6−1:ロッカールームの笑い声




『はじめまして!

 みなさん、はじめまして! 今日から球団広報に就任しました、天満です!

 これからこのブログで選手や球団の裏側をガンガン書いていこうと思います!
 みなさん、これからどうぞよろしくお願いします!』

 確か初めて書いた記事は、こんな始まりだったはずだ。

 僕の見ている風景を切り取って、写真と文字で伝える。それが僕の仕事。



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「――ええ、イノは大丈夫でした? よかった……。はい。ありがとうございます」

 ありがとうございます、と電話口の向こうへ伝える。ついつい頭も下がる。
 試合中の「事故」は、考えられる限り最小の被害で済んだみたいだ。よかった。僕は大きく安堵の息をつく。
 さて、それじゃあ、僕はいつも通りの仕事をしようかな。僕は足早にロッカールームへ向かう。



「モトさんモトさんっ! 写真撮らせてくださいっ!」

 試合後のロッカールーム。端の方でひとりアイシングをしている、背番号90のベテラン投手に声をかける。本川ホンカワ投手は苦笑いして、スマホのレンズを手でふさいできた。

「いいよ僕は、もっと若い奴にしろって。決勝打打ったの流川ナガレカワだろ、ナガでいいだろ」 「直前の記事もナガなんですよー。いいじゃないですか、モトさん全然ブログ載せさせてくれないし」
「あ、あんまり得意じゃないんだよ、そういうの。いいから他の奴に……」

 そうやってホンカワさんと押し問答を繰り広げていると、ホンカワさんの背後から同い年の段原ダンバラさんがやってきて、ホンカワさんの肩を抱いた。
 ホンカワさんはぎょっとしてダンバラさんの顔を見上げた。

「いいじゃねーかショウリ、たまにはお前も載っとけ。テン、早く早く」
「お、おいこらキリ! やめろって!」

 ホンカワさんの抵抗をよそに、ダンバラさんはスマホのカメラに向かってピースサインを向けてくる。
 僕は慌ててシャッターを切った。ダンバラさんのちょっと意地悪なドヤ顔と、照れが隠せないどころか前面に出たホンカワさんのツーショットが撮れた。
 これはいい。ブログのネタにはぴったりだ。

「ありがとうございます! あとで『温泉』更新しますからね!」
「お、今日の『温泉』はモトさんか」
「激レアだな激レア、保存しとかなきゃな」

 紙屋町カミヤチョウ八丁堀ハッチョウボリのふたりが茶化すように言い、ロッカールームに笑いが巻き起こった。
 「お前ら先輩を何だと思ってるんだ!」とホンカワさんが怒っているけど、その顔は照れながらも笑っている。その声でますます笑い声が大きくなった。

 温泉、というのは、今年の春季キャンプから僕が球団ホームページ上で更新している広報ブログのことだ。
 もちろん温泉の情報を載せているわけではない。
 『球団広報てんまくんのブログ テンブロ!』というのが正式名称で、開設早々に『テンブロ』→『露天風呂』→『温泉』という感じでファンの間であだ名がつけられ、それがいつの間にやら選手や球団職員の間でも定着している。
 一度本気でキャンプ先の温泉情報(選手のサービスショット付)の記事を書いたら、ネット上では「公認かよwwwww」みたいな感じで局所的にごく小さな祭りになった。
 まあ温泉情報を載せたのはそれ一度きりで、普段はロッカールームや練習場など、関係者以外がなかなか入れない場所での選手の写真をメインに掲載している。



 就寝前、ホテルの部屋で文章を書き、撮った写真と一緒に記事を更新する。


『ナイス救援☆

 イノ(井口投手)がライナーを頭に受けるというアクシデントで降板したものの、中継ぎ陣が大活躍!
 ノーアウト満塁の大ピンチから、モトさん(本川投手)が完璧な 救援を見せてくれました!

 恥ずかしがってなかなか写真撮らせてくれなかったけ ど、ダンさん(段原選手)が捕まえてくれました☆
 ダンさんナイスです! さすが同郷の同級生、仲良しですね☆
 みなさーん、モトさんの激レアなロッカー写真ですよー!
 モトさん、また写真撮らせてくださいね☆☆☆

 イノはあのあとすぐ病院で診察を受けました。
 診断の結果骨や脳に異常はなく、打撲と脳しんとうだったそうです。
 とりあえずは一安心、ですね。早期の復帰を祈ってます……。

 試合はナガ(流川選手)のホームランで逆転勝利!
 週明けからも頑張るぞー!』


 これでよし、と投稿した記事を見返して、ひとりうなずく。

 僕は一軍付き広報、という立場だ。
 球場でのイベントの企画にスポンサーとの話し合い、招待客の出迎えともてなし、ホームページの保守管理、新商品のアイデア出し、球場周りのゴミ拾い等々、本当に広報の仕事なのか疑問なものも含めて仕事は山のようにある。何せ球団スタッフは人出が少ないから。
 結構な人数が元選手だったりするわけだけど、無論引退した選手全員がスタッフになれるわけじゃない。
 何せ球団にはお金がないのだ。僕の所属する球団は特にと言われるけど、プロ野球の十二球団全部人員も資金も乏しい。絞れるところを絞った結果人件費が犠牲になっている。だから仕事内容も雑多で多岐にわたる。

 そんな僕の仕事で一番人の目に触れるのが温泉、もといブログの運営であり、その主な活動はいろいろな場面で選手などの写真を撮ってファンへ発信することだ。
 選手の自然な表情をファンに届けたい、という球団の意向があって、去年まで選手として在籍していた僕が選ばれた。退団したばかりの僕が、球団のウインドブレーカーを着てカメラ片手にキャンプ先の合宿所に現れた時は「引退撤回したのか?」とみんなに驚かれたけど、そんな距離感だからおかげさまでものすごく自然に接してくれる。
 マスコミの報道写真ではまず見られない選手の姿はなかなか好評だ。まあこの世界には、タマムシの某球団の某マスコットという超絶ブロガーがいるし、僕はまだまだ末席の新人だけど。

 とりあえず、今日の分の仕事はこれでおしまい。明日に備えて寝よう。僕はスマホを充電器に繋いで、大きなあくびをした。





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