果てしなく暗い、闇の世界。 それがわたしの住む世界。 この世はいつしかこう呼ばれるようになっていた。 闇しかない世界、『闇世』、と。 Chapter―1:時の護役 闇に飲み込まれる前のこの世界は、今では考えられないほど美しかったという。 空は青く澄み渡り、その中に白く燃える太陽があり、世界中を明るく照らす。 大地には瑞々しい緑の草花が生い茂り、大気中を吹き抜ける風が優しく梢を撫でる。 そこに住む者たちはみな希望に溢れ、世界中が活気に満ちている。 わたしたちにとっては、想像することも困難なほど美しい世界。 しかし今はもう、何もない。 全ては言い伝えの中だけのものになってしまった。 闇を消し去る存在である太陽は昇らなくなって久しく、漆黒の空には星の光すらない。 大気は肌を刺すように冷たく、僅かな風すらも吹くことはない。 灰色の木の葉から零れ落ちた滴は、鈍色の大地に落ちることなく空中に止まっている。 世界中が黒と灰色で、色らしい色といえばこの世界に住まうものたちの身体を彩るものだけだ。 何もかもが進むことをやめ、ただ静寂だけが流れている。 今、この星の時間は停止し、世界中の全てが闇に包まれている。 世界がこのような闇に包まれたのは、一体いつからのことだろうか。詳しいことはもう誰も知らない。無論、わたしもだ。 しかし、原因はわかっている。この世界に住む誰もが知っている。 黒い空を見やると、上空に崩れた塔を見ることが出来る。かつて『時限の塔』と呼ばれていたものだ。 この世界がまだ光で満ち溢れていた頃、あの塔の頂上には時を司る神、ディアルガ様がいらっしゃって、世界の『時』を管理していたという。 だが今は塔は崩れ、その足元を僅かに残すばかり。 塔が崩れた原因はわからないが、時が止まったのはそのせいだ。 そして肝心のディアルガ様は、この世界と同様に闇に飲み込まれ、正気を失っていらっしゃる。 時は止まり、この世界の闇が晴れることはない。 世界の状況はまさしく絶望的だ。 だから、この状況を打破しようとするものがいるのは当然のことだ。 わたしもそう思う。この世界を、過去のような美しい世界に変えることが出来れば、と。 よく誤解されるが、わたしがゴーストタイプだからといって、必ずしも『闇世』を好むわけではない。光が恋しい時だって当然ある。 正直、この世界にはわたしもうんざりしているのだ。これまたゴーストが言うとおかしな台詞に聞こえるかもしれないが、ここに住まう者たちには生気がない。生きる目的を失っている者たちの何と多いことか。心は歪み、世界には悪が横行している。 多くの者たちがこの世界を変えようとしている。わたしも含め。 そう、何も手がないわけではない。方法は2つある。 まず1つ目は、過去――世界が闇に飲み込まれるよりも前――へ行き、『時限の塔』の破壊を食い止めることだ。『時限の塔』が破壊されなければ、時が止まることはなく、世界が闇に包まれることもない。過去へ戻るには、ディアルガ様やセレビィといった伝説と呼ばれる者の力を借りなければならないが、それでも不可能なことではないし、最も確実な方法といえることは確かだ。 しかし、この方法には1つの欠点――それも致命的な――がある。 それは一般に『タイム・パラドックス』と呼ばれている現象だ。 わたしたちのこの世界は、『時限の塔』が崩れ、時が破壊された、という前提のもとで成り立っている。 過去が変えられ、その前提が消滅してしまう、すなわちこの世界の根底を支えるものがなくなってしまうと、この世界は存在ごと全て消えてしまう。 世界が消えるということは、その世界に存在していた全てのものが消えるということ。 この世界は闇に包まれているが、それでも多くの者が生活している。 その全ての命が、存在ごと消されてしまうのだ。 何の関わりもない者たちが。たまたまこの世界に生きていた、ただそれだけで。 これを『罪』と呼ばずして何と呼ぼう。 そう、この方法だけは、決して行ってはならないものだ。 そして、2つ目の方法。 今は正気を失っていらっしゃるディアルガ様――世間では『闇のディアルガ』と呼ばれている――の正気を取り戻させること。そうすれば『時限の塔』を再建することができ、世界の時はまた動き始める。 時が動けば当然闇も晴れる。『タイム・パラドックス』というあまりに大きなリスクを伴うこともなく。 確かに、この方法が成功する可能性は極めて低い。限りなくゼロに近いだろう。この世界とディアルガ様を飲み込んでいる『闇』が生まれた原因……すなわち、時限の塔が崩れたその原因がわたしたちにはわからないのだから。 それでも、これがリスクを伴わない、残された唯一の方法だ。大きな罪を犯すことなくこの世界を変えられる可能性が僅かでもあるのなら、わたしはそれに賭けるべきだと思う。 だからわたしは、ディアルガ様にお仕えしている。 いつの日か正気を取り戻される、その日まで。 先程も言ったが、わたしの他にもこの世界を変えようとする者たちは大勢いる。 だがしかし、その者たち全てが、決して行ってはならない安易な方法を取ろうとする。 その者たちは、自分の身を犠牲にする覚悟が出来ているのは確かだが、世界の消滅によって何が起こるのかをきちんと把握しているものは誰もいない。 自分たちだけが消えるのならそれは結構だが、大勢のものを巻き込むことは許さない。 だからこそ、太古から歴史を変えることは『罪』とされているのだ。 わたしはそれが許せなかった。わたしの『正義』がそれを許さなかった。 だからわたしは、歴史を変えようとする者たちを裁くという任務を負った。 わたしにしかできない。『罪』を理解しているわたしにしか。 そう、わたしにしか出来ない。今、時の流れを護ることは。 わたしは歴史を変えようとする『犯罪者』たちを次々と捕らえた。 ディアルガ様はおっしゃった。 歴史を変えようとするものは、消すのみ。 こういう手合いは、過去に戻ろうとした時点で自分の命を捨てる覚悟は持っている。 だから自分たちの罪を認めようともしないし、考え方を改めようともしない。 果たして、ディアルガ様のおっしゃるとおりだった。 捕らえた者たちは、わたしの話に全く耳を貸さず、逃した所で再び過去に戻ろうとする。 わたしがどれだけ、歴史を変えようとすることの愚かさを訴えても。 わたしがどれだけ、可能性は低いにしろ、他の者を巻き込まない方法を伝えても。 消すしかなかった。 わたしの正義を貫くためには。わたしの思い描く理想の方法を成功に導くためには。 この世界に住む者たちの中で、わたしのことを知らないものはもうほとんどいない。 そしていつからかわたしは、歴史を変えようとする者たちからこう呼ばれるようになった。 『闇のディアルガの刺客』……『処刑者』、と。 彼らがわたしを何と呼ぼうと構わない。 しかし、わたしは自分の任務に誇りを持っている。 わたしは自分の『正義』に従っている。それに背いたことなど一度たりともない。 ディアルガ様が正気を失われている今、時の流れを護ることが出来るのはわたしだけだ。 わたしは時の流れを護っている。 過去を変えることは、歴史に手を出すことは、わたしが許さない。 だからわたしは、自分のことをこう呼んでいる。 わたしはヨノワール。『時の護役』だ。 To be continued…… |