計画通りに物事は進んでいるのに。 心配することなど何もないというのに。 奇妙な心地がしていた。 やりきれない思いが溜まっていた。 Chapter―6:正義 「お待たせいたしました。ディアルガ様……。少し苦労はしましたが……ようやく……捕まえることが出来ました」 彼らを捕らえたことを、ディアルガ様に報告する。 ディアルガ様は低い唸り声をあげる。長年お仕えしているので、ディアルガ様が何を言いたいのか、それだけで大体分かる。最も、言うことはほとんど同じ、ということもあるが。 「……十分心得ております。歴史を変えようとするものは……消すのみ。すぐに排除します」 再び、ディアルガ様が低く唸る。それを聞き、わたしは反射的に冷や汗をかいた。 これ以上、手間取ることは許されない。次は、消される。……わたしが。 「……わかりました。必ず……。では」 わたしはそれだけ言い、ディアルガ様の前から退出した。 わたしは少年たちを閉じ込めている牢屋へ行った。 中をのぞくと、少年たちはまだ床に倒れていた。わたしは腕を組んだ。 すぐに排除します、とは言ったものの、少年たちはまだ目を覚ましていない。 わたしは規律に則って刑を執行している。意識のない相手を処刑するのはルール違反だ。 さて、彼らが目を覚ますまでの間、どうするか。 わたしはふと思い立ち、処刑場へ向かった。 処刑場の中では、ヤミラミ達が鉤爪を研いで処刑に備えていた。わたしが入ると、ヤミラミ達は立ちあがり、一礼して処刑場を出た。 中央に立っている3本の柱の一番左側に、すでにくくりつけられている者がいた。ジュプトルだ。 わたしがそばによると、ジュプトルはきつい眼でわたしをにらんできた。 準備はヤミラミ達に任せておいたのだが、ジュプトルをくくりつけているロープはいささか巻きすぎのような気がした。直径がジュプトルの体の3倍ほどに膨れ上がっている。過去から連れてきた時の口縄もそのままだ。 いつも思うことだが、ヤミラミ達、命令はきちんと聞くものの仕事が少々ずさんだ。困ったものだな。 わたしはジュプトルの口縄をほどき、腕を組んでジュプトルを見た。 「終わったな、ジュプトル」 「うるせぇよ、『処刑者』」 『処刑者』……そう呼ばれるのも随分と久しぶりな気がした。 「ジュプトル、今までよく逃げた。称賛に値する」 「そりゃどうも。お褒めにあずかりまして」 少し皮肉って言ってやると、ジュプトルも皮肉を返してきた。なかなかやるな、と少し笑ってやった。 「しかし、追いかけっこはもう終わりだ。残念だな」 「……」 わたしがそう言うと、ジュプトルはふい、とそっぽを向いた。 静寂が流れる。わたしもジュプトルも口を開かない。 元々仲良く話をするような関係ではない。そうなるのも当然のことだ。 この男はわたしのことを嫌っている。理由は単純。敵だから、嫌い。ただそれだけのこと。 しかしわたしはこの男が嫌いではない。ただ、わたしとこの男は目的が明確に違う、それだけのことだ。 「ジュプトル、お前に聞いておきたいことがある。なぜその道を選んだ?」 わたしはふとジュプトルに問うた。ジュプトルはちらりとわたしをにらんだが、すぐに目線を戻した。 「今更だな。わかりきったことを聞くな」 「……そう、か」 わかりきったこと。そう、その通りだ。 真っ直ぐで、強情。この男は初めて会ったときから何一つ変わっていない。 ……いや、変わっていないのはわたしも同じか。 歴史を変えようとするジュプトル。 歴史を変えさせまいとするわたし。 その構図は至極単純。そしてどことなく似通っている。 わたしは以前から少し考えていたことを言ってみた。 「……ジュプトル。共に動かないか」 「……何だって?」 「このようなことはもうやめて、わたしと共に行動しないか、と言っている」 直感的に、だが。もしもこの男が私と同じことを考えていさえすれば、と思うことがよくあった。 考え方が同じなら、目指す方向性がそろっていれば、と思うことが。 その『考え方』を一致させることが、何より難しいということは理解していたのだが。 「……ハッ、馬鹿げた提案だな」 予想通り、ジュプトルは即座に拒否した。わたしはやれやれ、と軽くため息をついた。 「頑なな奴だな」 「オレが消えるのを恐れてると思ってるなら大違いだ。オレはいつでもその覚悟は出来てる」 「……相変わらず、お前は何も分かっていないな」 「わかってないのは貴様の方だろ、ヨノワール」 ジュプトルがわたしを睨みつけながら言った。 「オレは使命を負ってる。歴史を変え、この世界を輝きに満ちたものにしようとしてる。お前みたいに、こんな世界を護ろうなんて考えがオレは理解できない」 「……」 『時の護役』をしていて、何度も痛感したことがある。 歴史を変えようとする者たち……このジュプトルのような連中は皆、わたしの話を聞こうとしない。 自分のやろうとすることが正しいと思って疑わないから。わたしの話は彼らにとって都合の悪いものでしかないのだから。 純粋すぎるほど、単純。自分の考えだけが正しいと思っている。 ……まあ、それはわたしだって同じかもしれないが。 「オレはこの世界が嫌いだ」 わたしは『闇世』が好きではない。 「だからオレは歴史を変え、この世界を変える。この世界に光を取り戻す」 わたしはこの世界を護りながら、光を取り戻す方法を必死で探している。 「そのために犠牲になるのなら、オレはそれでも構わない」 消えるのは勝手だが、この世界のすべてを巻き込むことは許さない。 「オレは俺の使命を果たす。オレのやってることは間違ってなんかない」 「ヨノワール、貴様は『悪』だ」 思考が一瞬で、停止した。 激しい憤りが、わたしの心の堤防を一瞬で決壊させた。 「……てみろ……もう一度言ってみろ!!」 「何度でも言ってやるさ! オレは『正義』だ! お前は『悪』だ!!」 「……っ!!」 ジュプトルも負けじと語気を荒げて噛みついてくる。 どかっ、と鈍く重い音が処刑場に響いた。 わたしは怒りで震えるこぶしを、ジュプトルのくくりつけられている柱にぶつけた。 ジュプトルはひるんだ様子もなく、わたしをにらみつけてくる。 騒ぎを聞きつけ、ヤミラミ達が急いで処刑場に戻ってきた。 わたしはジュプトルと激しくにらみ合ったまま、柱から離れた。 「……処刑は予定通り執り行う」 わたしはもう一度強くジュプトルをにらみつけ、処刑場に背を向けた。 ヤミラミたちが戸惑い、騒ぐ声が聞こえる。 背中にはジュプトルからの鋭い視線を感じていた。 何も分かっていない。何も分かっていない。何も分かっていない!! この世界を消そうとしている連中に、すべてを無に帰そうとしている連中に、自分たちのやろうとしていることを理解していない連中に、何がわかるというのだ!! わたしが『悪』だと? 冗談じゃない!! お前たちのやろうとしていたことこそが間違っているのではないか!! お前たちのどこが正義だ! どこが正しいというのだ!! わたしは『正義』だ。 わたしが『正義』だ!! To be continued…… |