6−2:休み前の焼き肉




 今日は日曜。明日は休み。試合に勝って、さぞかし選手のテンションも高いだろう。
 勝ったすぐ後に写真を取りに行きたかったのだけれども、諸々の雑用があってロッカールームに行くのがちょっと遅くなってしまった。

 部屋をのぞき込むと、だいぶ人数が減っていた。
 明日は貴重な休みで、次の試合も地元だから移動なし。しばらくぶりにゆっくりできるとあって、家庭持ちの選手をはじめ早々に帰った人が多いようだ。
 それでも何かないか、とうろうろしていると、まだ着替えもしていない状態で、若手元気印のカミヤチョウ、ハッチョウボリ、シンテンチ、ナガレカワが集まって相談をしている。
 聞き耳を立ててみる。

「……肉が……」「先輩……」「取り囲んで……」

 ……何やら物騒な感じがするが、どうやら手ごろな先輩を見つけて焼き肉を奢らせる計画のようだ。悪魔の所業である。食べ盛りの若手四人に集られるとは恐ろしいことだ。
 やめなさいよ、と言おうとしたところで、飢えた若者たちはちょうど片付けの終わったダンバラ選手のところへダッシュで向かい、周りを取り囲んだ。

「ダンさーん、夕飯奢ってくださいよー!」
「嫌だね。俺は今夜は愛する嫁と娘が待つ家で一家団欒だからな」
「そういやダンさんの奥さん、めっちゃ美人っすよねー。どこで知り合ったんすかー?」
「……まあ、何だ、友人の紹介みたいなもんだ。そんなことどうでもいいんだ、俺は帰る。そして飯を食う」

 じゃあな、とダンバラ選手は若手包囲網を華麗に突破し、足早にロッカールームを出て行った。
 逃げられたな、と若手四人は悔しがる様子を見せて顔を見合わせた。大人しく独身寮帰って飯食えよ、と言ったけれども、いや、今日はどうしても焼き肉が食いたい気分なんスよ、もう寮母さんに夕飯いらないって言っちゃったし、と口を尖らせる。

 ダンバラ選手が出ていってから少しして、ホンカワ投手がやってきて、あれ、キリはもう帰った? とロッカールームを見渡した。ダンバラ選手を探していたらしい。
 いいタイミング、いや悪いタイミングでやってきたベテラン選手に、腹を空かせた若者四人組が群がった。

「モトさんいいところに! 奢ってください!」
「何でだよ。お前たちは野手に奢ってもらいなさい野手に」
「他に先輩いないんですよー! いいじゃないっすかー、モトさんと飯食ったのもうずいぶん前っすもん! オレ、久々にモトさんとご飯食べたいなー!」

 わざとらしく甘えた声を出すナガレカワに、オレもオレも、と同調する若手たち。
 僕はため息をつき、ベテランの財布を狙う若者たちをなだめようと前に出た。

「こらこらお前ら。モトさんだって休日前くらいは家族と過ごしたいだろうし……」

 すみませんねモトさん、と言いかけると、ホンカワ投手はいつの間にやら携帯電話を耳に当てていた。

「……ああ、マイ? うん。すまない。後輩がな……うん、カミヤチョウと、ハッチョウボリと、シンテンチと、ナガレカワと……あと、テンマも」

 ホンカワ投手がこちらを指さし確認しながら電話の相手、多分奥さんに報告をしている。というか、いつの間にやら僕までメンバーに入っている。
 電話を切って、嫁の許可はもらった、奢ってやる、とホンカワ投手が言った。やったー! 肉! 肉食いたい! と若手たちは一気にテンションを上げた。
 本当こいつらがすみませんモトさん、と若手に代わって頭を下げると、一緒に飯食いたいなんて言われたらな、とまんざらでもない顔をしていた。何となくいい話っぽい雰囲気だが、多分正しくは「モトさん(の財布)とご飯食べたい」である。
 早く準備しなさい、と苦笑いしながらホンカワさんが言うと、テンションの高い若手たちは了解っす! と慌ただしく片付けの続きをする。

 先に準備を終えたシンテンチとナガレカワが、時間のかかるカミヤチョウとハッチョウボリを置いて先に戻ってきた。
 肉だー焼き肉だー、とテンションを上げる後輩たちに、ホンカワさんは鞄の中から色紙を数枚取り出して、奢ってやるから代わりにこれにサインな、と差し出した。
 誰かにあげるんッスか? とナガレカワが聞けば、お世話になってる施設に、とさらりと答える。へー、と聞いておきながら適当に返事を流し、ナガレカワとシンテンチは油性ペンのキャップを開ける。
 ホンカワさんが『特携トッケイ』の出身であることは僕は知っているけど、若手はあまり知らない。本人がそういうことあまり話さないから。多分、出身の施設に送るんだろう。
 そういえば今更ですけど、とシンテンチが色紙の右下の方にサインと日付と「焼肉記念」という文字を書きながら言った。

「そういえばモトさんって何で『モトさん』なんです? 『ホンカワ』ですよね本名」
「入団した時に本通ホンドオリさんがいたからだよ。一年だけ一緒だった」
「あー、伝説の名投手ッスか。うちのチーム最後の名球会でしたっけ」
「今となっちゃエースが基町モトマチ先輩だから、また被っちまってますね。まあモトマチ先輩はモッチーだけど」

 今度はモッチー先輩にたか……奢ってもらおうぜ、年俸高いし、と若手たちは新たな悪巧みの計画を立てる。
 具体策が立てられる前に、お待たせーと遅れてきたふたりが重装備で現れる。
 真夏だというのにカミヤチョウは眼鏡にマスク、さらさらした素材の長袖の上着。ハッチョウボリはキャップにハイネックの長袖シャツ、革の手袋。
 いつ見てもお前ら暑っ苦しいなあ、とシンテンチがからかう。うるせーしょうがねえだろ、体質だよ、とカミヤチョウが言い返す。

 カミヤチョウは獣系、特に犬っぽいポケモンの毛に対するアレルギー持ちだ。涙とくしゃみと鼻水が止まらなくなるらしい。
 本人曰くそれほど症状がひどいわけではないらしいが、うっかりポ球が行われた直後の清掃前のフィールドに行くと練習に支障が出る程度には辛いようだ。清掃が終わった後でもいつもぐしゅぐしゅやっている。
 犬ポケモンの毛なんて街を歩けばそこらじゅう漂っているので、試合の時以外は大体いつもマスクと眼鏡かサングラスを着用している。それでも時折盛大にくしゃみをしては鼻をすすっている。
 ハッチョウボリの方は、ポケモンの毒に含まれてる成分に対するアレルギー、というかあれはもうアナフィラキシーって言った方がいいかもしれない。
 とりあえず触るとやばい。少し手に付いただけで全身腫れあがって呼吸困難になるらしい。
 学生時代に球場のフェンスに残っていたスピアーか何かの毒液にうっかり触ってしまって試合中に緊急搬送されたそうだ。ポ球が行われた後に球場の清掃が徹底されるようになったのは俺のおかげだとおどけて言っていた。笑いごとではないのだけれども。
 私生活では夏でも長そで長ズボン、それに手袋だ。どっちかというと暑がりだから本当は脱ぎたいそうだけど、何かあったら大変だからといつも脱がない。
 ふたりとも、本当はポ球に選手として入ってもポケモンたちに負けないくらい身体能力が高いのだけれど、体質上無理なのだ。

 そんなことよりとりあえず飯だ、焼き肉だ、と腹を減らした若者たちが盛り上がる。
 ホンカワさんは苦笑いしながら、お前らもあとで色紙書けよ、と言い、空気清浄機付の個室がある焼き肉屋って近くにあったっけ? と僕に聞いてきた。


 後輩たちが好き勝手注文した肉を網の上に並べつつ、その隙間に野菜を置いていくホンカワさん。食べるのに夢中な若者たち。ひと昔前はそこにビールがつきものだったけど、傍らにはウーロン茶。今の世の中は酒より肉のようだ。
 モトさんうめぇーっす! あざっす! と後輩たちが定期的に褒めるので、気をよくしたホンカワさんが追加を発注する。
 うまく乗せられてるなあ、と思いつつ、僕は隅の席でハイボールを流し込む。
 時々ホンカワさんがこっちを向いて、テンは食ってるか? と言いながら肉と野菜を僕の取り皿に盛る。よく考えなくても完全に先輩に焼かせているこの状況はどうなんだろう。僕も肉に夢中の若手たちも。
 それにしても、こうやってホンカワさんが気をまわして色々やってくれる状況、すごく覚えがあるなあ、と僕は思う。確かそう、五年前のことだ。

「そういえば僕が人的保証でマジカープに入団した時、モトさんが真っ先に飲みに誘ってくれたんですよね」
「えっ何その話詳しく詳しく」
「ああ、テンが来た時なあ。あの時は確か僕と、中継ぎセットアッパー白島ハクシマと、捕手キャッチャー舟入フナイリさんとで歓迎会したんだったっけ」
「ベテランたちだーすげー!」

 あの頃は全員若手だったけどな、と懐かしそうにホンカワさんが言う。

 シーズンを終え、秋期キャンプを終え、よっしゃ来年こそ結果残すぞ、と意気込んでいた年末に、突然告げられた人的保証による移籍。
 正直なところショックだった。FAの人的保証っていうことは、球団のプロテクトリストに入っていなかったということ。つまり、元の球団から戦力と思われていなかったということでもある。逆に言えば、そんな中で移籍先の球団には戦力になるって思ってもらってたってことでもあるんだけど。
 急な移籍だったし、心境は複雑だし、チームに馴染めるだろうか、と不安な状態で年明けにモミジの街へ引っ越し、即ホンカワさんに呼び出された。
 当時のホンカワさんと言えば若手ながらも九回を任されている不動の守護神である。正直びびった。こちとら一軍での登板経験が片手で数えられるくらいのヒヨッコである。移籍して早々先輩からの洗礼が来たのかと震えた。

 しかし実際のところ全くそんなことはなく、「急な移籍で不安だろうけど、早くチームに馴染めるように」と気を回して若手バッテリー軍団で歓迎会を開いてくれたのだ。
 めちゃくちゃ嬉しかったし安心した。そしておかげさまでものすごい勢いでチームに馴染んだ。
 一軍でほとんど成績を残せなかった外様の僕が、今こうやって一軍付き広報なんて大層な肩書きを持てているのも、受け入れてくれた球団の暖かさあってのことだ。ホンカワさんは「お前が順応性高すぎるからだよ」と言っていたけれども。

「結局けがで選手生命絶たれて、選手としてはさっぱりだったけどね」
「そうだぞ、僕だって去年までしばらく故障で二軍だったんだから。お前らも若いからって油断するな、野球選手は身体が一番だぞ」
「はーい」
「経験者が語ると重みが違うッスねー」
「そうかそうか、わかったなら肉だけじゃなくて野菜も食べなさい、野菜も」

 しっかりビタミン取らないと体壊すぞ、と言いながらホンカワさんは若手たちの皿に焼けたカボチャやらタマネギやらキャベツやらを配布していく。
 若手たちから「やだー」「野菜嫌いー」と子供のような抗議の声があがる。奢ってやるんだからちゃんと食べなさい、ノルマだぞこれは、とホンカワさんが言い、肉と米さえあれば幸せな若手たちは渋々といった様子で野菜にかじりつく。
 完全に親子、というか母親と言うこと聞かないやんちゃ坊主みたいだな、と端で見ている僕は半笑いで考える。

 そうだ、と僕はスマホを取り出す。

「写真、撮っていいですか?」
「え、またブログか? 僕はいいよ、この前キリと写ったし……」
「じゃあモトさん写らないようにしますから。文章だけならいいですよね?」

 まあ文章だけなら、と照れ屋なベテランは渋々了解する。
 ほら撮るぞー、と若手に呼びかければ、ノリのいい若者たちは焼き野菜片手にポーズを決める。
 写真を撮って、その場で文章を打ち込んでブログを更新。


『休日前の焼き肉☆

 今日も試合は快勝でした!
 エースのモッチー(基町投手)はいつも通りの安定感!
 打線も好調、5回にシノ(東雲選手)の2点タイムリーで先制!
 後を継いだハクさん(白島投手)、抑えのミナミ(皆実投手)もバッチリでした☆

 試合後に、カミ(紙屋町選手)、ハチ(八丁堀選手)、シン(新天地選手)、ナガ(流川選手)が怪しい相談……
 どうやら若手たちはご飯を奢ってくれる先輩を探している模様! 先輩逃げて!

 哀れにも飢えた若手に捕まったのはモトさん(本川投手)。
 何だか僕まで連れて行ってもらえました。モトさんすみません、ごちになります!

 写真は肉だけじゃなくて野菜も食べなさい! というモトお母さんの指示に従うカミ、ハチ、シン、ナガ。
 丈夫な体は食事から! しっかり食べて、ますます活躍しようね!』


「おい、テン、『モトお母さん』って何だ」
「あっすみません、うっかり思ったことそのまま打っちゃいました」

 更新された温泉を見た若手たちが笑い転げている。
 ホンカワさんにはにらまれたけど、修正はうっかり忘れた。うっかり。





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