Inning5:DUGOUT:元日に始まったCM
正月番組は相変わらず面白くもなんともないけど、何となくつけてしまう。マンネリって奴。でも何かついてないと落ち着かないのは何でだろう。それがマンネリの偉大さって奴なのかもしれない。
冬は暇だ。シーズンオフだからバイトもない。こういうときくらい勉学に励むべきなのかもしれないけど、面倒だからやらない。
一人暮らしのアパート。こたつで暖をとりながら、毎年同じような内容のバラエティ番組を見る。女性陣とかみんな振り袖だけど、これ撮ってる時まだ新年じゃないんだよね。その様子を想像すると何か無性にいたたまれない。
芸能人って大変だな、と思いながら、みかんの皮を剥く。わこわこと瑞々しい音を立てていると、こたつの中に入っていたダブランが私とこたつの間から顔を出してくる。ゼリー状の体がぬくもって湯たんぽみたいになっている。
寒いのが苦手だからといってこたつの中に入っていると温度が上がりすぎて溶けそうな気がするけど、大丈夫なのだろうか。
みかんを剥いていると食べたがって出てくるので、定期的にみかんを食べることにしている。
テレビはCMに入った。あらゆる企業の新春の挨拶と初売りセールの情報が飛び込んでくる。ご苦労なことにこの元日からやってるところもあるみたいだけど、外に出たくないから行く気力はない。
ぼんやりとしながらみかんの筋を取っていたけれども、何だか雰囲気の違うCMが流れはじめた。ふと、意識がテレビ画面に向く。
真っ暗な背景に、白い線で浮かび上がるバトルフィールド。
向かい合うふたりのトレーナー。男の人と女の子……ん?
あの子見たことあるな。あ、野球の時よく球場にいる子だ。確かトレーナーの。そういえば去年のシーズン終わり頃に話題になってたっけ。
あれ? 女の子の方はともかく、もうひとりの男の人も見たことあるような……んん? もしかしてあの人、カメラワーク的にあんまり顔わからないようになってるけど、いつも球場でウーロン茶頼んでくる赤い90番の人じゃない? ……いやあ、まさか、ね。
トレーナーがボールを投げる。フィールドにルカリオとバシャーモが現れる。ルカリオがオーラを纏った両腕を振りかざし、バシャーモが朱色の炎に包まれた脚を上げる。
指示を出すトレーナーの姿が風に吹かれた砂のように画面から消え、バトルを始める二匹にズームインする。
『力と力のぶつかり合いが、あなたを熱くする』
スローモーションの世界で、ルカリオが腕を振り上げる。その手には白いボールが握られている。向かい合うバシャーモは金属バットを握っている。
『勝負は、パワーだ』
振り上げた腕から、オーラを纏った球が放たれる。バシャーモの持つバットが炎に包まれる。振るったバットがボールをとらえ、白球は燃えながら画面外へ飛んでいく。
最後に『球場へ行こう! PPB/プロポケモン野球協会』という文字が表示され、CMは終わった。
何だ今の、と思う間もなく、次のCMが始まった
再び、真っ暗な背景に白いバトルフィールド、向かい合うふたりのトレーナーが映し出された。
あれ、また同じCM? と思っていると、トレーナーは先程と同じようにフィールドにルカリオとバシャーモを出した。
しかし、カメラは戦う二匹のポケモンではなく、それを支持するトレーナーにピントを合わせている。そして、今度はポケモンの方が風に吹かれた砂のように画面から消えた。
『バトルの時、自然とトレーナーに目を奪われることがある』
男の人の左手にはグラブが、右手には白いボールが、女の子の手には木製のバットが握られている。きりっとした女の子の視線がかっこいいな、とふと思った。
『あなたの心を動かす、人でありたい』
男の人が腕を振りかぶる。脚を上げ、真っ白なボールを、女の子へ向かって投げる。
女の子が手にしたバットを振る。スローモーションの世界で、バットは飛んできたボールを捉え、白球が暗い空へ弧を描いて飛んでいく。
今度は『球場へ行こう! PBO/プロ野球連盟』という文字が表示され、テレビは再び偉大なるマンネリの続きを流し始めた。
私が手をつけ損ねたみかんをきれいに片付けたダブランが、念力でみかんをもう一つ投げてよこし、小さくくしゃみをしてこたつへ潜行する。
「……何だ今のは」
二つ目のみかんの皮を剥きながら、私は思ったことをそのまま口に出した。
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「何で僕がCM出てるんだろう」
今更のことだけど。テレビ画面を見ながら僕はつぶやく。
年末の迫ったある日、トウカさんからいきなり電話がかかってきた。今すぐ指定したところに来てくれと。
呼び出されたところはスタジオだった。そしてあれよあれよという間に撮影に巻き込まれた。
背景その他はCG合成するからとりあえずポーズだけとってくれと言われて、手持ちのルカリオと指定されたとおりにポーズをとった。
あっという間に撮影は終わって、謝礼金をもらって、状況が飲み込みきれないままトウカさんと一緒にスタジオを出た。
撮影が終わったあと、喫茶店でトウカさんから説明を受けた。今考えても順序がおかしいけど、まあいい。
曰く、野球とポ球のコラボCMに出ることになったんだけど、撮影直前になってやっぱりもう一人欲しいよねって話になって、それで僕にお呼びがかかったらしい。
何で僕が? と聞くと、野球好きな知り合いのトレーナーがアカシさんしか思い浮かばなかった、と。
出来上がったCMを見ると、メインはあくまでトウカさんなわけで、僕は顔も出てなかった。エキストラみたいなもんだ。まあ、顔出たらそれはそれで何か面倒なことになりそうだから別にいいんだけど。
しかしこれ僕である必要あったのか。まあ、テレビ出るなんてなかったからいいんだけど。
うん、まあとにかくよくわからないけど複雑な気分だ。悪くはない。どのくらいかわからないけどこれが流れ続けるのか、と思うと何かくすぐったいけど。
スマホが振動してメールの到着を告げた。
差出人を見ると母親だった。またかとため息をついてメールを開いた。しかし、メールの中身は普段のお小言とは少し違った。
今テレビを見ていた。
野球のCMに出ていたのはお前で間違いないか。
頑張っているようで安心した。
たまには顔を見せなさい――
そんなことが書かれていた。少し驚いた。認められたわけではなかろうが、文句を書かれなかったのは初めてだったから。
そういえば、家を出てからかれこれ七年、いや八年。一度も戻っていない。メールも重要なこと以外はほとんど返さない。
何だか急に、紅葉色の街が懐かしく思えた。
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「ポ球とのコラボCM、かっけーッスねー」
今日はシーズンオフのイベントで、ショッピングセンターでのトークショー。
メンバーは右翼手の若手ナガレカワ(テンション高い)、左翼手の二年目ヨコガワ(フリーダム)、そしてベテラン三塁手)のダンバラさん(強い)。
メンバーの中で自分だけ浮いてないか? とダンバラさんは言っていたけど、フリーダムな若手だけだと場がまとまらないからちょうどいいと思う。ダンバラさんはいろいろと強い人だから、場を仕切ってくれそうだし。
予想通りトークショーは司会のラジオアナウンサーが進行に困る混沌とした雰囲気となったけれども、ダンバラさんが若手をいじって笑いをとりつつさりげなく話の流れを戻してくれたため、何とか予定時間内に納めることができた。
そしてイベントが終わったあと、控え室でペットボトルの麦茶を飲みつつナガレカワが言ったのが冒頭の言葉である。
「あー、年明けからたまーにテレビでやってる奴ですかー? 確かにあれはかっこいいですよねー」
「な。『あなたの心を動かす人でありたい』ってめっちゃかっけーよな」
ナガレカワのその台詞を聞いて、ダンバラさんが噴き出した。どうしたんスか!? と若手二人が慌てて箱に入ったティッシュを差し出す。
少々むせながら、ダンバラさんは半笑いで言った。
「いや、っつーか……その台詞、ショウリ……ホンカワが昔言ってた奴だろ?」
だよな? とダンバラさんが僕の方を向いた。そうなんすスか!? とナガレカワとヨコガワもこっちを向いた。
「うん。モトさんが合併騒動の時に言ってた言葉だね」
マジっすかー! モトさんかっけー!! と若手二人が盛り上がる。ダンバラさんはくっくっと押し殺すように笑った。
「ってかテン、お前あのCM噛んでんだろ? わざわざショウリの台詞推したのか?」
「いやいや、僕はいち広報として他の球団の広報さんたちと協力しただけで、CMの内容には関与してないっすよ」
「ふうん、まあいいけど。
そういや元日にショウリの家に挨拶行ってそのまま二家族で飲んでたんだけどさ、テレビであのCM流れてショウリめっちゃ恥ずかしかったみたいでしばらく悶え転げてたぜ。俺と嫁たち大爆笑よ」
「何スかその光景! めっちゃ見てぇ!」
「わー、次モトさんに会ったらこのCMについて問いただそー。めっちゃいじろー」
フリーダムな若手たちがニヤニヤと笑う。それを見てダンバラさんがゲラゲラと声を上げて笑う。
やめなさい、本人のいないところで何という恐ろしい計画を、と僕は苦笑いで(一応)制止しておく。
やれやれ、と息をついてから、とりあえずブログ用の写真撮らせて、と三人に声をかける。
キャンプイン初日、後輩からも同僚先輩からも監督コーチ陣からもいじられまくったホンカワ投手が恥ずかしさのあまり逃走するというプチ事件が起こったけど、まあそれは別の話だ。
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