6−5:液晶越しの赤色




 ペナントレースが終わり、クライマックスシリーズが終わり、野球選手権シリーズが終わり、オフシーズン、あるいはストーブリーグと呼ばれる季節。
 トウカさんと話がまとまり、ポ球側とも打ち合わせが完了し、とうとうCM撮影となった。

 撮影現場には、カメラマンやその他撮影の人たちの他に、野球十二球団の広報たちと、ポ球八球団の広報。計二十人が大集合。それぞれPBOプロ野球連盟PPBプロポケモン野球協会の監修として、という名目である。
 威圧感すごいですね、とトウカさんと、撮影直前に急遽協力してもらうことになったトウカさんの知り合いのトレーナー(こちらもマジカープファンらしい。頭が下がる)が苦笑いする。
 僕らはグラウンド上の審判みたいなものだから気にせずどうぞ、と言う。そうそう、石ころみたいなものだから、という言葉に、石ころ多すぎて石垣みたいですよ、とトウカさんが返し、笑いが起こる。


 広報の集団で撮影の様子を見守る。背景とか効果は合成するからとグリーンバックでポーズだけとっているのだけれど、やっぱり本物のトレーナーってすごいなあ。トレーナーもポケモンもそんなに間近で見ることがないから、赤い鶏とか青い犬とかが動いているだけでちょっと感動する。
 照明とかを除いても何だか輝いて見えるトレーナーとポケモンを見て、僕の口からぽろりと言葉が漏れた。

「人はいつから、『プロスポーツ』をやらなくなったんでしょうね」

 僕のつぶやきに、スイドウバシさんが顔を上げる。
 ポケモンって、やっぱりすごいですね。求心力ありますよね。僕がそう言うと、確かにそうだな、とスイドウバシさんが答え、周りからも同意の声が上がった。
 だからこそ、ですよね、と僕は目の前の光景を見つめながら続ける。

「僕たちがなぜ、野球を興行としてやるのか。僕たちが考えなきゃならないのは、きっとそういうことなんだと思います」

 『スポーツ』は人間が人間として生まれるより前から存在していた。
 生き物が体を動かせばそれがスポーツだ。体を動かし、肉体を鍛える。それで喜びを感じる。
 だけど人間は、他人がスポーツを行うこと、それを見るということで快感を得るようになった。それが娯楽としてのスポーツ観戦だ。
 やがてスポーツを行う、スポーツを観るということに対して、金銭の授受が行われるようになった。スポーツ観戦が金銭的な価値を持つようになった。

 つまり、スポーツそのものは、やりたい人が好きにやればいい。
 走るのが好きなら走ればいい。泳ぐのが好きなら泳げばいい。野球が好きなら、野球をやればいい。
 でも、興行としてのプロスポーツ、これは違う。興行としてのスポーツは、観客がいないと成り立たない。需要が存在することで、スポーツは初めて興行として存在する。

 プロスポーツっていうのは不思議なもので、どんな競技でも第一の目標は勝つことなんだけど、それと同時に「その競技に金と時間を払ってもいい人」を多く集めるっていうことをクリアしないといけない。
 野球だって好きにやればいいのだ。選手と場所と道具さえあれば、観客はいなくても野球という競技は出来る。

 だけど、それは『プロ野球』じゃない。

 プロとしてスポーツを行う理由。それは自分の能力を上げたいとか、よりうまくなりたいとか、そういうことでは決してない。

 「野球を愛するファンが存在する」。

 それだけが、僕たちが野球をする理由だ。
 全てはファンのために。僕たちは常に、それを心掛けなければならない。

 それこそが、プロとしての僕たちの仕事だ。


 このCM、やってよかったと思います、と僕は言った。

「僕はこの七年間を、野球とポケモンの断絶だと思いたくない。僕たちが少しだけ、自分を、世界を、身の回りを見直す時間だったんだと思いたいんです」

 ポケモンが文化の中心になっている間だからこそ。多様な価値観が認められてもいいはずだ。
 『好き』と思う気持ちに、制限なんかないように。

 そしてその思いに僕たちは答えていく。
 野球に関わる者として。ポ球に関わる者として。

 受け取った『好き』という気持ちに少しずつでも返事をしていく手伝いをする。
 それが僕たち、広報の仕事だと思うから。

 いいCMになるよ、とスイドウバシさんは微笑んだ。



『集合!

 今日は広報というかPBOの仕事です。
 何と十二球団の広報さん+ポ球八球団の広報さんが大集合!

 写真は顔出し×な人がいるので、代わりと言っちゃなんですが僕の今日の朝食です。
 サンドイッチおいしかったです。そこ、いらない情報とか言わない。

 最近ちょっとずつほのめかしてますが、お正月からのテレビをお楽しみに!
 シーズンオフも野球漬け!』



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 CMがお茶の間で流れるようになって、数か月。

 まだ春先だというのに、今日はずいぶん暑かった。
 開幕日和だな、と開幕投手を務めるエースが言う。少しだけ涼を含んだ風が柔らかく吹く。


 ダグアウトから顔を出して、スマホを構えてのぞき込む。
 液晶画面に映っているのは、雲ひとつない青空に、緑色の天然芝。そして、緋色のスタンド。

 試合開始まで、あと三十分。僕は撮った写真を記事につける。


『開幕!!

 ついに、今年もプロ野球が開幕しました!
 優勝目指して、選手も首脳陣も裏方も、全員そろって頑張っていきます!


 今年も一年、熱い応援をどうかよろしくお願いします!!』





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