少年たちが目覚め、ヤミラミ達が処刑場へ連れて行った。 計画は順調だ。何の問題もない。 だが、これは一体何だろうか。 馬鹿に冷静な心の中で、しかしどうしてかわたしを駆り立てる、そして全てを理解しているかのようなこの妙な心情は。 Chapter―7:不安 準備が完了したという連絡を受け、わたしは再び処刑場へ向かった。 ジュプトル、元人間のチコリータの少年、そのパートナーであるポッチャマの少年が順に並んで縛られている。 しかしこのロープはやはり巻きすぎだろう。相変わらずヤミラミ達は仕事が少々ずさんだ。 場に現れたわたしの姿を見て、少年たちが騒ぎたてる。わたしはそれが聞こえていないふりをした。 今更無駄な感情はいらない。あくまでも冷徹に任務を遂行すればよい。 「ではヤミラミ達よ。これから3匹の処刑を始める」 わたしが告げると、ヤミラミ達は目と鉤爪を光らせ、興奮しているように騒ぎ立てた。 逆に少年たちは静まり返った。抵抗を諦めたのだろうか。 いや、彼らはともかく、ジュプトルは絶対にまだあきらめてはいないはずだ。 奴の諦めの悪さはわたしが誰よりも知っている。長年追い続けてきたのだから。 静かになったように見えるが、大方ジュプトルと何やら作戦を立てているのだろう。 いいだろう。受けて立とうじゃないか。 「では……始めろ!」 わたしの号令と共に、ヤミラミ達が彼らに襲いかかる。 鉤爪が空気を切り裂く音が響く。彼らを縛る縄の繊維が宙に舞う。 刹那――。 彼らは突然、ヤミラミ達に攻撃を繰り出してきた。予想だにしない事態に、無防備だったヤミラミ達は弾き飛ばされた。 わたしも一瞬何が起きたのかわからなかった。しかし間もなく理解した。 彼らは待っていたのだ。ヤミラミ達の『みだれひっかき』が、彼らを幾重にも縛る綱を緩めるその瞬間を。 一瞬タイミングを誤ればそのまま命を落とす。この状況で何という賭けをするのだろうか。わたしは心の中で素直に感心した。 だがしかし、これだけでは逃げることなど不可能だ。 わたしがそう思うことを理解していたのか、ジュプトルはわたしに向かって微かに不敵な笑みを浮かべ、どこからか1つのふしぎだまを取り出し、地面に叩きつけた。 一瞬にして、辺りが激しい光に包まれた。あまりの光量に視力を奪われ、ヤミラミ達はみな驚き騒いだ。 「うろたえるな! ただの『ひかりのたま』だ! すぐに元に戻るッ!」 統率を失ったヤミラミ達に向かってわたしは大声を張り上げた。わたし自身も視力を奪われるほど強い光。 しかし所詮はふしぎだまの効果。永遠には続かない。 それにしてもなぜ『ひかりのたま』を……? 光が止み、失った視力も回復してきた。 しかし戻った視界の中に、すでに彼らの姿はなかった。 「し、しまった! ジュプトルめ! 『ひかりのたま』のフラッシュのみ利用してこの場から逃げたな!」 なるほど、考えたな。『ひかりのたま』をこのような用途で使うとは、さすがとしか言いようがない。 『闇世』に住む者たちは強い光を見慣れない。だからその効果はより強大だ。 「逃がすものか! 行くぞ!」 わたしはヤミラミ達に呼びかけた。ヤミラミ達はそろって返事をし、刑場を出るわたしの後ろをついて来た。 だがしかし、ジュプトルには1つ大きな誤算がある。 それは、わたしが長年奴を追い続けてきたということだ。 奴の思考、逃走時の行動パターン、そして覚えている技はもう手に取るように分かる。 あいつは『ひかりのたま』の効果があるほんのわずかな時間で、この広い処刑場からの脱走を試みるほど大胆な奴ではない。その上今は奴ほど素早さのない少年たちも一緒だ。 しかし奴は『あなをほる』を覚えている。恐らく今、奴は処刑場の地面の下に身を潜めているはずだ。 そしてわたしたちが彼らを「追いかける」のを確認した後、悠々と脱走を行うのだろう。 そして彼らが向かうところは分かっている。 『黒の森』でセレビィと落ち合い、そして『森の高台』から『時の回廊』を使って再び過去へ向かう。 こちらにとってはむしろ好都合。セレビィも捕まえられる可能性まで浮上してくる。 処刑前感じていた、不思議な心情の正体がようやくわかった。 妙に冷静だったのは、ここではまだ彼らを始末することはできないとわかっていたから。 何かに駆り立てられるようだったのは、彼らを追わなければならないと逸る気持ちがあったから。 そしてわたしはあの時すでに、どこかでそれらを全て理解していたから。 ヤミラミ達の中でも特に隠密な行動が得意なものを指名し、奴らの後を尾行させた。 ひとまずは連絡を待つことにして、わたしはディアルガ様の元へ向かった。 ディアルガ様はたいそうご立腹のようだった。捕らえるのを長年お待たせした上に、事実上刑の実行の失敗、犯罪者の逃走。お怒りになるのも無理はない。 わたしの心は不思議と落ち着いていたのだが、しかし内心汗だくだった。 怒りの矛先は彼らだけではない。すでにわたしに向きかけている。 わたしは冷静に、努めて冷静に言った。 「ディアルガ様。あの者たちを捕らえる手はずは全て整っております。そして時が来たら……ディアルガ様のお力も必要になるかと……」 すでに尾行をつけている事実。セレビィも捕まえられる可能性の示唆。 それらを含ませながらわたしが言うと、ディアルガ様の怒りも多少は収まったようだった。 「……かしこまりました。では予定通りに」 予定通り。 そう、これは予定通り。 わたしが思い描いていた通りのシナリオ、のはずだ。 尾行に付けたヤミラミの連絡を待ちながら、わたしは不思議と、心を覆い尽くしていた平静さが徐々に蝕まれていくのを感じていた。 ざわざわと心の中で不気味に蠢く『不安』の心情。 少年たちは、ジュプトルが未来に来た理由を聞いただろうか。 今はもう、彼を信じるようになっているのだろうか。 そして、ジュプトルと少年は、互いの関係に気づいたのだろうか。 考えれば考えるほど、心は平静さを失い、不安が感情を覆い尽くす。 連絡が入った。ジュプトル達とセレビィが接触したらしい。 わたしはディアルガ様を伴い、ヤミラミ達を連れ、『森の高台』へ向かった。 わからない。何がわたしをこんなに不安にさせる。 不安にさせる要素など何もないはずだ。 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。 しかしなぜだろう。 キモチ、ワル、イ。 『森の高台』についたその時、4つの影が見えた。 ジュプトルに少年たち、そしてセレビィ。 狙い通り、全員一緒にいる。わたしは大声を張り上げた。 「待てッ! そこまでだッ!」 それを合図に、ヤミラミ達が素早く彼らを取り囲む。 突然現れたわたしたちの姿に、少年たちは驚いた様子を見せる。 しかし唯一、ジュプトルだけはまだ若干の余裕がある表情を見せていた。 「フン。そういうことかヨノワール。オレたちをわざと泳がせて……セレビィまで捕らえたかったってことか……」 彼もわたしと条件は同等。わたしが彼の行動を予測できるように、彼もわたしの行動を理解できる。 彼らは攻撃の態勢をとった。わたしがお前たちに勝ち目はないと言っても聞く耳を持たない。 「ジュプトル、ここに来たのはわたしだけだと思ってるのか?」 わたしは余裕を持って言った。 念のため、ディアルガ様に来ていただいてよかった。無駄な行動を起こさせないためには、圧倒的な力の差を示せばいい。 その姿を見て、さしものジュプトルもようやく『諦め』を感じたようだった。 「どうしたジュプトル。お前にしてはやけに諦めが早いな」 わたしは皮肉を込めて言った。 ジュプトルはほんの一瞬だけ不快そうな表情を浮かべたが、しかしふてぶてしく笑って見せた。 「まあな。確かにオレはあきらめたが……しかし……まだ希望はある。セレビィも知っていると思うが……あの時……星の停止を食い止めるため過去に行ったのは……オレだけじゃない。もう1人いる」 「…………」 言葉の意味は一瞬で理解できた。 しかしそれが示す意味を悟るのに、自分でも驚くほどの時間を要した。 「フフッ、フフフフフ……」 心を覆っていた不安の感情が、不思議と急激に色褪せていった。 笑いがこみあげてきた。それはどちらかというと彼らに向けてのものというより、妙な不安感を抱いていた自分に対する自嘲的な意味合いが強かった。 そうか……そうだったのか! まだ気づいていなかったのだ! こいつらは! 自分の目の前にいるジュプトルが、自分の目の前にいるチコリータが何者なのか! 互いがこの『闇世』でどのような関係だったのか! ここまで来ていて! まだ! 突然笑い始めたわたしに、ジュプトルは怪訝な表情を見せた。 わたしは勝ち誇ったような気持ちでジュプトルに言った。 「フッ。お前のほかにも過去に行った奴がいるというが……ちなみにそいつの名前は? そいつの名前を言ってみろ」 ジュプトルは不審そうな表情を浮かべながら、その名を告げた。 過去の世界で、わたしが海岸で聞いたその名を。 今自分の目の前にいる、チコリータの少年のその名を。 当然の如く、少年たちは困惑した。 それはジュプトルが、彼のかつての相棒がポケモンではなく人間だったと告げたことで決定的になった。 わたしは思わず大声をあげて笑った。愉快でならなかった。 今目の前で繰り広げられている困惑した様子が、わたしが思い描いていたものとあまりに合致していたから。 しかし不思議なことに、嘲りの感情と比例するように、得体のしれない不安感が心の中に積み重なってきた。 わたしは彼らに、わたしが過去の世界ですでに少年の正体に気づいていたことを告げた。 名を聞いたその瞬間から、わたしは彼らを連れていく予定だった、と。 ポッチャマの少年は怒りに震えてわたしたちに対抗してこようとした。 その様子を見て、わたしは先程までの高揚感が嘘のように消え、処刑場に行く前ととてもよく似た心情に切り替わった。 ディアルガ様もご覧になっている。 無駄話はここまでだ。 処刑を再開する。 「時渡りッ!!」 ヤミラミ達が再び彼らに襲いかかるまさにその時、セレビィの声が響いた。そして彼らの姿が目の前から消えた。 わたしは瞬時にディアルガ様に目線を送った。 ディアルガの咆哮で、彼らが再び姿を現した。セレビィが時を操るといえども、ディアルガ様の力の前ではそれも抑えられている。 しかしその時、彼らがいたのは『時の回廊』のすぐ目の前。 セレビィは彼らに、早くそこへ飛び込むように促した。 「逃がすかっ!」 わたしは即座に彼らを捕らえようとした。 しかし目の前が光ったかと思うと、『時の回廊』もセレビィの姿もそこにはなかった。 わたしの目の前には、風すら吹かない真っ暗な空間が広がっているだけだった。 ……やられた……。 To be continued…… |