6−3:決戦前夜の広報会議




 ヤマブキレジギガス主催の三連戦で、ヤマブキへやってきた。
 相手は現在優勝マジックが残り一。この三連戦でうちが一度でも負けるか、二位のアサガネエレクティヴィアズが負けたら、その時点で相手の優勝が決定。
 目の前で胴上げは見たくない。何とか負けないようにしたいものだ。
 普段は一軍付き広報は僕だけなんだけど、今回は同僚の安佐北アサキタを無理やり引っ張ってきた。優勝は先延ばしにしたいけど、もしそうなったら対戦相手のこっちもてんやわんやになりそうな予感がした。
 球団職員は慢性的人手不足である。保険は掛けておくに越したことはない。

「いやー、ドーム内めっちゃオレンジですねー」
「そりゃまあ、ホームチームの優勝決まりそうって時だからな、無理もないだろ」

 ヤマブキレジギガスのチームカラーであるオレンジ色が、照明を反射してより一層輝いて見える。
 そんな中でも、狭いスペースに押し込められた緋色の集団の活気はベンチ裏まで伝わってくる。普段のヤマブキドームより何倍も、熱気と喧騒が濃い。
 優勝決定するかもしれない試合って、こんな感じなんすねー。独特っすねえ。俺こういうの初めてだからなあ、とアサキタが言う。
 僕もだよ、と返す。


 その日は先発投手だったうちのエースのモトマチが完投完封、更に自らの手で援護点を入れるという投打にわたる大活躍で勝利し、目の前での胴上げを防いだ。

 慌ただしく一日の仕事を終えて、ホテルの部屋に戻り、ようやくひと休み、と思っているところで、スマホが振動した。
 メッセージが届いている。発信者を見ると、ヤマブキレジギガスの球団広報、スイドウバシさんだった。

『テンマくん、おつかれさま』
『お疲れ様ですスイドウバシさん、大丈夫ですかこんな時間に。そっち優勝間近でてんやわんやでしょう』
『そっちは他の人に任せたから。そんなことよりこの件について→』

 そうやって示された先には、ネットニュースのURL。
 開いてみると、今日の試合中に客席で起こっていた騒動について書かれていた。
 最近少し名が売れてきたトレーナー、猿猴エンコウ東花トウカ。彼女がどうやらマジカープファンで、今日の試合を観に来ていたらしい。それで少し揉め事があって、主にネット上で話題になっているとか。
 ありゃー、と僕は驚きと戸惑いが混ざったリアクションをした。
 そこそこ顔の知れたトレーナーが、野球ファン。そりゃ騒動になるのも無理はない。それだけポ球、というかポケモンと野球には隔たりがある。僕もその発端には巻き込まれていた世代だから、そうなったいきさつもまあ身に染みている。
 こりゃ大変ですね、と返事をしようとしたところ、別のメッセージが届いた。アサガネエレクティヴィアズのナルオさんだ。

『お疲れ。何かそっち騒ぎになってるな』

 みたいですね、と返信しようとすると、また別のメッセージ。それを見ようとするとまたメッセージ。更にメッセージ。
 そんな感じで各球団広報から何かしら届くので、通知が止まらない。
 どうしようこれ、と思っているところに、年度初めから時々会議をしていた十二球団広報のグループに、スイドウバシさんから各球団広報に一斉メッセージが配信された。

『通知うるさい。この件に関してとりあえず今から通信会議。各球団広報は五分後にパソコンの前にいるように』

 有無を言わさぬ態度。さすがレジギガスの敏腕広報。
 それにしても今から会議か、こりゃ睡眠時間減るな、と僕はちょっとため息をついた。


 イヤホンマイクを装着して、カメラをつけ、会議モードの通信にする。パソコンの画面が十二分割され、それぞれの枠に各球団の後方さんたちの姿が映る。
 お疲れー、お疲れっスー、と各自適当に挨拶をする。ゆるい空気になりかけていたところに、スイドウバシさんが「会議を始める」と声をあげる。

「今回の議題だが、各自ネットのニュースは見たと思う」
「スイドウバシちゃん、見たけどさ、これと広報会議とどう関係するの?」

 クチバベイスターミーズのカンナイさんが声を上げる。それを今から説明する、とスイドウバシさんがバッサリ切る。クールビューティーだ。

「今年度初めから行ってきた広報会議での議題は、今シーズン終了後に放送予定のコマーシャルについてだな」
「結局意見がまとまってないんだよねー。具体策が出てないっていうか、決め手に欠けるっていうか。ポ球のほうもあっちあはっちでまとまってないみたいだし」
「ミヤギノの言う通りだ。このままではポ球と協力するという当初の計画までおじゃんになりかねない」
「何か妙案でも浮かんだんですか? スイドウバシさん」

 トウカスタラプターズのトウジンマチさんが問いかける。その通り、とスイドウバシさんは眼鏡をくいっと上げる。

「これは私からの提案だが、彼女……エンコウトウカさんに、コマーシャルに出てもらうというのはどうだろう」

 スイドウバシさんの発言に、各球団広報がざわざわとざわつく。

「トレーナーにか。確かに今までの野球のイメージとはかなり変わりそうではあるな」
「ポ球とのコラボも、もしかしたらやりやすいかもしれませんね。何といってもポケモンを扱うプロですし」
「だが、問題も起こりそうだな。何せ根は深いぞ。溝を埋めるのは容易じゃない」

 だからこそ、だ、とスイドウバシさんが腕を組む。

「球場に来ていただけで、これだけ騒動になる。つまり逆に言えば、それだけ野球が注目を浴びているわけだ。乗らない手はないだろう」
「……彼女の好感度と心中しそうだな」

 ヨシノドラゴナイツのヤダさんがぼそりとつぶやく。

「騒動を早く鎮圧しようと思ったら、俺だったら一切野球には関わらない。まだ若いトレーナーだ。自分の将来がかかってる。」
「その通りだろうな。でも私としては、心配することはないと思う」
「スイドウバシちゃん、ずいぶん自信あるね。その心は?」

 これだ、とスイドウバシさんはプリントアウトした写真を画面に映す。マジカープのユニフォームを着た女の子が映っている。

「ネットに出回っている彼女の写真を見たが、ユニフォーム、帽子、タオル、リストバンド、カンフーバットと完全装備だ。その上着ているTシャツは先日マジカープが限定生産した記念品。更に帽子はやや年季が入っていて、炎上商法による売名などのために飛び込みで球場に来たわけではないと考えられる。彼女は多分、かなり気合の入ったファンだ」
「わーすごーい、スイドウバシちゃん探偵みたーい」
「そう褒めるな。とにかく私は、彼女が今回のことで『野球を嫌いにならない』と信じている」

 提示された写真をじっと見る。
 ルーキーのヨコガワがプロ入り初サヨナラを決めた夜、僕も参加してデザイン案を出した限定Tシャツ。今はもう終売になっているつばの長い帽子。たくさんの傷がついたカンフーバット。
 この人はこれまで、どれだけの歓声を、僕たちに向けてくれたのだろう。どれだけ一生懸命試合を見て、応援してくれたのだろう。

「多少の賭けにはなるかもしれない。粘り強い交渉がいるかもしれない。だが私は、彼女を推したい。……どうだろう」
「異議なし」

 真っ先にそう答えたのは、ケルディオ・バファランツのチヨザキさん。

「広告塔になってくれるなら、それはもしかしたら逆に、彼女を守る盾になるかもしれない。騒動は僕らが蒔いた種。彼女を守るのは僕らの役目だ。そのためにも、球界全体で彼女をバックアップしたい」

 ひと呼吸おいて、チヨザキさんは悲しげな表情で言った。

「彼女は球団は違えど、野球ファンだ。……僕はもう、ファンが理不尽に泣くのは見たくない」

 過去に存在したふたつの球団名を冠する球団の広報は、はっきりとした口調でそう表明した。
 しばらくして、「異議なし」「こっちも」と声が上がる。
 スイドウバシさんは少しほっとしたような表情で、ありがとう、と頭を下げた。

「……というわけで、テンマ君、資料集め含めてあとはよろしく」
「えっ! 僕ですか!? そこはスイドウバシさんじゃないんですか!?」
「エンコウさんはマジカープファン。テンマ君が行くのがベストだろう。それに」

 スイドウバシさんはニヤリと笑って眼鏡をくいっと上げた。

「我が軍はこれからリーグ優勝祝いの準備で忙しいからね」
「うわーむかつくー!」
「強者の余裕めっちゃむかつくー!」
「おいテンマ、明日絶対負けんなよ! こっからうちが逆転優勝してやるからな!」
「そう言うナルオさんのとこ負けたらうちの試合の前に優勝決まっちゃうんですけど」
「そうだった! おいシナノ、そういうわけで明日は負けてくれ」
「絶対やだ」

 マジック残り一の球団によるブラックなジョーク(多分)に会議がどっと盛り上がる。
 その勢いでうやむやにされたけど、結局のところ僕が交渉に行かなければならなくなったようだ。ちくしょう。しかもさりげなく交渉のための資料集めとかも押し付けられた。さすがスイドウバシさん、敏腕だ。ちくしょう。
 睡眠時間が減るどころじゃない。これは徹夜決定である。ちくしょう。

 調べものに入る前に、ブログを更新する。試合が終わったすぐ後のベンチ裏で撮った、投打に活躍したエースの写真を付ける。


『優勝阻止!

 今日負けたら目の前でヤマブキレジギガスの優勝が決定という大一番!
 先発のエース・モッチー(基町投手)が気合の入った投球を見せました!
 八回にはダンさん(段原選手)のヒットから、モッチーがツーランホームラン!
 自らの手で試合を決めました☆☆
 攻守に気合が入り、目の前での胴上げを阻止! みんなお疲れさま!

 さてさて、三連戦初戦が終わったばかりだけど、僕はちょっと別の用事でまだ仕事……。
 今夜は眠れそうにないな☆
 さあ、明日もこの調子で頑張ろう!』


 これでよし。さて、こっちはこっちの戦いをするとするか。
 僕は大きなあくびをしながら、缶コーヒーを手に取り、プルトップを開けた。





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