしてもヒトモシかわいい。

出てこなかったマイカのフルネームは「マイカ・グラナイト・スミス」。
本当のファーストネームは「マスコバイト」……という裏設定。
(初出:2010/12/9 マサラのポケモン図書館)



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