※先に「アローラ、ぼくのふるさと」をお読みください。

※前作以上にキャラ崩壊・捏造が激しいです

※ウルトラサン・ムーンには準拠しておりません






 青い空、青い海、白い砂浜。美しい自然と、他にいないポケモンと、あたたかくのんびりとした住人と、独自の文化。
 そんな宣伝文句に躍らされて世界中からやってくる観光客共が、昔から大嫌いだった。



+++アローラ、おれのふるさと+++



 ポケモンバトルは昔から大好きだったが、最初から強かったかっていうとそうでもねえ。むしろ弱かった。コソクムシは育たないとバトルには向かないし、でも戦わないと育たないし、かといって戦ってそうそう勝てるわけでもない。戦っては負け、また戦っては負け、いつまでたっても同じところで足踏みをしているだけ。
 弱っちいぐずのグズマ。そう言って笑われ、罵倒され、何やってるんだと罵られる。


 何やってんだ。何やってんだ。
 昔から投げつけられ続けていた言葉を、自分で自分に言うようになったのはいつからだっただろう。


 それでも必死で努力して、島巡りも終わらせた。俺に出来ることは精一杯やったんだ。
 だけど周りの奴らの反応は変わらねえ。冷ややかなままだった。
 島巡りなんて所詮は通過儀礼だから。終わらせて当然のことだから。多少ポケモンバトルが強くても、結局はカプに認められていないから。
 そう言って鼻で笑って、無価値な人間だと切り捨てる。
 何を考えているのかわからない、判断基準も曖昧な土地神に認められなけりゃ、この島では何も残らねえ。

 前へ進む方法がわからなくて、でも今更掲げた目標を下げることも出来なくて。
 そうやって出口の見えない暗闇で足掻いても、残された時間が無情に削られていくだけ。
 成果も得られず、満足も出来ず、必死になったところで得るものは何もなく、ただただ時間ばかりが消えていく。フラストレーションばかりが溜まっていく日々。


「自分をしっかり見直して、足りないところを補うのですな。そうでなければ上には行けませんぞ」

 「師匠」には何度もそう言われた。でも具体的なことは何も言ってくれなかった。どうすれば認められるかなんて、結局誰も教えちゃくれなかった。多分、知ってる奴なんてこの地方のどこにもいやしねぇんだ。
 明確な答えもないまま出口を求めて暴れていると、叱責はより厳しくなった。褒められたことなんて一度もなかった。
 もしかしたらそれは期待の裏返しだったのかもしれないし、俺なら自力で道を見つけるという過剰な期待もあったのかもしれねえ。今ならそう思うが、当時の俺はただただ見捨てられたようにしか思えなかった。


 誰にも認められやしねえ。俺の努力も、俺の気持ちも。


 師も家も捨てた俺のところには、いつの頃からか、同じように挫折した奴らが集まるようになった。
 周りからの勝手で過剰な期待。そして失望。どいつもこいつも、向けられる目は冷ややかで、馬鹿にされ笑いものにされていた。

 島巡りは通過儀礼。島巡りは子供が大人になるための試練。
 それじゃあ、俺たちはどうなんだ。
 島巡りをやったのに誰にも認められなかった奴。島巡りを終わらせることも出来なかった奴。島巡りを始めることすら出来なかった奴。気まぐれな土地神に嫌われた奴。
 そういう奴らは、大人になることすら許されないのか。誰でも平等に減っていく二十歳までの時間の中で、チャンスすらつかめなかった俺たちは。

 体だけ大人になって、心だけは大人になりきれず、それでも大人になれという。

 弱くて行き場のない俺たち負け犬は、集団になって身を守るしかなかった。馬鹿にされないために。指差して笑われないために。
 全員で同じ服を着て、バンダナで顔を隠して、ひとつになったら安心できた。
 他の奴らに嘲笑されても、同じ境遇の奴らが周りにいたから耐えられた。それでも耐えられないなら、力だけはある俺が危害を加えてくる奴を全部ブッ壊してねじ伏せた。

 この島の因習も、この島の人間も、この島の守り神どもも、みんなクズだ。
 見てくれのいい場所だけ見せて、都合のいいところだけ選別して、その影にある挫折と絶望は徹底的に隠して目もくれねえ。

 投げ捨てられて踏みつけられた俺たちは、やり場のない恨みと怒りを持て余し、世界に怯え続けていた。


「わたくしには、あなたの力が必要なの」

 遙か遠くからやってきた、白く美しい女神のような人にそう言われて、どれだけ嬉しかったことだろう。
 初めて俺を認めてくれた。必要だと言ってくれた。行き場を失った俺たちに、手を差し伸べてくれた。

「協力してくれるわよね?」

 それは慈悲による救済などではなく、悪魔からの地獄への誘いだったのだけども。
 その手を取らないなんて選択肢、俺にあるわけねぇよな。





 風の強い日だった。
 生まれ故郷の島の、人目の少ない道を歩いていた。俺の家の方から、師匠のいる村の方へ。
 街外れにぽつんと建つ新築の一軒家の側で足を止め、ため息をつく。ひょんな流れで師弟関係を復活させられたが、顔を合わせる気にゃなれなかった。元下っ端の奴らも何人かいると聞いて、ますます気まずかった。
 足を向ける方向に迷い、何とはなしに海の方へ向かう。

 海風に乗って、頭のねじが外れたような笑い声が聞こえてきた。何て言ってるかはわからねぇが、時折罵声のような声も混じる。
 何だこれ、と思ったが、自分が向かっている方向にあるものを思い出し、まさか、と小さくつぶやく。
 こんな人気のない小さな砂浜にいる奴なんて、ひとりしか心当たりがねえ。

 白い砂浜にあぐらをかいて座ってるのは、思った通り、白いキャップに白衣を着た男。
 俺の気配に気がつくと、そいつは顔を上げてこちらを見た。久しぶりだね、とか何とか声をかけてきたが、それより俺は、そいつのサングラスの向こう側から滴が零れているのに驚いていた。
 何かあったのか、と聞いても、ちょっとばかり楽しいことがあっただけ、と答えをはぐらかされた。
 笑って、怒って、泣いて、一体何がどうしたってんだ。俺が内心困惑していると、白衣の男は立ち上がって言った。

「さっき、チャンピオンが来てたよ」

 その一言で、俺はほとんど全てを察した。
 ああ、こいつは。この先輩は。ついに。自分のやりたいことをやり遂げやがった。





 マリエの庭園で「あいつ」に初めて会った時の衝撃が、未だに忘れられない。

 あいつは外から来たのに、この島の禁忌にあっさりと認められて、羨ましかった。
 こいつが目の前の白衣の男の最後の切り札だとすぐに気がついて、恐ろしかった。

 親愛なる挫折仲間が、本気でこの島の伝統をぶち壊しに来たと、あの場で俺だけが感づいていた。





「なあ、グズマ君。君もリーグにチャレンジしてくれると、とっても面白いことになると思うんだけどなあ」

 ご機嫌な先輩は挑発するように言う。俺はため息をついて返す。

「あん時言ったろ。ポケモンリーグはいけねえぜ、って。……行く気はねえよ。今のところはな」
「君が真っ先に、賛成してくれると思ってたんだけどなあ。……リーグのチャンピオンじゃ、お気に召さないかい?」

 愚問だなあ、と呆れて笑うと、そうだよねえ、と苦笑いを返された。

 わかってる。自分がもう戻れねぇことぐらい。
 それでも、違うんだ。満たされねぇんだ。俺がなりたかったのはリーグチャンピオンじゃねえんだ。

 イライラを何度目かわからねぇため息と共に吐き出して、もう行くわ、と踵を返した。
 三歩歩いたところで、また風が吹いた。アローラの風が吹けば、何が起きるかわからねえ、か、とつぶやいた。
 自分でつぶやいた言葉に何だか馬鹿らしくなって、自嘲しながら白衣の先輩の方を向いた。

「それにしても、派手にぶっ壊してくれやがったなあ、ククイさんよぉ」

 お褒めの言葉ありがとう、と先輩がいつものように人当たりのいい笑顔で笑う。

 ああ、本当に、こいつは、この人は、俺より圧倒的に大人で、俺以上に子供だ。
 子供みたいなわがままを、徹底した大人のやり方で通しやがった。

 この男が吹かせた新しい風がこの場所に何をもたらすのか、それを知るのが俺はまだ、怖い。





 全てをぶち壊したかった。俺たちを認めてくれない世界なんてなくなればよかった。
 だから、代表の計画に喜んで乗った。不気味な空間の裂け目にもついて行った。

 異次元のバケモノに取り憑かれて、代表は狂喜乱舞して、楽しそうに高笑いしてた。でも俺は違った。
 怖かった。自分が自分じゃなくなるみたいだった。
 いや、違う。多分逆だ。体も心も無理矢理目覚めさせられるような。自分の心の底を無理矢理引きずり出されたみたいだった。
 必死で作ってきた外側が壊れそうだった。「何も恐れず、人に恐れられる、破壊という言葉が人の姿をしている俺様」が消えそうだった。
 怖かった。逃げ出したかった。このままじゃ自分が壊れると思った。


 必死で繕ってきた自分の内側をのぞき込んで、俺も少しおかしくなったのかもしれねぇ。
 あの異次元から帰ってきてから、自分がどうすればいいのか、またわからなくなった。

 丸くなったな、とよく言われた。ようやくアンタも落ち着いたね、と笑われたり、あの頃のグズマさんはどこに行っちまったんですか! と泣きつかれたりもした。
 何が正解なのか、どこに行けばいいのか、わからねえ。ただ、何となく思うことが、ひとつだけあった。


 俺はきっと、「キャプテン」になりたかったわけじゃない。
 キャプテンになれば、見返してやれると思っていた。

 ただ、認められたかっただけなんだ。
 背中を叩いて、「よく頑張った!」って言ってもらいたかっただけなんだ。


 誰もいない道端で足を止める。遠くにどこまでも広がるアローラの海が見える。
 もう戻れない子供時代を嘆いても、十一歳には戻れねえ。誰にも認めてもらえなくても、自分の目標を叶えられなくても、時は平等に残酷に過ぎていく。

 叶えられなかった目標に執着しても、先には進めねぇ。


「……俺も、大人にならなきゃなぁ」


 そう口に出した途端、つ、と滴が頬を伝った。堰を切ったようにぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
 道の端で咲き乱れる、色とりどりの花の側に、崩れるように膝をつく。背中を丸めて、顔を手で覆う。呻くように、のどの奥から声が漏れる。


「大人に……なりたくねぇなぁ……」


 年を取るのは、絞首台への階段を昇らされているようだった。
 大人になるのは、全てを諦めるのと同じだった。

 将来の希望なんて、この島にはどこにもありゃしねえ。
 全部、終わり。遠い昔にどこかの誰かが勝手に決めたボーダーラインを超えたら、それまでの努力は全て無駄。何も残らねえ。

 もう戻れないのはわかっちゃいるけど、簡単に諦められなかった。
 わかってた。全部わかってたんだ。この島に生きて、この島の規範に従って生きるなら、そうなることはわかってた。

 俺は、この島に認められたかったんだ。
 幼い頃に憧れた夢を、ちゃんと叶えたかったんだ。


 英雄様が海の遥か彼方からこの島にやって来たんだから、俺だって逆に海を超えて遠くに行けるはずだ。
 それでもいいんだ。師匠の息子だってこの地方から飛び出した。どこぞの鳥使いだって世界に羽ばたいて、問題なく成功している。

 それができなかったのは、やっぱり俺が、この島に縛られた人間だから。
 この島に生まれて、この島に生きて、この島で死ぬ。俺は今でもこの島に縛られて、この島に染められて、この島の上で生きている。


 この島を丸ごとブッ壊したかった。土地も、人も、ポケモンも、伝統も。何もかもを無に帰したかった。


 でもそれと同じくらい、俺は、この島を。


 風に吹かれて、色とりどりの花片が空に舞った。雲ひとつない真っ青な空に、鮮やかな色彩がちりばめられる。
 行く当てもなく風に吹かれて、どことも知らない場所に落ちていくんだろう。

 起き上がって空を見上げる。風に乾かされた頬を手の平でこすって、両手をポケットに突っ込む。
 もう少しだけ、進むべき道を探して、次の風が吹くのを待つとするか。
 俺はため息交じりに、誰にも聞かれない言葉を小さくつぶやく。





 アローラ、憎ったらしい俺の故郷。



 いつかお前と、ちゃんと向き合える日が来るように。





+++++++++The end




あとがき
「アローラ、ぼくのふるさと」のおまけ。それ以上でもそれ以下でもない。
いくらなんでもやりたい放題やり過ぎた気がして怖い。
(初出:2017/12/29 自サイト)



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