Inning2:声の行方、届く言葉日中はまだまだうだるような暑さだけど、日が沈む頃には少しばかり過ごしやすい気温になってきた、九月の半ば。いつの間にやらだいぶ短くなった陽が、ビル街の向こう側へ傾きかけている。 黒とオレンジの帽子を被った人でごった返す駅。少し大きめのつばの長い赤い帽子を目深に被り、赤いトートバッグを提げて、人の流れに乗って駅からの道を歩く。 歩道橋を渡り、青と黄色のビルの間を通るレンガ道のアーケードを歩き、屋根が途切れたところで顔を上げると、銀色のドームが見えてくる。 ヤマブキドーム。この国で一番最初に出来た屋内型野球場であり、ヤマブキを保護地域とする球団、ヤマブキレジギガスの本拠地。 そしてここは、私が「野球」を知った場所。 入り口で手荷物検査を受けて、チケットをもぎってもらい、回転扉をくぐる。気圧で耳が少しだけつんとする。 チケットに書かれた席へ向かう。今日はレフト側の、外野に一番近い場所にある内野ビジター席。この球場でのビジター席はレフト側外野の一部と、その近くの内野が少し。そんなに広くないけどこの球場は人気があるから、すぐに席が埋まってなかなかチケットがとれない。 本当は今日は外野席の気分だったけど、しょうがない。席が取れただけでも十分ラッキーだ。 座席を見つけて荷物を置く。今日はビジター席の一番外側。レジギガスのレフト側内野席と通路を挟んですぐ隣の場所だ。端っこだけど、席を立ちやすいから通路側の席はありがたい。特にひとりだと。 バッグを漁って緋色のユニフォームを引っ張り出す。今日は一番お気に入りの選手、 スタメン発表まではまだしばらく時間がある。このままぼんやり練習を眺めてるのもいいけど、ちょっと小腹がすいたかも。どうしようかな、と思っていると、スマホが振動してメッセージの到来を告げた。中を確認して、貴重品とチケットの半券が入ったチケットホルダーを首から提げ、コンコースへ向かった。 二階コンコースには通路端にピクニックシートや新聞紙がずらりと並んでいる。立ち見の人たちだ。座席のチケットがとれなかったり、財布が厳しかったり、この席を選択した理由はいろいろあるだろう。試合中ずっと立ちっぱなしだけれども、何せたった千円で試合が観られる。ありがたいことだ。私も何度もお世話になった。 緋色の服の人たちでごった返すビジター席後ろ辺りをうろうろしていると、私に向かって手を振ってくる知った顔があった。私も軽く手を上げて応え、小走りで駆け寄る。 「アカシさん、こんにちは!」 「やあ、トウカさん。姿が見えたものだから」 この人は 深夜のコンビニで働いているところに私がたまたま客として行って、ひと月くらい前に偶然にも同じ球団のファンだってことが判明。それ以前にも時々カントーの球場で顔を見ていたけど。何せ野球ファンは減る一方、その上贔屓の本拠地じゃないところなものだから、球場にいるファンの顔ぶれはかなり固定されている。少し席を見渡せば何となく見覚えのある顔がそこかしこ。そういうわけで、特に申し合わせることもなく球場で会うことも多いのだ。 トウカさんは今日も全身コーディネートだねえ、いいなあ限定Tシャツ、とアカシさんが笑う。アカシさんは緋色のユニフォームにカンフーバットという基本スタイルで、頭にはタオルを巻いている。ユニフォームの数字は90。初めて球場で会った時から一貫して、 「席、とれたんだ? うらやましいなあ。僕は駄目だったよ、チケット争奪戦まるで勝てないや」 「私もギリギリでしたよ。今日辺りもしかしたら混み合うんじゃないかな、って思ってちょっと早めに動いてたんですけど」 「さすが、いい読みだったね。何せ……今日決まるかも、だしね。レジギガスの優勝」 そう言ってアカシさんは客席を見渡す。ドームを埋め尽くすオレンジ色のユニフォームの人々が、普段より数倍盛り上がっていて、ドーム内には独特の熱気が漂っている。 金曜、週末、ナイターゲーム。一位を独走しているヤマブキレジギガスの優勝マジックは、一。今日レジギガスが勝つか、二位のアサガネエレクティヴィアズが負けたら、リーグ優勝が決定。そんな大一番なのだから、盛り上がるのも無理はない。ただでさえレジギガスは人気球団で、この球場はこの国で一番人が集まるのだし。 ただなあ、とアカシさんは苦笑いしながら言った。 「そういう日なんだから、今日ぐらい解放すれば良いのにな……最上階」 アカシさんはそう言って、内野の最上段スタンドを見上げた。そこは座席全面に、大きな布の広告がかけられている。実質、最上階の席をなくした状態。本来なら四万六千人入るらしいこのドームの収容人数は、今は三万人にも満たない状態にされている。 上の席にシートがかけられるのは野球の時だけ。このドームで「ポ球」の試合がある時はあの場所も全面開放されて、ドーム内は人でみっちり埋まる。 そうやっていろいろなところが削減されているけれど、このドームだけの問題じゃない。というか、この国で一番人が来るはずのヤマブキドームですらこの状態なのだから、他の球場は推して量るべしってところ。 「まあ、優勝決まりそうだからって削ってた席をいきなり増やすのもチケット売る方としては難しいでしょうけどね」 「そうだろうね。ああ、野球の試合の時にこのドームが人でいっぱいになるの、一度くらいは見てみたいなあ」 壮観だろうね、とアカシさんはまた笑う。私もアカシさんもポ球は見ないから、このドームが完全に埋め尽くされた状態は見たことがない。 通路に人が増えてきた。時計を見る。スタメン発表まではまだしばらく時間がある。 どっかでお茶でもどうかな。私がちょうど同じことを考えていた時、アカシさんが先に提案してきた。 階段を降りた先の一階コンコースには、試合前に飲食物や応援グッズを買う人たちが溢れている。 お弁当やファストフードの店を通り過ぎ、コンコースの一角にある立ち飲みカフェの、一番奥の目立たない席へ行く。私があまり衆目にさらされない場所を選んでくれるアカシさんの心遣いに感謝し、アイスココアを注文した。 アイスコーヒーにガムシロップをふたつ入れながら、で、何かあったの? とアカシさんが聞いてきた。ポカンと顔を見上げると、何か元気なかったから、余計なお世話だったかな、とアカシさんはアイスコーヒーをかき混ぜながら苦笑いした。からからという氷の音を聞きながら、大したことじゃないんですけどね、と苦笑いを返した。 「アカシさんの地元って、トレーナー少ないんですっけ?」 「そうだね。僕の高校時代の同級生なんかだと、地元を出てトレーナーになったのは僕ともうひとりかふたりかそこらじゃないかな。ポケモンを持ってる奴自体はもっとたくさんいたけどね」 「へえ、そうなんだ。私の周りだと、同年代だったら三割くらいは私みたいに学校に行かずに旅に出てるかな。残りの四割が長期休暇だけ旅に出るか旅に出ないトレーナーで、あとはポケモン持ってるけどトレーナーじゃなくて、ほんの数パーセントだけポケモンも持ってない、って感じ」 「へー、話には聞いてたけど、やっぱりかなり多いんだね、トレーナーの数。僕の地元じゃ考えられないな。って言っても、僕もこっちに来てもう七年たってるから、今の子たちはもうちょっと旅に出る子が多いかも」 「やっぱり、野球ファン多いんですか?」 「そうだねえ、何ていうか、好きとか嫌いとか言う以前に生活の一部みたいな感じではあるかな」 「……羨ましいですね、それ」 私は小さくため息をつき、無意識に帽子のつばを下げた。アカシさんが辺りを見回してから、何かあったの、と小声で聞いてきた。私は頭を振って、本当に大したことじゃないんです、とまた苦笑いを返す。 「……この前、雑誌の取材受けたんです。ポケモンジャーナル」 「ああ、『このトレーナーにピントレンズ!』のコーナーかな。すごいね」 「それです。で、インタビューの時に聞かれたんです。『ポケモンバトル以外に好きなことってありますか?』って」 それで、と私はストローでココアの入っていたグラスの中身をかき混ぜつつ、ため息交じりに言った。 「野球です、って答えたら、インタビュアーの人、ぽかんとしちゃって。で、『ポ球じゃなくて?』『野球ですか?』『何で?』ってすごく何度も聞かれたんです」 「あー……うん、なるほど、それは……ねえ」 「はい。正直、ちょっと、やっちゃったなあ、って思って」 そう言って、私は大きなため息をついた。 「野球」と「ポ球」の間には、とても深い溝がある。 原因は七年前起こった、野球とポ球の合併騒動。細かい事情は省くけれども、結果として、野球とポ球は別々の存在となり、野球からはポケモンの要素のほとんどが排除されることとなった。野球はポケモンの介入を拒み、ポ球は自分達を拒んだ野球をよく思っていない。 私が球場に来る時、大きめの帽子を目深に被っているのは、そのせい。私はちょっと名の知れたトレーナーで、ポケモンと常に一緒におり、ポケモン持つ人々の模範として生活しなければならない立場。そんな私が、ポケモンを排除する方針である野球を好んでいるのは、あまり知られるとトラブルになりかねない。だから、あくまでお忍び的な感じで球場を訪れている。 実際、野球ファンにはポケモンをあまり好いていない人がそれなりにいる。野球場は、ポケモン嫌いな人が落ち着ける場所でもある。私や彼は、この場所ではどちらかというと少数派だ。彼の方は球団の本拠地の出身で、しかもトレーナー文化がまだカントーほど根付いていない土地らしい。だから、私みたいにカントー出身のトレーナーで、野球大好き、っていうのはもっと稀だ。 「野球を見るのは頑固者とひねくれ者とポケモン嫌い」、などというとっても失礼な冗談が、平然とまかり通っているのが実情だ。 「有名になるって、面倒くさいですね」 贅沢な悩みですかね、と私は小さくため息をついた。アカシさんは複雑そうな笑顔を私に向けた。 時計を見た。そろそろスタメン発表の時間だね、とアカシさんが言った。今日も頑張りましょうね、と軽く笑って拳を合わせ、スタンドへ戻った。 座席について、スタメン発表で盛り上がり、試合を待つ。 みっちりと両軍のファンで埋まった球場の中で、通路を挟んだ隣の席はふたつ並んでまだ空いている。仕事か何かなのだろうか、途中から入場することはまあそんなに珍しいことでもない。それにしても、通路の向こう側ということはレジギガスファンだと思うけど、今日みたいな日に最初から来られないなんてもったいないな。まあうちが勝つけど。 相手の優勝がかかって燃えているのか、今日の先発投手はものすごく調子がいい。相手をあっさりと抑えていく。テンポがいいので試合運びも速い。さすがはモトマチ、うちのエース。この際こっちも凡打ばかりなのには目をつぶっておこう。気にしたら負けだ。多分。でもお願いだからそろそろ打ってほしい。 六回裏もさくさくと相手打者を片付けていく。むふふ、いい感じいい感じ。もうすぐ七回、ラッキーセブン。ヤマブキドームではジェット風船を飛ばせないけど、みんなで球団歌を歌うのはとても楽しい。 背すじを伸ばして備えていると、通路を挟んだ向かい側にようやく人が入ってきた。 「あら、ここだわね。もらったチケットだけど、やあねえ、ずいぶん端っこじゃない」 「野球って初めて来たけど、何だか人ばっかりねえ」 「もらったから来てやったけど、何が面白いのかしらねえ、本当」 おばさん二人がそう大きな声で言いながら、空いていた席に座る。 ううん、と思わず眉間を押さえた。申し訳ないけども、ちょっと興がそがれる。 正直、珍しくはない。運営者だってなるべく席を埋めたいし、好きで席を取っていたけど、何かしらの理由で来られなくなって、人に譲ることもあると思う。それにしても、よりによって今日かー。私は小さくため息をついた。 ひと通り野球への罵倒を言ってから、おばさんは鞄からボールを出した。 「さあミケちゃん、狭いところでえらかったでちゅねー」 おばさんはそう言って、ボールからニャースを出した。周りの人たちが「えっ」という表情でおばさんを見る。野球でのルールを知らないのだろうか。それにしても周りの人たちが誰もポケモンを連れていないのを見て察したり出来ないのだろうか。 少しいらいらが溜まってきていたのもあって、私はため息をついてから席を立ち、おばさんの近くに行って小声で言った。 「あの、すみません。野球の試合中は、ポケモン出さないようにしてもらえませんか?」 「何よ、こっちはわざわざこんな不人気スポーツなんか見てやってるのよ。わざわざ来てやってるんだから、うちのミケちゃんに見せてあげるくらいさせなさいよ」 でもそういう決まりですから、と食い下がる。周囲の人たちが騒ぎに気づいて、次第に注目を集めている。しばらく押し問答しているうちに、おばさんのほうもヒートアップしてきた。 「何よ! 生意気な子だね! いい加減ほっといてちょうだい!」 そう言うと、おばさんは思いっきり私を突き飛ばした。バランスを崩して、プラスチックの座席の背もたれにしこたま腰を打ちつけた。角が思いっきり刺さった。一瞬息が止まった。痛い。痛くて涙が出る。周りからざわざわと声が聞こえ、近くの席の人がおばさんを取り押さえていた。 私は腰をさすりながら何とか身体を起こした。おばさんはまだ何やら喚いていたけれども、騒ぎを見たドリンク売りのお姉さんが警備員さんを連れてきて、騒ぐおばさんを事務所まで連れて行った。 私は大きく息を吐いた。正直怖かったし、本気で痛かった。警備員さんを連れてきたドリンク売りのお姉さんが、私の足元に落ちていた赤い帽子を拾い、大丈夫ですか、と言いながら私に渡してきた。 大丈夫です、と答えかけて、はっと今の状態に気がついた。目深にかぶっていた帽子が、今私の手元にある。 ざわざわというささやき声。「あれってエンコウトウカ?」という声が耳にはいる。かしゃ、かしゃ、とあちこちからスマホのシャッター音がした。 ばれた。見つかった。一気に血が凍ったような感覚が襲ってきた。 はじかれるように立ち上がり、座席の下に置いていた荷物をひったくって、私は一目散に出口へ駆けだした。 ドームを出て、ずっとボールに仕舞っていた相棒のドンカラスを出し、背に飛び乗って一直線に家へ向かう。明かりのついていない家の、二階のベランダに直接降り立ち、窓から自分の部屋へ入る。 部屋の明かりをつけて、窓に鍵をかけ、カーテンを閉めて、何度も深呼吸をする。心臓が早鐘を打っている。何度も何度も深い呼吸を繰り返し、吸いすぎてむせた。少し落ち着いてから、一階に降り、台所の冷蔵庫からサイコソーダを一本取り出し、ふたを開けて一気にのどに流し込んだ。炭酸がのどを焼き、またむせた。 部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。しばらく目を閉じて呼吸を整えてから、タブレットを手に取った。電源を入れ、つぶやきサイトへ飛ぶ。 サイトへ着くなり、嫌な予感が的中していたことを悟った。 『ヤマブキドームに来てるんだけど、トレーナーのエンコウトウカが他の観客と揉め事起こしてた』 その言葉と一緒に、赤い帽子を手に持つ私の写真がタイムラインに大量に流れてきた。 私はすぐにつぶやきサイトから出た。頭がぐらぐらする。かぶりを振り、検索サイトで自分の名前を入れてみる。ネット掲示板のスレッドが引っ掛かる。 『エンコウトウカって野球好きなん? ポ球じゃなくて?』 『ばっかお前、ポ球はナイターやってないだろ。ってか写真見ればすぐわかる』 『上から下までがっつりグッズ装備してる件』 『野球ってあれだろ、めっちゃポケモン排除してる奴だろ』 『ショックだわ……トウカさん結構好きだったのに』 『あんだけ大会で優勝してるのに、野球好きとかマジでないわー』 『野球が好きってことは、あいつ、ポケモン嫌いだったんだな』 ああ。ああ。違う。違う。そうじゃない。そうじゃないの。私はポケモンが好きで、バトルが好きで、でも野球が大好きっていう、それだけなの。 でも、それを主張しても、きっと伝わらない。それだけ広くて深い溝が、野球とポケモンの間には出来ている。理解してたのに。わかってたから、何とか回避しようと思ってたのに。 後悔しても、もう遅い。情報はネットの波に乗って速やかに拡散され、誤解と勘違いを巻き込んで、とうに手の着けようがなくなってしまった。 頭が痛い。吐き気がする。聞きたくない声から逃げるように、私はベッドの上で耳をふさいで丸くなった。 気がつくと、カーテンの隙間から陽が差し込んでいた。 壁に掛けられた時計を見る。昼の十時。いつのまにか寝ていたらしい。 スマホを手に取り、小さくため息をついて、電源を入れる。なるべく薄目で画面を見る。少なくとも、やたらと大量のメッセージが届いたりはしていないみたいだ。少し安心して、スケジュールを開く。 明日は前から出る予定だった大会。調整は上々。負ける気はしない。そっちについて心配は全くない。 あとは、と鞄の中の赤いチケットホルダーを見る。中に入っている二枚のチケットを見て、自然とため息が出た。 ちょうどその時、スマホが振動してメールの到来を告げた。中身を読んで、じゃあ一時頃に、と返事をし、シャワーを浴びに浴室へ向かった。 タマムシシティのポケモンセンターのロビーに行くと、一番奥の人目につかない席にアカシさんが座っていた。私が来たことに気付くと、アカシさんは真っ先に「大丈夫だった?」と聞いてきた。 「昨日、僕のいたところからもトウカさん見えたから……ケガとかしてない?」 「大丈夫、大丈夫です。本当に。ちょっと腰を打ったけど、平気です」 アカシさんはちょっとだけ安心したような顔をした。そうだ、とアカシさんは無理に笑ったような顔で言った。 「昨日、あの後八回、ダンバラがヒットを打って、その後何とモトマチがまさかまさかのホームラン! そのまま二点を守りきって自援護完投完封勝利だったよ!」 「本当!? さすがうちのエース!」 「九回裏にちょっと危ない場面があったけど、抜けるかと思った辺りをカミヤチョウが見事なブロック!」 「やっほう! 残カミ!」 残念そこはカミヤチョウだ、と華麗な守備をふたりで称える。でも、そこで少し沈黙。一瞬気まずい空気が流れた後、私が先に口を開いた。 「アカシさん、今日のナイター、行かれますか?」 「あー、うん、一応ね。今日も立ち見だけど」 「じゃあ、これどうぞ」 私は鞄の中からチケットホルダーを取り出した。赤いチケットホルダーの中から今日の日付の外野ビジター席のチケットを取り出し、アカシさんに渡す。アカシさんは目を丸くして、チケットと私を交互に見る。もう行けそうにないんで、と言うと、アカシさんは事情を察して申し訳なさそうな顔になった。 有名になるって、面倒くさいですね。昨日球場で言った言葉が、口をついて出た。 「私、ポケモン大好きなんです」 ぽろりと、目から涙がこぼれ出た。 「ポケモン大好きで、バトルが大好きで、誰より頑張って、努力して、やっと今みたいに勝てるようになったんです。地位とか、名誉とか、お金とか、そんなのどうでもよかった。ポケモンバトルが大好きで、誰より強くなりたかった。それだけだった。ただ、それだけだったの」 ぼろぼろと、とめどなく涙がこぼれ出る。 「わかんない。もう、どうすればいいのか、私わかんないよ」 私もモミジの街に生まれたかった。野球が当たり前のところに生まれたかった。そうしたら、こんな思いもしなくてすんだかもしれない。野球が好き、マジカープが好きって言っても、まあしょうがないよね、って済まされたかもしれない。 ただ好きなだけなのに、何でこんなに苦しまなきゃならないんだろう。 わたわたしながら慰めてくれるアカシさんには申し訳なかったけど、流れ出した涙はなかなか止まらなかった。 そのあとは記憶がいまいちはっきりしないけど、少なくとも夕方には家に帰っていた。ベッドに寝転がって、うたた寝したり起きたりを繰り返していた。 夜遅くにスマホを点けると、ヤマブキレジギガスがリーグ優勝したというニュースが目に入った。 私はスマホの電源を落として、そのままふて寝した。 気がつくと、セピア色の景色の中にいた。 リビングに、小さな頃の私が立っていた。多分、まだ小学校に入ったばかりの頃。 家の中は真っ暗で、お父さんも、お母さんもいない。いない理由は、知ってる。ふたりとも、トレーナーだから。 私の家に家族三人がちゃんと揃うのは、一年の間で片手で数えられるくらいしかない。お父さんもお母さんもトレーナーで、いつも全国のあちこちを飛び回ってる。 冷蔵庫を開けると、みっちりと詰まった飲料水のペットボトルとレトルト食品。月に何度か、定期便で家に届く。少なくておいしくもない安価なインスタントのごはんを、いつも自分で温めて、ひとりで食べる。この頃の私はまだ自分のポケモンを持っていなくて、家の中は本当に私だけだった。 家ではいつもひとりぼっち。このくらいの年になる頃には、もうそれにも慣れていた。 ぴんぽん、と玄関のチャイムが鳴った。お母さん? と思って走っていって、勢いよくドアを開けた。 立っていたのは、ご近所のお兄さん。カイ お父さんかお母さんはいる? とカイにいは聞いてきた。私は首を横に振って、まだしばらく帰らないと思う、と言った。そうやって口に出すと、何だか急に寂しくなって、涙がこぼれそうになった。 すると、カイにいは大きな手で私の頭を撫でて、笑顔でこう言ってきた。 「トウカちゃん。今から、俺とちょっと遊びに行こうか」 大きな手提げカバンを持ったカイにいに連れられて、地下鉄に乗った。 駅を出て、目の前にあったのは大きなショッピングモールと、遊園地。ジェットコースターに乗る人の歓声が聞こえてきて、観覧車がゆっくりと回り続けていた。 遊園地で遊べると思って私は飛び上がって喜んだ。でもカイにいは、今日はここじゃないんだ、と言って、私を更に奥へ引っ張って行った。 私の目の前に現れたのは、銀色と白の大きな傘みたいなドーム。 黒とオレンジの服を着た人が、たくさん歩きまわっていた。何があるの? と私はカイにいに聞いた。 「トウカちゃんは、『野球』を観たことあるかな?」 私は首を横に振った。『ポ球』はある? とカイにいは更に聞いてきた。私は少し悩んで、あるにはあるけど、と言った。 ポ球はテレビでもよく中継されていて、それを見たことは何度かあった。だけど、私にとってポ球はあまり面白いものに感じられなかった。 私は小さい頃からポケモンバトルが大好きで、バトルのポケモンが全力を出して戦っている感じとか、それを指示しているトレーナーのかっこよさとか、その辺が好きだったからか、コンテストやミュージカルにはあまり魅力を感じなかった。それと同じ感じで、ポ球もあまり面白いと思えなかった。嫌いじゃないけど、何か違う、そんな感じ。 カイにいはそんな私の反応を見て、きっと気に入ってもらえるよ、と笑った。 回転扉をくぐって、カイにいに連れられて行った場所には、外ではあまり見なかった真っ赤な服を着た人たちが集まっていた。 この人たちは何で赤いの? と聞くと、俺らはコイキングだからだよ、と言ってきた。 「俺たちはコイキング。これからどんどん強くなる。上限のない、未来ある強さを持ってるんだ」 そう言ってカイにいは、私には大きすぎるつばの長い真っ赤な帽子を被せてくれた。 試合が始まって、周りの緋色のユニフォームの人達と一緒に、見よう見まねで応援をした。メガホンを打ち鳴らして、歌を歌ったり、立ったり座ったり、大きな声で声援を送った。野球のヤの字も知らないのに、突然応援席に連れて来られてとても戸惑った。だけどカイにいは、私に野球のルールや応援の仕方をとても丁寧に教えてくれた。 そうしているうち、だんだんみんなで声を合わせて応援するのが楽しくなってきた。カイにいがいろいろ教えてくれるから、どんどん野球の見方もわかってきた。見方がわかると、ますます応援が楽しくなった。 黒い方の打者が放った鋭い打球を、三塁の選手が飛びついてキャッチした。あの人誰、と聞くと、ルーキーのダンバラだよ、とカイにいが返した。すごくかっこよくて一気にファンになった。 テレビでポ球を観ていた時と全く違い、私は野球を心の底から楽しいと思った。人しかいないその世界が、その勝負が、私にはとても輝いて見えた。 九回裏、私たちが応援していたチームがほんの一点リードしていた。カイにいは私にオペラグラスを渡して、言った。 「マウンドを見てごらん。『90』の背番号を背負った選手がいるだろう? 彼は俺らの『守護神』だ。彼が出てきたら、俺たちは勝てるんだよ」 オペラグラスをのぞくと、緋色のユニフォームに白い文字で「HONKAWA 90」と書かれている選手が見えた。ショウリ、頑張れ、とカイにいが声を上げた。 その選手はすごく速い球と、すごく落ちる球をぽんぽんと投げた。あっという間に電光掲示板に赤い丸がひとつ、ふたつと点灯し、そして最後にバッターが大きな空振りをして、みっつ目が点いた。 赤い服を来た人達が喜んで立ち上がった。私も、カイにいも、一緒に喜んだ。 歓喜に湧くスタンドの赤い集団と、誇らしげにベンチに戻る、赤い90番の背番号が、私の心に焼き付いた。 そこで目が覚めた。時計を見ると、朝の六時半だった。 随分久しぶりに、小さい頃のことを思い出した。 私が初めて野球に出会った時のこと。カイにい、今どうしているんだろう。あの後すぐにカイにいは遠くに引っ越してしまって、それ以来音沙汰がない。私はまだ小さかったから、何をやっていた人なのか、それもわからない。今思い返せば、名字すら、いや本名すら、私は覚えていない。 ただ確かなのは、カイにいは私に野球を教えてくれた人ってこと。 机の上に置いていた、つばの長い赤い帽子が目に入る。 私はそれを手に取って、頭に被る。いつの間にかぴったりになった帽子。ぐっと目深に被ると、優しい大きな手が頭をぽんぽんと撫でてくれるような気がした。 私は軽く笑う。いつからかこの帽子は、私のお守りになってたみたい。 カーテンを勢いよく開いて、窓を開ける。朝の日差しと風が部屋に入ってくる。大きく伸びをして、深呼吸し、よし、と私は気合いを入れた。 バトルの大会。今日のは規模は大きくないけれども、テレビの中継も入っている。 フィールドに立つと、一部から強烈な野次が飛んできた。 「ポケモン嫌いは引っ込めー!」 そんな心ない声が耳に突き刺さってくるけれども、一切反応しない。目を閉じて深呼吸して、もう一度目を開けば、そんな声も届かなくなる。 お願いね、とボールの中のバシャーモに声をかけ、私は目の前の勝負に身を投じる。 午後三時。想定していた通りの時間に、決勝戦が終わった。 最後までフィールドに立っていたのは、私。最後の技が決まった瞬間には、飛び続けていた野次なんてかき消えるほどの歓声が、会場全体から響いてきた。 わっと報道陣が集まってくる。ビジョンに私の姿が映され、優勝者インタビューが始まる。 今日の試合の感想。調子。いつも聞かれる質問をつつがなく返答する。その間、歓声にかき消されていた野次がまた飛んでくる。 記者たちの顔を見ると、その件について触れたそうな顔をしていた。あらかた質問に答えたあと、ちょっと良いですか、と言い、インタビュアーの人にマイクを借りた。 一瞬、会場が静まる。私は深呼吸をして、はっきりとした声で言った。 「私は、野球が大好きです」 観客席から一斉にざわっと声が上がる。ひと呼吸置いて、私はまたマイクを口元へよせる。 「もちろん、ポケモンのことも、ポケモンバトルも大好きです。 だから誰にも負けません。負けたくありません。だけどそれと同じくらい、野球を観るのが大好きです。 昔、ある野球選手が言いました。『人の心を一番動かすのは、人だ』と。私も、そう思います。 私はポケモンバトルをしている人たちに憧れて、トレーナーになりました。 私は野球に出会って、野球をする人たちに心を動かされました。 私はポケモンが好きです。ポケモンバトルが大好きです。そして、野球を見るのも、大好きです。 私はこれからもトレーナーとして、バトルを続けます。そして、球場にも行きます。嘘はつかない。ごまかしたりもしない。ただ、堂々と言い続けます」 「好きなものに、好きだと言い続けます」 以上です、と私は笑い、マイクを返した。ざわめく会場から、控え目な拍手が上がる。 更なる情報を引き出そうとする報道陣を無視して踵を返し、私は足早に控え室へ帰った。 控え室へ戻って、私はぐったりといすに座った。 はっきり言ってやった。好きだって言ってやった。 胸のつっかえが取れて、とても爽やかな気分だった。疲労感と充実感が肩にのしかかってきた。猛烈に眠い。 時計を見た。三時半。まだ少しは時間がある。 とりあえず一回家に帰って、シャワーでも浴びようかな。私は荷物をまとめて、控え室を出た。 裏口から出た瞬間、すみません、と声をかけられた。出待ちの人かな。珍しいなあ。そう思いながら振り返って、私は飛び上がった。 声をかけてきた男性が着ているのは、緋色のウィンドブレーカー。「Magikarp」のロゴが入っている。 突然すみません、と頭を下げながら、男性は名刺入れから名刺を取り出して私に差し出してきた。 「初めまして。モミジマジカープの球団広報、 球団のペットマークが入った赤い名刺に、「天満 好一」と名前が書かれている。一軍付球団広報、という肩書きを見て、私はあれ、と小さく声を上げた。 「テンマさんって……あの、温泉、じゃなかった、テンブロの?」 あ、そうです、とテンマさんは照れ臭そうに頭を掻いた。いつも見てますと私が言うと、テンマさんはまた照れ臭そうに何度も頭を下げてきた。 「テンブロ」、正式名称は「球団広報てんまくんのブログ テンブロ!」。ファンの間での通称は、名前が露天風呂っぽいからって理由で「温泉」。 今シーズンの春季キャンプから球団の公式ホームページ上で始まったブログで、選手のベンチ裏や練習中の写真がほぼ毎日更新で掲載されている。 テンマ広報は去年までマジカープに在籍していた投手で、去年のシーズンオフに戦力外通告を受けた後、球団広報として在籍することになった。選手に近い目線で撮られる写真はとても自然体で、マジカープのファンはほとんどの人が見ていると思う。 よかったら、どこかで少しだけ話できませんかね、と言われたので、とりあえず近くのポケセンに入った。 ロビーのいすに座るなり、このあと試合あるしあんまり時間はないから今日はとりあえず挨拶だけだけど、と前置きして、テンマさんは言った。 「実はトウカさんに、野球のCMに出てもらえないかな、と思って」 へっ、と間抜けた声が出た。 何でも、おとといの騒動の直後から、せっかくだからこの騒動に乗っかったらどうよ、という意見が、騒動の舞台になったレジギガスはじめ様々な球団の広報から出てきたらしい。おとといの夜中には十二球団の広報たちで通信会議をして、とりあえずマジカープファンらしいからお前行ってこいよ、というノリでテンマさんが派遣されたとか。 ずいぶんフットワーク軽いですね、と言うと、それだけ球界全体が必死なんだよね、とテンマさんは苦笑いした。 とりあえず昨日徹夜で作った資料があるから、とテンマさんは鞄を漁り、しばらくして絶望した顔をこちらに向け、すみません忘れました、と言ってきた。 「すみません……今度メールで送るんでアドレス教えてもらっていいですか……」 「あ、はい。お気遣いなく……」 私はもらった名刺の裏側にアドレスを書く。テンマさんはもう一度すみませんと謝りながら新しい名刺を差し出し、ともかくとして、と話の続きを始めた。 「実は今年度初めぐらいから、ポ球の方ともずっと話し合いをしていて、年明けぐらいから野球とポ球合同でCM作ろうかってことになってたんだ」 「野球とポ球合同……ですか」 「うん。ポ球がこの国に入ってきて二十年、そろそろお互いに出来た溝を埋める努力をすべきなんじゃないかっていう話にはずっとなってたんだよ。それでとりあえず、歩み寄りの第一歩として、共同でCMを作ろうかってことになってて。それでキャスティングとかどうするよってなってた時に、一昨日の騒動があってさ」 なるほど、と私はうなずいた。元々そういう話が合ったならフットワークの軽さもまあわからないでもない。軽すぎる気はするけど。 ところで、さっきの大会の中継、見てましたよ、とテンマさんは突然話を変えてきた。 「トウカさん。僕がプロ入りした時の、最初の球団、知ってます?」 「えっ……マジカープ、じゃなかったんですっけ」 二年目のオフに 「七年前にプロ入りした時の、僕の最初の球団はね……コガネバファランツ、だよ」 あっ、と私は息をのんだ。 コガネバファランツ。その名を冠した球団は今、もうない。七年前の球団再編問題。その収束と共に、吸収合併され消えてしまった、紅色の球団。 「プロ入りしてすぐに例の問題が起こって、ルーキーイヤーの間ずっと振り回されてた。球場に行くと、スタンドにいつも観に来てくれる人たちがいた。二軍の試合だよ。それでも来てくれる人たちはいつもいたんだ。なくさないでくれ、このままでいてくれ、って泣きながら叫んでるファンの人がいっぱいいた」 結局合併は止められなかったけどね。あの時のファンを思うと、未だに胸が痛いよ、とテンマさんは悲しげな表情を見せた。 「だからね、あの悲劇をもう繰り返しちゃいけないって思うんだ。僕たちはファンのために、応援してくれる人たちのために、頑張らなきゃいけない」 そのためなら出来ることなら何だってやるし、広報の仕事をはみ出したことだって、フットワークが軽すぎることだって、何だって頑張るさ、とテンマさんは笑った。 私は言葉に詰まった。紅色のファンを思うと、胸がぎゅっと苦しくなった。 好きだと言いたいのに、伝えたいのに、その相手はもういない。 「さっきの中継を見て、他の球団の広報さんたちからもゴーサインをもらったよ。みんな、トウカさんならきっと任せられる、って」 「何で私、なんですか?」 簡単だよ、とテンマさんは笑った。 「苦しい立場だろうけど。厳しい野次も飛んでいたのに。それでも君はちゃんと勝負に勝って。それで、あんなに大勢の人たちの前で、堂々と」 「『野球が好きだ』って、言ってくれたから」 テンマさんは私の手を取ると、満面の笑みで、ありがとう、と言ってきた。 私は何だか言葉に出来ない不思議な気分になった。嬉しい、というか、感無量、というか、とにかく胸がいっぱいで、何だか泣きそうになった。 テンマさんは腕時計を見て、僕はそろそろ球場に戻らなきゃ、と言ってきた。 CMの件、よかったら考えてみてね、と言い残して、テンマさんはヤマブキドームへタクシーを走らせた。 ポケセンのロビーで、スマホの電源を入れる。 検索サイトで自分の名前を入れると、またネット掲示板のスレッドが引っかかった。 おとといと同じような罵倒の中に、少しだけ紛れ込んでいる書き込みがあった。 『実は俺もトレーナーだけど野球好きなんだよな』 『野球好きなんだけど今まで隠してたから、実はちょっと嬉しかった』 『ああやって言ってくれたから、これからは俺も堂々と野球観に行けるかな』 ああ、と息をつく。 もしも少しでも、刻まれた溝が埋まるなら。口を閉ざす必要のなくなる人がひとりでも出るのなら。 私が全てを打ち明けたことも、これから大会で心ない誹謗中傷を受けたとしても、それも全部無駄じゃなかったといえるかもしれない。 スマホの時計が五時前を示していた。 ああ、いけない。このままじゃ遅刻しちゃう。シャワーは浴びたかったけど、まあしょうがないか。 私は鞄を持って、私が行くべき場所へ向かう。 歩道橋を渡り、青と黄色のビルの間を通るレンガ道のアーケードを歩き、屋根が途切れたところで顔を上げると、銀色のドームが見えてくる。 ヤマブキドーム。この国で一番最初に出来た屋内型野球場であり、ヤマブキを保護地域とする球団、昨日リーグ優勝を決めた、ヤマブキレジギガスの本拠地。 そしてここは、私が「野球」を知った場所。 通路を通り、緋色のユニフォームを着た人たちが集まっている場所に向かう。 とんとん、と肩を叩かれた。振り返ると、見知った顔。 「やあ、トウカさん」 「こんにちはアカシさん」 やっぱり、今日は来たんだ。アカシさんが安心したような笑顔を見せる。ご心配おかけしました、と軽く頭を下げる。 昨日来なくてよかったね、目の前で胴上げ見る羽目にならなくて、とアカシさんが意地悪そうな顔を見せる。優勝シーンなんてどこの球団でもそうそう見られるもんじゃないから見たかったですよ、と負けじと悔しげな顔を返す。 まあでも、優勝チームは決まっても、Aクラスに残るためには勝っていかなきゃいけませんからね、と私は言う。全くその通りだよ、とアカシさんはうなずく。 今日はしっかり、ビジター外野取れましたよ! とチケットホルダーに入れたチケットを見せる。するとアカシさんは、僕も今日だけは奇跡的に取れた、とチケットを見せてきた。 二枚のチケットに刻印された列番号を観て、ふたりして顔を見合わせて、笑う。隣り合った列数、同じ番号。前後の席だ。 私は鞄の中から、つばの長い緋色の帽子を取り出し、目深に被る。もう顔を隠さなくてもいい。だけどやっぱり、これを被ると落ち着く。 にわかにビジター応援席が盛り上がる。大変、早く席に行かないと、とアカシさんと笑い合う。 「さ、 緋色のユニフォームを羽織り、私は弾んだ足取りで自分の席へ向かった。 |